第10話:煩悩との戦い

 トーマスが転移魔法を使ったので、一瞬で森に着いていた。マイクは終始怖がり叫んでいたが、何か魔力でも感じたのだろうか。俺は何も感じないが、これが魔力量の差なのかもしれない。


「おっ、えっっと……もう森なのか。A級の薬草とB級の薬草を探してくれ」


「あぁ」


 相変わらず、着いた早々偉そうに命令してくるマイクにどんよりしながらも探知魔法を唱える。いつも通り青矢印が示してくれるので、簡単に言われていた薬草を探すことができた。


「じゃあな。お前なんかアーリエ姫にすぐ捨てられるからな。覚えておけよ」


 と捨て台詞を吐き、俺が見つけた薬草をかっぱらって持って帰っていた。S級の薬草がいらなかったことに不思議に思う。てっきりS級薬草が必要なのだと思っていたのに……


 薬草に興味がないマイクだったから、まさか忘れているなんてことないよな。まぁ、それはそれで面白いけど……あっ、でもそうなると母が困るか。でも、あの母も俺が追放されているのを見ていて、口パクでごめんねと言っただけで事実上何もしていないからな。いくら親父に反論できないとはいえ、そこは子供くらい守れよと思ってしまった部分もあったが、いい歳こいた大人がそんなこと思うなんて俺も甘いなと色々考えたところで、マイクを呼び止める。


「おい、S級の薬草はいらないのか?」


「薬草が手に入った今、もうお前は用無しなんだよ。バーカ。この無能なバカ兄が!!」


 善意で呼び止めてしまった自分が嫌になる。こいつマジ腐ってるな。性根が悪すぎる。きっとアイツのことだ。S級の言葉も聞こえていなかったのだろう。使い方によっては毒草にもなりうる薬草が混じっていたのだが、もう、俺はどうなっても知らない。気にしないことにした。


 トーマスは俺に話しかける。


「君は……いい奴なんだな」


「えっ?」


「いや。わざわざ自分から聞いてやるなんて。普通ならってか、俺なら絶対にしない」


「そうだな。なんだろう。せっかくここに来れたのに胸糞悪いことしたくないんだ」


「そうか。やっぱりアーリエ姫が認めただけのことはあるかもしれないな」


「ありがとう」


 内心そんなことを思っていたのかと自分自身に驚いた。転生したってことは、誰かの役に立つために生まれ変わったということだろう。今までの流れを考えるとアーリエ姫のためにってのが自分の中ではしっくりくるけど……それに、転生あるあるのようにチートはなかったとしても、ハーレム展開はありそうな気配だしな。楽しんだもん勝ちだろう。


 おっさんが若い子にリアルで触れたらセクハラだけど、この体ならセーフだし、ワンチャンもあり得る。絶対に、今度は童貞は卒業してみせる!!


 俺は1人意気込み直して、必要な薬草を見つけるために、再び探知魔法をかけることにした。基本的に体調不良を改善できる一般的な薬草からデトックス効果のあるもの、また女性人気の美容に対する薬草まであらゆる薬草を採取することにした。


トーマスは驚いたように目を丸くしていた。


「ロイはすごいな。そんなたくさんの量をあっという間に採取してしまうなんて」


「そうかな? 遅いっていつも怒られていたけどね」


「ロイって、やっぱり素直なのか天然なのかわからないな」


「そう? 薬草で患者さんが元気になれるなら何でもいいんじゃないか」


「そうか。お前ってやっぱりいい奴なんだな」


「ありがとう。でも、これ収納魔法で全部入るかな?一応腐らないようにしてほしいのだけど……」


「あぁ、大丈夫だ。俺の収納魔法は現状維持が保てる」


「それって薬草に害はないの?」


「今まで生肉を保存したこともあったが、腐敗もなく問題なかったぞ」


「そう……なら大丈夫かな。よろしく」


俺はトーマスに預けることにした。


 そして、帰るために森の中を歩いていると、アイレン花が咲いていた。アイレン花は世界のどこに生えているかわからない希少な花である。俺がこの森で初めて出会い、今では師匠でもあるゲン先生がこのように言っていた。


「この森も何度探しに来ても見つからないんじゃが、どうしてもその花を届けたい人がいるんじゃ。この年寄りの戯言だと思って協力してくれんかのぉ」


 この森で、俺の独特の探知魔法に興味を持ったゲン先生がアイレン花を探してくれないかと話しかけてきたのが出会いだ。それ以来、俺が知らない薬草の知識を色々と教えてもらうようになった。その知識の豊富さに俺は師匠と呼ぼうとしたが先生でいいと言われ、却下されてしまったのだった。


 俺がその森に行くときは大抵ゲン先生はいた。それほどまでに必要としている花なのだろうか。師匠ほどの人が探せないなんてどれほど希少なのかと不思議に思っていた。そんなある日、病気でもう先が長くないという話を聞かされた以来、ゲン先生と会うことはなくなった。


 そのことを思い出し、俺はそのアイレン花を採取しようとした。すると、そこに一匹の虹色の蝶がその花に止まった。思わず美しい見たこともない蝶に目が奪われてしまう。その瞬間、眩しい光が解き放たれた。俺はその様子が見たいという好奇心でなんとか霞んだ目で見続ける。


 トーマスは危険を察知したようで、剣を取り出していた。すると、目の前にあったアイレン花がなくなってしまった。


 俺は唖然としてしまう。ゲン先生が生涯をかけて探し続けてきたアイレン花を俺は目の前で見つけたというのに見失ってしまったのだ。


「アイレン花が……」


「ロイ、今のはなんだ。幻の花なのか?」


「トーマス、そうか! あれは幻の花だったんだ。俺は勘違いしていた。アイレン花という希少な花というのは理解していたが、なぜ見つけることができないのかということの理由を考えていなかったんだ」


「ロイどういうことだ?」


「幻の花だからこそ、きっと見つけた瞬間に採取しないといけないんだよ。神出鬼没な花ってことかも」


「魔力の波動を感じたから追うことも可能だが、どうする?」


 トーマスの申し出に俺は悩んだが、今は救うべき患者が多くいるフール王国を優先した方がいいと考えた。


「俺には今やるべきことがある……今採取した薬草で色々とブレンドしてカフェメニューに追加したいし、入院患者に話も聞いてできることなら薬草や食事療法で治療していきたい」


「そうか。確かに今の医院カフェは全く機能していない。あいつ、ジョイが天下だからな」


「やっぱりそうなんだ。まぁ俺、勝手にしろって言われたからやれることはやってみるよ」


「そうだな」


俺たちは、そのまま歩いて、城へと戻ることにした。すでに真っ暗になり夜になっていたが、男二人だったこともありなんとか歩き切ることができた。なぜだかわからないが、トーマスは隣国に着いても、転移魔法を使用してくれなかったのである。やはり俺ごときはしっかりと歩けということなのだろう。そのせいで足がもうパンパンだった。


 早速、城へと戻りアーリエ姫に薬草採取の報告へ行こうとしたが、夜間は女性の部屋に入室は不可ということもあり、そのまま自室へと戻ることになった。


 薬草はトーマスがそのまま収納魔法で管理することになった。温度調整が無理なこの部屋で保管するのは危険である。トーマスに預ける方が安心だと考え、明日持ってきてもらうように頼んだ。


 しかし、ベッドに寝転び寝ようとした時に、俺はギブスを調整してもらってからの足の状態をアーリエ姫に確認していなかったことを思い出す。こうなった俺はもう気になって眠ることができなくなってしまった。もし、痒かったりするなら軟膏を塗ってあげたいし、締め付けたことで腫れや赤みが出るかもしれない。


 俺は自分の部屋でウロウロと歩き回っていた。それは動物園にいる目的なく同じところを行ったり来たりと繰り返す常同行動に似ている。動物の場合はストレスが原因だといわれているが、俺もまた気になるという心配からくるものであろう。俺は我慢できずにそのまま部屋を抜け出した。


 アーリエ姫の扉に張り付いていた近衛騎士はトーマスだったが、今日の長旅で疲れていたのだろう。スース―と寝息を立てていた。俺はそっと扉をあけて、アーリエ姫の寝室へと侵入したのだった。


 これはこれで悪いことをしているようで心臓がバクバクしてしまう。決して夜這いではないが、誰がどう見ても変態行動と言われているモノと同じだろう。それに、邪まな思いがないわけでもない。むしろ、どこか期待してしまっている自分もいる。童貞前の男子高校生のあの感情に似ている気がする。やりたいという思いばかりが先行しているというあの感情だ。


 けれど、この妄想ダダ洩れ状態だとまたアーリエ姫に心を読まれてしまうかもしれない。深呼吸をして、心を落ち着かせてから姫が眠る寝台へと向かう。


 やはり、また熱が上がってきているようである。汗を流しうなされていた。これはこれで情事後のようで色っぽいのだけど……さすがに、これは放置するわけには行かないレベルである。俺は治癒士の端くれとしての理性を総動員させて、本能を抑えることに成功した。


 俺は近くに用意されていた布切れで額の汗を拭う。そのまま手を当て、熱を確認するとかなり体温が高いようだった。これはさすがに冷やさないとまずい。そのまま静かに洗面台に行き、その布を湿らせて額を冷やすと、アーリエ姫は気持ちいいのか苦しそうな声が少し収まった。


 それにしても侍女やメイドをなぜ下がらせたのだろうかと疑問に思っていると、アーリエ姫は何か言葉を発し始めた。


「暑い……暑い……苦しぃの……脱がせて」


 やけに艶っぽいセクシーな声に無情にも反応してしまった俺は、その場で下半身を抑えて座り込んでしまった。


「うっ……せっかく抑えた本能を瞬殺しないでくれよっ」


 俺はアソコも膨張しモッコリしてしまうし、どうしたものかと思い、とりあえず心を落ち着け無心になるために、お経を唱えることにした。


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、何妙法蓮華何妙法蓮華……」


 俺マジで何やってんだろう。なんか色々失敗した気がする。初めは純粋な心配な気持ちからだった。けれど、廊下を歩いているうちに変な風になってしまったのだ。それでこじらせまくった結果、あわよくばと襲う気満々だったくせに、パワフルなお色気パワーをいざ目の前にして怖気ついてしまったのか? それとも、治癒士として育てられた血が騒いだのかどちらかわからないがこの状況に悩んでいたのだった。


 さて、どうするかな?

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