第7話:俺は何者?

 俺は姫様の部屋を出てから、自分の住む場所がないことに気づく。どうしようかと通路を右往左往していると、ミアがやってきた。


「……あの、ロイ様の部屋はこちらです」


「ちょうどよかった。俺もどこ行けばいいかわからなくて困ってたから。声かけてくれてありがとう」


「ロイ様は素直なのですね……アーリエ姫のことを頼みます」


「うん。でも、やっぱり治癒術士に頼んだ方がいいと思う。骨折は変な風に骨が固まってしまうと今後困ると思うし」


「わかりました。隣国で頼む手配をします」


「あーよろしく。一応こう言ってはなんだけど、弟のマイクは性格はさておき、腕はいいよ」


「そうですか……やっぱり、自分の感情とは別に患者のことを一番に考えるのですね」


「いや……やっぱり患者さんには早く治ってほしいからね」


「そうですね。では、トーマスを派遣してそのマイク様を呼ぶことに致しましょう」


ミアと話している間に部屋に着いたようだ。どうやらこの部屋が俺の部屋らしい。


 俺が案内された部屋の中に入ると、本棚には薬学関係の本がずらっと並んでいた。テーブルと椅子、ベッド、洗面所、トイレが設置されていた。窓際には、観葉植物のパキラが置いてあった。パキラは寝室に飾ると元気が取り戻せるようになると言われている。観葉植物自体が空気清浄の役割を果たしていたり、リラックス効果がある。いいセンスをしているなと俺はこの部屋の配置に感心していた。


 ベッドに横になると、俺はやはりかなり歩き、色々なことがあったせいか思いの他疲れていたようである。すぐに眠ってしまったのだった。


トントン


 扉をノックする音で俺は起こされた。寝ぼけた声で返事をする。


「はーい」


「ロイ様食事の準備ができております。食堂まで来てください」


 ミアの声だった。俺は慌てて洗面所へ行き、顔を洗い、はねた髪の毛を必死で水で押さえて部屋を後にした。


 何とか間に合ったようだ。俺は、まだ道を覚えていない。ミアの後ろ姿を見かけることができたので、少し安心する。相変わらずいいケツしてんな。朝から若いから俺のアソコも元気だぜ!! 一人ご機嫌なまま、付いていくことにした。


 食堂に着くと近衛騎士たちや侍女、メイド、ジョイを初め薬草医院カフェに働く従業員たちも全員集まっていた。


ミアが号令をかける。


「アーリエ姫が本日は来れませんゆえ、代わりに僭越ながら私がご挨拶をさせていただきます。本日よりロイ様が薬草管理士として働かれます。ロイ様は知識は豊富のようですのでわからないことがあれば聞くように。それでは、いただきましょう」


「いただきます」


俺はミアの発言に驚愕した。


(俺のこと認めてくれた?)


 俺は嬉しく思い、食事することにした。その様子をジョイは睨みつけて見ていたことに気づいていたが、一応睨み返しておくことにした。


 食事を終えて、ジョイたちが集団で食堂を後にした。俺も遅れないように後をついていく。


やはり、薬草管理士は扱いにくく、癖が強い人が多いようだった。管理士はジョイのほかに二人いた。ボケッとした顔をしている20代のアダム、そして、どこか陰のある青白い顔をした40代のカーターだった。


 2人に挨拶をしたけれども無視されてしまった。雑用や看護士の名前も聞いたのだが、何しろ似たようなジャン、ジャラ、ジャリのようなジャから始まる長めな名前ばっかりだったので覚えることができなかった。名前が覚えられないのは昔からのような気がするから無理もないだろう。のちに覚えて行けばいいだろうと俺は挨拶もほどほどにジョイに尋ねた。


「今日は何の薬を作っているんだ?」


「だからお前はバカなのか。不老不死だと言っているだろう」


「ねぇ、まさかだと思うけどそれしかしていないの? ほかにもしなくていけないこといっぱいあるでしょ? 1階のカフェメニューの見直しとか。そもそも処方箋とかってあるの?」


「あーうるさいな。気になるなら勝手にすればいい。俺たちの実験の邪魔だけはするな」


「わかった。今の言葉忘れないでくれよ。俺の好き勝手にさせてもらうからな」


「おう、勝手にやれ。そもそも俺はこの薬の開発しか興味がない」


ミアから聞いていた話と違う。どこが患者思いなんだろうか。無言で薬草を取りに行くカーターと、居心地が悪そうな顔をして下を向いたアダムだった。


 しかし、俺はもうここで働くと決めたのだ。勝手にすればいいと言われたし、まずはアーリエ姫の固定具を探しに行くことにした。


 2階へ行くと、診察室には本日休診と書かれた看板が張り付けられていたが、10代の男のが診察室の前の椅子に座っている。顔にぶつぶつがたくさんあり、痒いようで、顔をかきむしっていた。


「あの……今日お休みですけど?」


俺が話しかけると、頬からは掻きすぎたようで血が出ていた。


「わかっているんですけど……痒くてたまらないんです。助けて下さい。ここの人ですよね?」


 俺は悩んだが、固定具を探すついでにこの患者を診てしまっても問題ないだろうと考えた。大義名分はもらっている。


「まぁ、そうですね。それでは一緒に中に入りましょう」


 中に入るとエリスはやはりいなかった。俺は勝手にしろと言われたことをいいことに診察室へとその患者を連れ込み、診察を始めることにした。なんかお医者さんごっこしているみたいで楽しいな。これが若いことか女だったら、あんなことやこんなことできるのに。「俺の大きいお注射で治療しましょうね」とか言ってやりたい放題なのにな。


 おっと妄想を膨らませすぎてしまった。今後のためにコイツで練習しておこう。


「最近変わったものを食べましたか?」


「いえ……あーそういえば、昨夜海で友達と海鮮焼きをしたんですけど、エビとカニをたくさん食べました」


「なら原因はそれでしょうね。甲殻アレルギーです」


「こ……かく?」


 一般的に有名だと思うのだが、この国の人たちは知らないのだろうか……それとも、また俺独自の記憶だろうか。よく父から「滅茶苦茶なことを言うな」と怒られてたのを思い出してしまう。俺はその考えを取り払い、問診を続ける。


「喉は苦しくないですか?」


「あっ、はい。痒いのは顔、手足とお腹です」


「そうですか。なら1階のカフェでヨーグルトと甜茶を頼んでください。ヨーグルトを食べることで蕁麻疹を出にくくすることができます。腸内環境を整えることが大事です」


「えっ? ヨーグルトとて……お茶なんかで治るんですか?」


「そうですけど。まぁ、薬師によっては、ヨーグルトに含まれている乳酸菌よりも植物性の乳酸菌の方が効果があると言う人もいます。俺の診断が信用ならないのであれば、植物性の乳酸菌が含まれているものをメニューから選んでください。納豆や味噌などがあります。納豆や味噌は大豆から作られているので、植物性乳酸菌です。もし、牛乳や大豆などにアレルギーがある場合は、食物繊維を摂取して腸内環境を調える方法があります。その場合は……」


「大豆も牛乳も問題ないのでそれ以上は大丈夫ですけど……てんちゃって何ですか?」


俺はその言葉が自分が語りすぎていたことに気づき、少し恥ずかしくなった。薬の処方になると話したいことが山ほどあって困ってしまうのだ。この辺の知識になるとやたら饒舌になる。いったい俺は何者だったのだろう。俺は咳ばらいをして、甜茶の説明をすることにした。


「甜茶とはと東の方にある遠い国のお茶です。このお茶は甘いお茶なのですが、含まれている成分にヒスタミンの分泌を抑えるものがありますから、痒みも少しは治まります」


「わかりました。なら10杯飲みます」


「コラコラ、飲み過ぎはかえって毒になるので1杯で大丈夫です。あとは帰ったら今日は十分な休養と睡眠をとり、新鮮で添加物の少ない食事を心がけてください。蕁麻疹がでているときは、運動や熱い風呂への入浴は避け、涼しいところで安静にしていてください」


「はい。わかりました。ありがとうございます。でもこの痒いのどうしたらいいですか?」


 俺が開発した「ステロイド」と名付けた塗り薬があればすぐに治ることができるのだが、残念ながらここには存在しない。とはいえ、ステロイドは効果が強いが副作用も強いのであまりおすすめしたくないのが俺の見解である。こういうとき、自分がアトピーだったことがこの国では功を奏したのだ。


「痒みが出ているところを保冷剤や氷で冷やすと楽になります」


「はいっ。なら大豆料理を食べて、デザートにヨーグルト、食後に甜茶を頼めば位俺ばっちりですよね?」


「そうだね。あと、ストレスもあるかもだからゆっくり休養してね」


「はい、1階カフェで食べて、今日はゆっくり寝ています」


「お大事にね」


その男の子は走っていった。俺は一安心したのだった。


っと安心している場合ではなかった。アーリエ姫のための器具を探すんだった。俺は器具のある棚を探っていた。


 なにやら怪しい注射がたくさん出てきた。こんなもの何に使う気だろうか。エリスは魔法士で診察だけしかしないはずであり。使うのは看護士か?


それにしても、これは……あの注射に違いない。やはり、どの時代もこういった類のものはあるのだなと思っていたとき、そこにダッシュで駆け込む男の姿が見えた。

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