第11話:アーリエ姫のお世話※

 俺はどうしようか悩んでいたが、アーリエ姫の苦しそうな声を聞き、自分のすべきことを決意する。


「あつ……い。あつ……い」


 確かに首元には光る汗が流れている。これは患者のためだから仕方がない。少し涼しくさせるためにこのナイトドレスの前ボタンを少し外すしかないだろう。


 ニヤニヤしてしまいそうな自分を戒めるも、俺はゴクリと生唾を飲み込んでしまう。緊張のせいか上手くボタンを外すことができない。もう一度深呼吸をして手が震えないように、手をひらひらと振った。


 よし、これで大丈夫だ。一番上のボタンから外していく。上手くいった。もう一つのボタンは既に大きな胸のせいかすでに半分以上取れかかっている。はち切れんばかりに主張しているので、思わずガン見してしまう。


 すると、プチっとボタンがはじけ飛んだ。待ってくれよ。胸を触るチャンスが……じゃなくて、違う。ダメだ。まだ、完全に煩悩を捨てきれていなかったようだ。いきなり現れた二つの大きな丘に急に怯んでしまう。


 でかっ。思っていた以上にデカい。いっそのこと揉んでしまおうかと手を広げてぐーぱーしていると、もう一人の俺がやめろと言ってくる。


(ロイ、君は何をしようとしているんだ。それでも治癒士か。いくら無能だからとはいえプライドまで捨ててしまうのか)


 そうだった。俺は薬草管理士としてここに呼ばれたんだ。こんな病人を襲うようなゲスな真似をしてはいけない。これでは、マイクと同じになってしまう。それにここまで脱がせたんだ。もう大丈夫だろうとアーリエ姫を見ると、苦しすぎておかしくなってしまったのだろうか。苦しそうな顔どころかか笑いを堪えているようだった。ヤバイ。錯乱状態なのだろうか。


 俺は急に不安になり、アーリエ姫に声を掛ける。


「大丈夫ですか。気をしっかり持ってください」


「ふっ……まだ暑いの。お願い。全部脱がせて?」


「ぬおっ?!」


 俺の治癒士としての矜持を試されているのだろうか。それとも、これは神からの挑戦状なのだろうか。いや、これはラッキースケベな展開なのか。はたまた、チートが開花する前の前触れな状況なのか。俺は考えれば考えるほど、どれが正解なのかわからなくなってきた。


 混乱する俺の手をアーリエ姫は取り、自分の胸へと持っていく。


「ほら、早くっ、脱がせてぇっ……」


「あぁ、もう。どうなっても知らない」


 色気たっぷりのセクシーボイスに耐えられなくなった俺だったが、なぜか目を瞑ったままボタンを外すことを選んでしまう。童貞の俺は、やはりチキンだったようだ。頭の中で悪魔の俺が囁いてくる。


(おいおい、チャンスを棒に振りやがって。そのまま目を開いてモミモミしちゃえよ。ちょっとくらいならバチなんかあたらないって)


 もう一人の天使の俺は諭すように囁やいてくる。


(ダメです。ここはあなたは試されているのですよ。そのまま目を閉じたまま外す努力をしなさい。そうすれば、きっと感性が研ぎ澄まされますよ)


 俺はその天使の言葉に後押しされて、そのまま目を閉じたままボタンを外すことにしたはずだった。


 んん? ボタンのような固い感覚ではない。少しつまみ部分があるような小さい豆のようなポチっとしたこの柔らかい感触……まさか、これは違うボタ……そのはずはないと、もう一度感触を確かめるようにつまんでみる。


「んッ……ロイっ……今はダメッ」


「あっ、ごめんなさい。ごめんなさい。許してください。アーリエ姫」


 俺は焦って土下座をした。必死に眠るアーリエ姫に謝る。今のは本当にそんなつもりは全くなかったのだ。


「はぁはぁ。ふふふふふふ。ロイっておもしろいわね。普通ならラッキーって思って寝込みを襲うような状況なのに少し触れちゃったからってそんなに焦らなくてもいいのに。ほら、私はあなたのものなんだからもっと触ってくれていいのよ?」


 俺の手を無理やり引っ張り、自分の大きな胸のところにまで持ってきて俺の手を下から支え、ボインボインとした感触を味あわせた。


「ちょっと……アーリエ姫やめてください」


 嬉しい反面そんなことを口にしているが、内心はふわふわした弾力性のある柔らかい感触に興奮を隠せない。このままずっと触っていたいと思っていた。


 が、握られたアーリエ姫の手が熱くなってくるので、なんとか正気に戻る。


「アーリエ姫、これ以上は余計に熱が上がります。今の俺にはこれだけで十分すぎます。ありがとうございます。それに息遣いも荒くなっているではないですか」


「んっ……これは……ちがうっ。ロイが……」


 なぜだか恥ずかしそうに下を向くアーリエ姫の手を握り、そのまま横に座り脈拍を計ると、1分で130くらい脈が打っていた。


「もう、せっかく昼間は熱下がっていて喜んでいたのに、ぶり返してどうするんですか……それに侍女たちはなぜ下げたのですか?」


「侍女たちも疲れているだろうし、あまりこんな風に弱っているところは見せたくないのよ」


 アーリエ姫は笑っているが、辛いのだろう。俺はそんなアーリエ姫を気づけば抱きしめていた。


「アーリエ姫はすごいですね。そんなに我慢するなんて……でも、俺の前ではもう我慢しないと約束してもらえますか?」


 アーリエ姫は真っ赤なリンゴのように首から一気に顔が赤くなった。熱が上がってしまったのだろうか。俺は心配であちこちそのまま体を撫で回す。


「まだ熱はあるようですが、異常はなさそうですねってすみません。女性の体をべたべたと失礼しました」


「……ねぇ、ロイ。さっきからなんなの? いったい……計算ではないのはわかっているつもりなんだけど。それは……無知だからゆえの無自覚天然なのかしら。こっちが驚かそうとボタンを飛ばしてからかっていただけなのに……逆に私が恥ずかしくなるなんて。妄想はいつもすごいのに、実際は違うとか。私がどうしていいかわからなくなってしまうじゃない。もう!! 私ロイに優しくしてもらえるなら一生病人でもいいわ」


 俺はアーリエ姫の一生病人扱いに、治癒士として思わず反応してしまった。おっさんの下心はさっきのお胸で満足したようだ。俺って……単純ってかチョロすぎやしないだろうか。


 出してもいないくせにすっきりした今の俺は、治癒士ロイとしてアーリエ姫を看病することを選び、アーリエ姫を叱る。


「アーリエ姫、今の言葉は取り消してください。俺は病気を治すためにいるんです。二度とそんなこと言わないでください」


「ごめんなさい。度が過ぎたわね」


「わかってもらえればいいです。解熱作用のあるハーブティーを入れますね。あと汗でナイトドレスが濡れているようなので着替えもしてください。どこにありますか?」


「あちらの部屋に予備のナイトドレスがあるの……あと……1つお願いしてもいいかしら?」


「なんですか?」


「さっきの冗談からの流れで非常に言いにくいのだけどね……あのね……体をね……」


「体を拭いてほしいということですね。そうですよね。気持ち悪いですもんね。でも、俺でいいんですか?」


「侍女たちに迷惑をかけたくないの。だから、お願いできると嬉しいのだけど……」


「はぁ、さっきまでのお調子者はどこにいったのですか。そんな控えめに言われたら、我慢しないでって言った手前断れないじゃないですか……タオルとお湯を洗面所から取ってきますね」


 俺はそのまま洗面所へと早足で向かいながら、内心パニックに陥っていた。


どうしよう。どうしよう。全然余裕ぶってるけどどうしたらいいんだよ。体を拭くってことはさっきのたわわな胸とかも再び触ってしまうってことだよな。それはそれで嬉しいじゃなくて……俺しっかりしろよ。治癒士として看病するって決めただろうがっ!!


 俺は煩悩に何とか打ち勝ち、洗面所でお湯を入れてくる。アーリエ姫はしんどいくせになぜか笑顔を振りまいている。あの人、どれだけ我慢強いんだろう。俺が守ってあげないと。


 これは、早く汗の拭き上げを終えて寝かせてあげた方がよさそうである。意を決してアーリエ姫に言う。


「あの後ろを向いてください」


「わかったわ」


 思いの外、素直に聞いてくれたのでホッとした。俺はアツアツのタオルだったので、手を火傷しそうだったが、ナイトドレスの中に手だけ突っ込んで頑張って背中を拭いていく。たまに触れてしまうすべすべの肌に戸惑ってしまうのは仕方ない。無事に背中を拭き終わり、ここからが問題である。


「アーリエ姫、前はご自分でお願いします」


「手もケガしているわ」


「また………そんな嘘ついて。足しかケガはありません。先程色々と触ったので知っています」


 自分で言っていて変態行動だったことを反省していると、アーリエ姫は急に苦しそうな声を上げ頭を抑えた。


「あ……あたまがっ……」


「え? 熱がさらに上がったんじゃないですか。もう着替えた方が……」


「そうかもっ……でも、胸の下に汗がたまって気持ち悪いのよ。このままでは。はぁはぁ」


「もうっ。魔力使ったり、ふざけたりするからこうなるんですよ」


「ごめんなさい。でも、愛する人に抱かれたいと思うのは仕方がないことなんじゃない。でも、今はもう怒らないでよ。頭に響くっ……」


「ごめんっ」


 どうやら今回は冗談でもなく、本当に苦しいようである。今まで強気に振る舞っていたから限界が来たのだろう。これは煩悩だとかどうのこうの言っている場合ではない。俺は男の前に、治癒士なのだ。これは治療であって、そういういかがわしい行為ではない。俺の煩悩よ。消え去れ!!


「……わかりました。さっきみたいに目をつぶってしまうと失敗する恐れがあるので、アーリエ姫のその……見えてしまいますし、触ってしまいますがお許し願いますか」


 冗談も言わずに、ひたすらコクリと頷いただけだった。俺は急いでアツアツのタオルで首、鎖骨、そして、胸、胸の下、お腹と拭いていく。拭きながらも気を紛らわせるためにひたすら円周率を俺は唱えていた。そうしないと、一瞬で理性が持っていかれてしまう。


「3.1415926535 8979323846……」


 アーリエ姫が「あっ」、「いやん」、「あっんっ」などのくすぐったそうな声やなんとも言い難い妖艶な声を上げる度に一瞬ドキリとしてしまう。そのまま驚いて間違ってがっつり揉んでしまったことは自分だけの秘密である。


 拭き上げてアーリエ姫を見ると、全身真っ赤になっており、かなり辛そうだった。これだとハーブを飲ませている場合ではない。


「こんなとき、鎮痛薬があればいいのだが……」


 そうだよ。俺薬草の知識はあるし、薬くらい作れるんじゃないのか。なんでそんなことも思いつかなかったのだろうか。きっと、無能と蔑まれた結果何もやる気が出なかったのかもしれないな。しかし、そんなものはすぐにできるはずもない。チートがあればいいが、今の俺にはないのだから仕方がない。


 俺ができることはこのまま着替えさせて、寝かせることだけである。アーリエ姫はぐったりとしていて、熟れた果実のように顔も真っ赤で意識もボーっとしているようだ。これだと自分で着替えられないだろう。ナイトドレスを脱がせ、裸をできるだけ見ないように着せかえる。


 どうしても大きな胸はドレスもつまりやすいようである。頭はスムーズに入ったが、胸でつっかえてなかなか下まで下がらない。なぜ、さっきのようなボタン式のナイトドレスじゃないんだ。このナイトドレスの構造を恨んだ。仕方なく大きな胸を目の前に座り込む。うっかり吸ってみたいと思ったのも内緒だ。下に下ろそうとしていたそのとき、後ろから手で頭を抑えられ、胸に突っ込んでしまう。


「ぐはぁっ、やわらかつって息が……」


「ふふふ。ロイありがとう。これは私からのお礼よ。しっかりと堪能していいわよ。吸いたいんでしょ?」


「ぱふっ、やめっ。また読んでるし!!」


 俺は、吸いたい衝動を我慢してなんとか胸の谷間からの脱出に成功した。


「アーリエ姫、そんな気力本当はないくせにやめてください」


「はぁ、だってこんなチャンス二度とないかもと思ったら、なんだか力が湧いてきてね?」


「もう!! だめです。早く寝てください。侍女たちを呼んできます。さすがに今の姫様を1人にはできません」


「なら……ロイがいてよっ」


「っ……そんな可愛くねだるように上目遣いしてもダメ。俺といたらまた興奮しちゃうでしょ? では」


 俺はそう言い捨てると、侍女たちに氷枕やわきの下や足の付け根、首も冷やすように伝えた。違う。興奮して抑えが効かないのは俺の方だった。本当だったら、俺が看病してあげたかった。だが……俺はまだまだ治癒士として未熟らしい。ズボンが大変なことになっていたので、自室に急いで戻ることにした。

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