第17話:ジョイの治験
病室に戻ると、ジョイが何か怪しい色をした小瓶を抱えている。飛びつくように群がる患者たち。
「早くくれよ」
「遅いじゃないか」
「はぁ、はぁやっと飲める」
その狂気に満ち溢れるほどのがめつさに俺はショックを受ける。
(やはり、俺の予想は間違っていなったのかよ。くそっ)
俺は患者たちからその瓶を奪い取ろうとしたが、必死になっており手を離さない。その行動を見た他の患者たちは慌てて、その瓶の中身を飲み干す。
「おい、やめろっ!!」
俺の声はむなしく、飲んだ瞬間患者たちは天に召されるかのように恍惚として顔になる。かと思えば、発狂し始める者、病的に笑いだす者と様々な反応を示し始めた。
「うわぁあぁぁ。殺される。殺される」
「ギャハハハハ、ギャハハアハハハ」
やはり、あの薬は精神的に害を及ぼす部類の薬草が使われているんだと確信に変わる。俺はジョイに問い詰める。
「お前、不老不死の薬を試しているのか?」
「あぁ、薬と治験は必要だからな。こいつらは自分たちでここに来たんだよ。俺が金で買った奴らだ」
「なんでだよ。他にも入院が必要な患者がいるだろう」
「そんな奴らよりこの薬を開発させた方がよっぽど効果があるじゃないか。いくら庶民のような低レベルの人間が生きていても意味がない」
「命の大事さに価値などない。みんな同じ命だ!」
「貴様は、所詮は夢を見ているだけだ!! お前に何がわかるんだ!!」
「お前に何があったかは知らないが、薬を扱う者として治療も必要のない患者に薬を投与して実験するなんて……しかも、精神異常をおかしくさせるのはもはや犯罪でしかない!!」
俺は大声で怒鳴りつけていた。
「まぁいい。今回も失敗だな。若返る効果すら見られない」
「ジョイ、聞いているのか。お前にはがっかりだよ!!」
「お前にがっかりされてもどうでもいいんだよ。俺はこの薬を開発させることができればいい」
「……そうかよ。なら俺はこの人たちは治してみせる!!」
「ハハハ。そうだな。そんな風にいい人風情の治癒士のように振る舞えばいい。それで同じ目に合えばいいんだ。真面目に患者のことだけを考えた奴の末路をね」
「おい、どういうことだ……」
ジョイの寂し気な表情に怒りが収まった。そして、ジョイはこの部屋から立ち去ろうとしていた。そこに、カーターとアダムが来たようで、この悲惨な状況に驚愕している。
「まさか……」
「こんなことが起きていたなんて……俺たちは患者は病気にするために研究や実験を繰り返していたというのか?」
2人はショックを隠しきれないようだった。カーターがジョイの胸ぐらを掴む。
「ジョイ様、これはどういうことですか。やはり復讐なのですか?」
「復讐か。そんな簡単なものじゃない」
「……自分の祖祖父が殺されたことを根に持っているのだろう。あれは国王陛下のせいでもない」
「違う!! 俺のひいじいちゃんは殺されたんだ。国のためにな」
カーターはため息をつき、やさしくジョイに話す。
「……あれは寿命だろう。冷静に考えればわかるはずだ」
「違う、違う、違う!! 俺は絶対にあの王族であるアーリエ姫を許さない。殺すんだ」
俺はジョイの頬を平手打ちしていた。
パチン
「理由はどうでやれ、薬草管理士が人を殺すとか言ってはダメだ!!」
「お前は姫様のお気に入りだもんな。その姫様に利用されているとは気づきもしないでバカな奴だ」
「俺が……利用されているだと?」
「ふっ、姫様は罪滅ぼしのつもりだろけどな。治癒士を救えなかったから。だが、きっとまた国が危険にさらされた時、同じようにお前を利用するに決まっているんだ」
ジョイは全てを諦めたような顔をしている。
「アーリエ姫に何か考えがあるのだとしても……俺はここの患者を救うんだよ。たとえ、無能だとしても俺にはできることがあるんだからな。患者を見捨てるようなことはしない」
「ふっ。お気楽な奴だ。また犠牲になるというのに……」
「ジョイが何を言いたいのかはわからない。けれど、アーリエ姫は呪いを受けているらしい。だから、相当の代償は払ったことになるんじゃないのか?」
「……呪いだと? そんなこと聞いたことない」
周囲にどよめきが走る。
えっ……これって言ったらまずかった話だったのか。
あれほど狂っていたはずの患者たちも口から唾液をタラタラ流して、あんぐりとした顔で突っ立ている。俺は焦ってしまい、あたふたしてしまう。ジョイはいきなり真顔になった。
「お前の話が本当なら、アーリエ姫に話がある」
「殺しに行くつもりか?」
「ふっ、お前が今殺すなと言っただろう。ひいじいちゃんに言われていたことを思い出しただけだ。俺も少しは目を覚ましたよ。いってくる」
ジョイはアーリエ姫の元へ行くようだったが、危険な雰囲気はない。むしろ、アーリエ姫の安否を心配しているような素振りだった。俺はジョイを信じることにした。それに、この患者たちを落ち着かせる必要がある。
とりあえず、ベッドに縛り付けて興奮がさめるのを待つしかない。あと投与期間もまだ少なければ、早期な回復が見込める。
「カーターとアダム、この患者たちを暴れないようにベッドに縛り付けといて。俺は鎮静剤効果のある薬草を取ってくる」
「おぅ」
「はい」
2人は縄で一人ずつ縛り始めた。1人は出ようとしていたが魔力のゲートのおかげか出ることはできなかったようである。俺は薬草管理室へと急いだ。
俺は「タイソウ」という大きな黒いナツメを取りに行く。この「大棗(タイソウ)」には、脾胃を補い、精神を安定させ、刺激の強い薬性を緩和する効能があるのだ。とりあえず、応急手当としてこれを食べさせればいい。甘みがあるからたぶん大丈夫だろう。俺はその実を持って、病室へと戻った。
2人がなんとか5人とも縛り終えていたようだ。患者たちは皆おとなしくなっていた。
「これを一人ずつ渡してくれないか」
「ロイ、これは煎じるのではないか?」
「カーター、これは、ナマのままでも大丈夫なんだよ。りんごとかみたいにかじって問題ない。ただ、中に種があるけどね」
「そうなのか。ロイはよくわからない知識をよく知っているな」
「そうか? なんか頭の中に辞書があるような感覚で調べようと思ったら、答えがわかるみたいな感じだよ」
俺は二人に二個ずつ渡し、俺は手前の人に渡した。甘くて美味しいのか小動物のように一生懸命食べていた。そのキュートな雰囲気からその者が女性だったことに気づいた。どんな理由でここに来たのだろうか。こんなかわいい美女が危ない橋を渡るなんて……ジョイの野郎……でも、まだ何かひっかかる。
みんな食べ終わったようだ。これでとりあえず、暴れるようなことはないだろう。2人に様子を見てもらうように頼み、アーリエ姫の元に急ぐことにした。なぜか胸騒ぎが収まらなかった。
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