第15話:入院病棟「小」「中」

 まずは、一番小さい部屋から入って行くことにした。小さな部屋にはベッドが3台置かれていた。3人とも寝ているようだった。顔までシーツを被っていて顔が見えない人もいる。まさか死んでいるのかと心配してそのベッドの横へ行くと、モソモソと動きだしたので、声を掛けてみることにした。


「すみません。ちょっといいですか」


 俺の声に反応するように、勢いよく起き上がった。金髪の20代の若者で、見ると全身真っ黒だった。何かの毒に置かされているのだろうか。見るからにして異端であるが、これは色黒界のレジェンドと呼ばれているMATUZAKIのようだ。


「あぁ? おめえはだれだ? また俺を悪魔とか伝染病とか言うつもりなのか? 俺は病気じゃないって言ってるだろう?」


 すでにブチ切れモードのこの男性は、確かに元気がありそうだった。それにこれはどう見ても……病気ではないと思う。


「ちょっと、診させてもらっていいですか?」


「……あぁ。なんだお前は俺が気持ち悪くないのか……?」


「いえ俺この見た目に既視感を覚えるんですよね。俺の予想だと99.9パーセント、あなたは病気ではないと思いますよ?」


俺は腕や足、首を、お腹を確認するとすべて真っ黒だった。これはきっと……


「あの、下着を脱いでもらえませんか?」


「ちょっ、お前そんな趣味がっ、無理だ。男は嫌だ」


「あっ、違いますよ。お尻の肌の色を確認させてください」


「なら初めからそう言えよ。紛らわしい」


「すみません」


 俺は謝りつつも、内心「そんな趣味はねぇよ」と言いそうになったがなんとか堪えた。その男性は下着を少しずらしてくれた。やはり、お尻は真っ白だった。


「あなたはもう退院できます」


「はぁ、なんだと? ずっとここに監禁されてたのにそんなあっさりか?」


「はい。ちなみにご職業は?」


「俺か? 海を守る仕事をしているぜ」


「やっぱり、ただの日焼けですよ」


「いや、だったら俺と同じ症状になる奴らがいるだろうが」


男性は俺が誤診しているかの勢いでまくし立ててくる。


「それは人によって日焼けの仕方は違います。それに日焼けしても真っ赤になるだけで次の日に治っている人もいますし、火傷のような炎症反応を起こす人だっています。まわりにいらっしゃりませんか?」


「そういえば、2、3人軽症者扱いでここに通っているわ」


「日焼けのしやすさは個人差があります。 これはメラニン色素の量の差によるもので、メラニン色素には、黒色メラニンと肌色メラニンの2種類があり、その保有バランスは人種や個人によって異なりますから」


「よくわからないが、なら退院の手続きをしてくるわ。ありがとうよ、兄ちゃん」


「はい。でもこれからは仕事終わりに流水で冷やすか濡れタオルで冷やす。もしくは氷や保冷材で冷やすを心掛けてください」


「あぁ、助かるよ」


その男性はどこかに消えていった。


 次のベッドへ行くと眠っている年配の男性だった。よぼよぼで体はげっそりとしている。食事をしていないのはだろうか。声を掛けても無反応だった。


最後の一人は、俺を無言で見つめていたからか目が合ってしまう。年齢は30代といったところだろうか。その男性は俺に手招きをした。俺は呼ばれた方へと向かう。


「お前は誰だ」


「俺は薬草管理としてきたロイです。あなたはどんな病気で入院しているんですか?」


「俺は……病気ではない」


「ならどうして……?」


「監視だよ。アイツが無茶をしないように」


「アイツって?」


 その問いには答えずに、その男性は眠っていた。


 次は、中くらいの規模の部屋へと移動する。中の部屋に結構年配な男性5人がいたが、その5人がすべて顔にブツブツができていた。5人は仲良く話していたようだが、俺は警戒を強めた。この部屋なんだか匂うぞ。


(これこそ、さっきとは比べようもない。マジで伝染病だったらまずい)


 俺は先程の処置グッズが置いている場所まで戻り、布で顔を塞ぎ、透明の白い手袋をしてから入ることにした。


 奇妙な姿で入ってくる俺に気づいたのは、一番顔の発疹部分が多い70代の男だった。


「おいおい、見て見ろよ。あいつなんだよ? 俺たちが伝染病みたいな扱いだよ。伝染病はあの黒い兄ちゃんだっての」


「いいえ、あなたたち皆さん同じような発疹です。可能性は否定できませんので診させていただけますか?」


「別にいいけどよ。アダム先生は普通に俺たちのこのブツブツ触っていたぜ?」


「もしかして、ここの先生ってジョイじゃなくてアダムなの?」


「あぁ、ジョイって奴は一度来ただけで、放置だよ。だから、アダム先生がたまに診に来てくれていたが最近は誰も来なくなったな」


「……そうですか。では失礼」


 俺は湿疹を見るだけで判断できるかと思ったが、難しかった。そこまですごい力は備わっていなかったようだ。


「これっていつからできていますか?」


「夏ごろだったか? 暑くてよく掻いていたから」


その言葉から俺は二つの病名を浮かび上がった。「あせも」もしくは「とびひ」である。あせもだとすれば、こんなにも同じような症状の人が集まらないし、自然に治るのが一般的である。だとすると……


そう考えていると、1人の60代の男が話の間に入ってきた。


「俺はよ。そもそも湿疹なんかなかったんだ。頭痛と吐き気でここに入院することになったんだが、それが今では頭痛と吐き気はたまにあるが、このブツブツだけは治りやしない」


そう言いながら、右手でポリポリと湿疹を掻いた。その手で集まっている人たちの体を触ったり、手すりを触ったりしている。


「とびひですね」


俺はそう判断することにした。


「とびひってなんだ?」


「ブドウ球菌や溶連菌などが原因で、接触によってうつって、火事の飛び火のようにあっと言う間に広がる病気です。あせも、虫刺され、湿疹などをひっかいたりすると、二次感染を起してとびひになります」


もう一人の80代が言った。


「それって子供のかかる病気じゃなかったか? 昔いた治癒士のブライアントが言っていた気がするぞ?」


 俺は一瞬治癒士がいたこともあったのかと聞き返したかったが、まずは患者が先である。


「確かに子供の病気だと一般的に思われていますが、特に高齢者は皮膚が薄く、傷つきやすく、バリア機能が低下しているため、細菌に感染しやすいので、大人もかかることがあります」


「そうか……でこれは治るのか?」


「治りますよ。発熱がなければ軟膏で大丈夫ですけど、熱があるならガンヤクってここには今はないですけど……とりあえず、皮膚を清潔にしましょう。なぜそんなに臭いんですか?」


「あぁ、俺たちはこんなんだから風呂場は使わせてもらえないんだよ」


「だから、余計に治らないんだよ!!」


俺は1人キレていた。このとてつもない汗や汚れがたまったような体の強烈な匂いに耐えきれない。


「ここって今の発言からして風呂場はあるんですよね? 今から順番に入ってください。ちゃんと入浴して、泡立てたせっけんで病変部をそっと丁寧に洗い流してください。入浴後は、滲出液などが周囲に接触しないように、患部に軟膏の外用、ガーゼなどの保護処置が必要なので、俺はここでいますから」


「わかった。ところでお前さんは誰なんだ?」


「あぁ、俺は今日から配属の薬草管理士ロイです」


「ロイ先生かい、ありがとうよ」


 俺は言ってから気づく。ここには軟膏がなかったことに気づいた。とりあえず薬草で至急作る他ない。俺は残っていた男性に声を掛けて、一度薬草管理室に行くことにした。

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