第8話:カーターの秘密

 その男の顔を確認すると、カーターだった。病的な青白い顔をして心配だったので珍しくすぐに覚えていたのだ。


 カーターは俺が棚から取り出して確認しようとしていた注射器を一瞬で俺から取り上げると、必死に聞いてくる。


「おい、お前……この注射器を使ったのか?」


「病気でもないのに打つわけがないだろう。それにこの注射器って……」


「それ以上言わないでくれ。俺にはこれがないと生きていけないんだ」


「やっぱり。これってもしや危ない中毒性のある……」


「違う!! それだけは誤解だ。麻薬系統の薬はこの国では禁止されている。ジョイ様以外見ることも触れることすら許されない」


「なら、何なんだよ。危険なものを打っているからこそ、そんなに体調が悪そうなんじゃないのか」


 カーターは何やら考えている。これが俺だってそういう系統ではないことくらい色からしてわかっている。それに、匂いが何やらおかしいからである。あからさまにあの匂いなのだ。単純に鎌をかけたかっただけだ。


すると、カーターが意を決したように答えた。


「……言いたくないが言うしかないだろう。ニンニク注射だ」

「だろうね」


 俺は内心匂いからしてそうではないかと思ってはいたが、念のためにもう一度注射器の匂いを嗅いだ。俺の鼻にニンニク独特の匂いが襲う。


「……確かにニンニク注射のようだな。でも、どうしてこんなに隠すようにしているんだよ?」


「身体が疲れているときに、どうも内臓も疲れていることが多いみたいでな。そんなときに疲労回復に重要な成分であるビタミンB郡などの成分をはじめとするビタミン類を含む、総合栄養注射であるこれを打っていたんだ」


「ちゃんと効能とかわかる人もいるんだね。少し安心したよ。なら、ちゃんとエリスに診てもらった方がいいんじゃないか。確かに顔色悪いし……」


「ジョイ様に叱られる。管理士がロクに自己管理もできないのかってな」


「あの人なら言いそうだね。だから、ここに隠してたんだ。それにカーターがさっき言った話が本当ならジョイが今作っている不老不死の薬に麻薬系統が使われているんだよね。まぁ、今はそれはいいや。すまないが、ちょっと目を見せてもらってもいいか?」


「あぁ」


 俺はカーターの下瞼を指で下に下げて目の中を覗いた。やはり、充血しているはずのまぶたが真っ白だった。


「貧血もあるんじゃないか。レバーとか小松菜とか食べたらいい。完全にとはいかないけどふらつきくらいは治るよ」


「そうか? なら昼休みにそれを食べてみる。このことはジョイ様には内緒にしてくれ」


「もちろんだとも。そのかわり俺が診察室にいたことも言わないでね。そうだ。ギブスとか固定具ってどこにある?」


「あぁ、それならここだ」


 カーターは棚の上にある死角になっていたところからギブスを出してくれた。治癒術士ならこれを患者につけて微調整をできるのだが、いないのだから仕方ない。


(俺に治癒能力さえあれば……助けたい人がいるのに助けることができないのが辛い……)


 初めて自分の無力さに憤りを感じた。しかし、考えていてもどうすることもできない。俺はこのギブスを持って、アーリエ姫の城へと戻ることにした。


 城に着くと何やら城全体が慌ただしい。アーリエ姫に何かあったのだろうか。見張りの門番がいなかった。俺はそのまま城の中に入り、アーリエ姫の部屋の前へ行くと大声で叫び声がしていた。


「おい、お前どうしてここにギブスがねぇんだよ? どうやって治せって言うんだ。ふざけるなよ。何のために俺は呼ばれたんだ」


「いやいや、貴様は治癒術士なんだろう。そんなこと関係なくさっさと治せよ」


この声はトーマスのようだった。怒っているようだ。もう一人の声にも聞き覚えがあるがまさかなと思いながら、誰かと覗いてみるとマイクだった。


「あっ」


思わず俺は声を上げた。一同俺を凝視する。


「はぁ? 誰だよ? ってバカ兄貴? なんでここに?」


「いや……そのこれには色々事情があって……」


俺はごまかしたというのに、アーリエ姫が楽し気に笑う。


「ふふふ、私の旦那様ですの」


「おいっ、まだ旦那になっていない」


「あら、嬉しい。まだってことは結婚をする気になってくれたのね」


「あーもう」


 俺は頭を掻きむしっていたが、悪い気はしなかった。それにしても、来るの早すぎではないか。まさかと思いトーマスを見ると、真っ赤な顔をしている。魔力酔いということは、きっと転移を使ったのだろう。


「さすがはロイね。ご名答よ。私が正式に国を通してマイクを呼んだのよ。だから、あちらの国の陛下は転移も使用していいとおっしゃってくれてね。だから、一瞬よ」


「まぁ、それはいいんだが……」


なぜかもう心を読まれることに抵抗を感じなくなってきた自分がいた。慣れってやっぱり恐ろしいものだな。


「なぜバカ兄貴が、こんな美人な姫様と結婚なんだよ。ふざけるなよ。父さんがあんなに荒れてうちは大変だって言うのに……」


「えっ、どうしてだ。お前が継ぐって話で決まったじゃないか」


「……バカ兄貴がいなくなり、薬草を採取するのが困難になった。俺が探せるのはC級の薬草のみだ。それ以上、ましてやレアなA級の薬草なんか見つけられるわけないだろう。薬草のストックが切れかかって親父は毎日ご機嫌斜めで最悪だよ。だからさ、兄貴戻って来てくれよ」


 その言葉に思わずにやついてしまう。これはもうあれだよな。流行の「もう遅い」シリーズのパターンじゃないか。


「なんだよ。笑いやがって気持ち悪い。そんなに必要とされたのが嬉しいのか」


「あぁ、嬉しいとも。お前らは俺をどれだけ卑下してきたと思っているんだ。俺の傷は海よりも深いんだよ」


「そんなこと知るか。バカ兄は言われた通り戻ってきて、薬草を見つければいいんだよ」


「俺はもう……」


「わぁぁぁつ!!」


 アーリエ姫が大声で叫びだした。俺は何事かと思って、見てみると笑顔でこちらを見てからマイクに言った。


「さっきも言いましたが、ロイは私の旦那様です。だから、そちらに返すことなどできません」


 俺は内心ずっこけそうになった。ちょっと待ってくれよ。このセリフだけは自分で言いたかった。マイクを見ると苛立っているのか、地団駄を踏んでいる。相変わらず子供っぽいことをする奴だ。


「はぁ? 俺を呼んだくせに、こちらの頼みは聞かないとか綺麗だからって調子に乗るなよ」


「はっ、よく言うわね。ろくに私の治療も出来ないくせに何が治癒術士よ。ふざけるのもいい加減にしてよ。ペテン師はいらないのよ。帰って」


「ちょっと、アーリエ姫それは言い過ぎでは……?」


 さすがの俺もアーリエ姫を止める。


「わかったよ。なら君の治療をすれば、兄を返してくれるのか?」


「はぁ? あんたって頭が悪いのかしら。返さないって言ってるのよ。そもそも返すとか返さないとかロイは物じゃないわ。ねぇロイ」


「えっ、あぁ」


「でも、このままじゃ父さんが母さんを傷つけてしまう」


「えっ、DV?」


 俺は思わずそんな言葉を口にしてしまった。ドメスティックバイオレンスの略でなどの説明をしても意味がないだろう。そもそも親父は、いくら機嫌が悪くても母にだけは手を出さなかったはずである。


「DVってなんだよ? 今はまだ壁やモノに当たるだけだからいいけど、この前なんか母さんはなぜあんな無能な奴など生んだだとキレられて……見てられなかった」


 俺は考え込んでしまう。さすがに、自分が原因で人が傷つけられることは不快である。たぶんあの親父のことだ。薬草があれば機嫌が直るはずだ。


「ではこうしよう。姫様を助けてくれたお礼として、薬草を見つけてお前に渡してやる。だが、俺は帰らない」


 マイクはアーリエ姫をニヤニヤ見つめて、何か考え込んでいる。これはまさか……俺は嫌な予感しかしなかった。


「……いや、でも俺の気が変わった。親父のご機嫌取りの薬草より気の強いこのアーリエ姫が欲しい。謝礼はこの姫との結婚だ」


「はぁっ?」


 マイクは愛おしそうにアーリエ姫を眺めているが、姫様は全く目を合わせようとしないどころか、睨みつけている。トーマスはアーリエ姫を守るようにして、ガルルルルと唸る犬のようにマイクを睨みつけていた。


 相変わらず、マイクはやはり読めきれないところが多すぎる。今までこっちに興味を持っていたかと思えば、いきなり別のことに興味を示すところが幼少期からあったのだ。また、いつもの悪い癖が始まったかと思い、俺はため息をついた。


(何よ。コイツ傲慢だし、口悪いしこんなのが治癒術士とかふざけているわね。ロイあなたが勧めたらしいけどどうなっているのよ。最悪よ)


 アーリエ姫の声が聞こえた気がしたが気のせいだろうか。俺はキョロキョロと周りを見渡した。もしかして、自分の心を俺に読ませたのか。そんなこともできたのかよ。アーリエ姫すげぇ。


(感心してくれて嬉しいわ。私はあなたとしか結婚する気ないからね。わかってるわよね)


「いや……でもさ」


 俺が言葉に詰まっているとアーリエ姫はマイクにキレ気味で話しだす。


「はぁ、ペテン……治癒術士様、私はロイ様としか結婚する気がございません。治せないのでしたら、今すぐ帰りなさい。これ以上その醜い顔を私の前にさらさないでちょうだい」


「そうだよ。そうなんだ。そういう強気なところが気に入ったんだ。今までの女は俺に媚びを売る連中ばかりでつまんなかったからな。まぁ、楽しませてはもらったがな」


「変態ね。アンタみたいな人に抱かれる女性がかわいそうだわ」


 マイクはやんわり言ったというのに、アーリエ姫は抱かれたと言ったってことは、今マイクの頭の中では色んな女性との行為シーンが映し出されているのだろうか。


クッ。うらやましいな。女を抱きたい。そんな俺の邪まな願望とは関係なく、マイクは話を続けていた。


「君もじきに俺に媚びを売るようになるよ。ウッシッシ。まずは、俺の名誉のために足を治すことにしてやるよ。でないと俺の上で腰も振れないだろうしな。バカ兄、持っているギブス貸せ」


と言うのと同時に、マイクはすでにアーリエ姫にキスしそうな距離まで詰めていた。トーマスはどこなんだよと見てみると、トーマスはなぜか眠らされていた。


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