第6話:アーリエ姫とロイ

 やはり、城に入る前に門番に止められてしまった。俺が許可証を見せると、舌打ちをしたが門を開いてくれた。城に入ると、オリビアは紫の髪色がビジュアル系バンドにしか見えないような若い奇抜な侍女と話していた。


「久しぶりね、アイラ。どう? 侍女は慣れた?」


「お姉さま、お久しぶりね。水は冷たいし、シーツを替えるのは大変よ」


「そう。頑張ってね。姫様のおそばでしっかりと仕えるのよ」


「はい、ところでこの方は?」


「この方は明日から薬草管理士になられるロイ様よ」


「あー騒がしかったのはこの方のせいですね。姫様がケガをしたのはアイツのせいだってメイドや侍女の間で噂になっていたもの」


俺は侍女の話し方が風貌とは似合わなさ過ぎて、戸惑ってしまう。それにしても、なぜ俺のせいになっているのだろう。


「おいおい、ケガを治療しただけで、なんで俺のせいになっているんだよ」


「アーリエ姫は良くも悪くも目立ちますから。何かあればすぐ噂になるのですよ。ではまた」


「アイラ、しっかりね」


オリビアは手を振っていた。


「すみません。妹のアイラです。16歳で侍女になってのでまだまだ未熟者で」


「そうか。若いってうらやましいね」


「ロイ様もお若いじゃないですか?」


 俺は一瞬悩んでしまう。実際は28歳だけど中身は45歳ということは、足して73歳だ。まぁ、そんなことをこの世界で正直に話さなくてもいいだろうと悪知恵を働かせて、カッコつけて言ってみる。


「あー俺? 若く見えるなら嬉しいけど28歳だよ」


「えぇーー。 嘘っ。見えない」


「はいはい、ありがとう」


 思わずにやついてしまいそうになるのを必死でこらえる。JK美女に若いって言われて嬉しすぎる。小躍りしてしまいそうだ。今ならワンチャンあるかと思ったが、真面目な治癒士のロイ君はそれを許さないようだ。とはいっても自分自身なのだけど……


「急ごう。料理が冷めてしまう」


「あっ、すみません」


俺たちは早歩きにて、アーリエ姫の部屋まで着いた。部屋の前には近衛騎士たちが見張りをしている。


「あの……アーリエ姫に食事を……」


「姫様は食事は召し上がられない。帰れ」


「これは治療の一貫ですので。お願いします」


「無理だ。帰れ」


俺と近衛騎士の押し問答が繰り返される。


「姫様にこれを食べさせたいんだって。早く治るんだって」


「そんなこと言ってまた毒かもしれぬ」


「え……毒って……」


「いや、何もない」


すると、扉が急に開いた。


「何の騒ぎですか」


 そこには、鬼のような顔をしたミアが立っていた。中を覗いてみるとやはり、熱を出しているようである。数人の侍女たちが氷でタオルを湿らせて、姫の額を冷やしている。


「ミアさん、これ骨折に効く食事なのでぜひ」


「わかりました。毒見をしますのでとりあえずお入りください」


「はい」


オリビアはそのまま頭だけ下げて、逃げるように帰ってしまった。


(お礼を言わずじまいだったな。明日ありがとうって言わなきゃな。ワンチャンを求めて)


俺はそんなゲスなことを考えながら、部屋の中へと入っていった。


寝込んでいたはずのアーリエ姫は急に元気に起き上がる。


「あら、ごきげんよう。夜這いなんて素敵な趣味ですわね。喜んでお受けしたのですがなにしろ足が動きませんゆえ、ロイを満足させられるかどうか……」


「おいおい、無理しなくていい」


俺はまずは額に触れ、熱がないか確認した。高熱が出ているようだ。よくもまぁ、こんな状態で軽口を叩けたな。この根性がすごすぎる。


「アーリエ姫こちらの料理を……メインは冷めてしまいましたがかえってよかったかもしれませんね。口の中も熱くなっているので、冷たい方が食べやすいでしょうし」


「えぇ、ありがとう」


スプーンを持ち上げたが、手に力が入らないのか落としてしまう。


「もう無理しなくていいですよ。今だけは甘えてください」


「ロイが優しいなんて、やっぱり病人には優しいのね」


優しく微笑んではいるが、かなり辛そうである。ミアが横から試食をした。


「……腹が立ちますが美味しいですね。毒はなさそうなので姫様どうぞ」


その言葉を聞き、俺はスプーンに鮭とクリームを救い、アーリエ姫の口に頬張った。


「あ~んしてください」


無言で小さな口を開くアーリエ姫。熱のせいなのか首まで真っ赤である。先程の下世話な話をしていた姫がこんなうぶな反応をするなんて想定外だったので、俺の顔も真っ赤になる。こんなことで俺まで真っ赤になるとか確実に童貞だろうな……


「おいしいけど、もういらないわ。ごめんなさい」


「すみませんが、もう一口だけ。マイタケとクリームを」


「わかったわ」


また、小さなお口を開けた。なんだか普通の食事風景なのにエロく感じてしまう。病人に発情とか俺死ねばいい。そこまで根性は腐りたくない。でも、青年コミックではあるあるなんだよな。このまま襲うのとか……


「ロイ……あなたは私にそんなやらしい妄想を……?」


「いえ、すみません。ごめんなさい」


自分の頬を叩いた。頭がクリアになった。


「私の方こそごめんなさい。熱でおかしな読心術になってしまったみたい。ロイがそんなこと考えるわけないわよね。きっと私の欲望を再現してしまっただけだわ」


「いえ……あと一口」


 内心助かったと安堵していると、アーリエ姫と目が合った。やばい。また、読まれたのか?


「あ……ん」


「偉かったですね。アリーエ姫」


俺は子供の患者にするように頭を撫でる。恥ずかしがるアーリエ姫にまたドキッとしてしまう。


「それでは、春菊も食べましょうね」


「ロイっ、さっきもう一口だけって言ったわ」


「ならあと二口頑張ってください」


「じゃあ……頑張ったら結婚してくれる?」


「……姫様がちゃんと足が治ってこの国の患者がいなくなったら考えます」


プク―とわかりやすく口いっぱい頬を膨らます。これだけできる気力があるなら治るのも早いだろう。それにしてもこの可愛い美女はなんなんだ。危うくすぐ結婚したいと言いそうになったじゃないか。


「……その回答はずるいわね……まぁいいわ。サラダよね。あ~ん」


「はい、どうぞ」


 反応が微妙だったので、もしや心を読まれたのか。けれど、こんなにも熱があるのだから、きっと明日には忘れているに違いない。春菊のサラダを食べると苦かったのか顔をしかめた。


「はいはい、ヨーグルトでお口直しをしましょう」


俺はヨーグルトを救って、口の中に入れると、嬉しそうな笑みを浮かべた。


(かわいい。こんな子供っぽい顔もするんだ)


俺はアーリエ姫に見惚れていた。ゴホンっと大きな咳払いが聞こえて、正気に戻った。


「はい、終わりです。よく頑張りました」


俺は再び、アーリエ姫の顔の近くで頭を撫でた。


「う……ん。これはこれで悪くないかも……」


アーリエ姫が何か言っていたが、聞こえないふりをしたのだった。これ以上、心の奥底で蠢いてる下品な妄想を読まれるわけにはいかない。


俺はミアに頼みごとをすることにした。


「悪いんだけどティーカップとポットをお願いできる。あと熱湯も」


「何をなさるのですか」


 ミアはまだ俺を警戒しているようだ。さっきの毒発言といい昔何かあったのかもしれない。気にはなるが、アーリエ姫の治療の方は先決である。


「ハーブティーを入れる。解熱と鎮痛作用があるから、痛みや炎症を鎮め姫様が少し楽になると思うんだ。ゆっくり寝れるかもしれない」


「それなら仕方ありませんね」


ミアは侍女に準備するように声を掛けた。持ってきたのは先程あったオリビアの妹アイラだった。


「ミア様お持ちしました」


「はい、あなたはもう下がりなさい」


「……はい」


アイラはさっきのようなおしゃべり大好きなきゃぴきゃぴした様子は全くなかった。オンオフは切り替えられるタイプだったようだ。


俺は熱湯でホワイトウィロウを抽出していく。さわやかな木の香りが部屋を漂う。カップに入れアーリエ姫に渡す。


「熱いのでお気をつけ下さい。苦みがありますので無理そうならヨーグルトでまたごまかしましょう」


「そんなの子供じゃないんだから……ハーブティーなら問題ないわ」


アーリエ姫はハーブティーを一口飲み、無言でヨーグルトを探していた。俺は口へと放り込んだ。


「ほら、苦かったでしょ?」


「……っ、このハーブの苦みは主張が強すぎるでしょう」


「特徴ですから……でも、これで熱や痛みは少しはましになるはずです。もう少しなら飲めそうなら飲んでください」


「早く治して、あなたを落としたいから頑張って全部飲むわよ」


そう言うとアーリエ姫は一気飲みしたのだった。


「ちょっと、熱いですって、火傷しますよ」


「口の中火傷したから、ロイの舌で冷まして?」


上目づかいで頼むその姿にクラっと来てしまいそうだったが、なんとか自制心を保つことができた。本当ならこのまま口の中をって……ダメだ。これ以上は……


「……氷でも舐めたらいいですよ。口の中もスッキリしますし。ミアに頼みますか?」


「チッ、大丈夫よ。飲むときに冷やしたから」


「え……魔法ですか。さすがですね」


「まぁね。食事ありがとう」


「あっ、はい。ベッドで横になってもらえますか?」


ミアはその発言を聞いてハッと声を上げた。


「なにを破廉恥な!!」


 ヤバイ。このあ~ん劇場で俺の息子はヒートアップしていたのだけど、まさか……俺は思わずズボンを見てしまう。もっこりはしていないので問題ない。だとすると妄想がダダ洩れだった……?


 冷や汗が流れてくる。どうしよう。おっさんだとバレる。なんとか持ち直せないだろうか。


「えっ? はい? いえ……そんな意味ではないですよ。骨折したときには炎症による腫れと固定して動かせないためにむくみが生じる。だから、患部を心臓よりも高くあげることが必要なので、準備しようかと……」


「そうですか……申し訳ございません」


ミアが珍しく俺に謝った。アーリエ姫がミアに優しく話しかける。


「ミア、そんなに心配しなくてもロイは信用に足る男よ。私が見染めた相手だもの。ロイ、お願いできるかしら?」


「あっ、はい。枕やクッションか何かありませんか? 心臓よりも高い位置にあげたいので」


ミアは素早くクッションを準備し、俺に渡す。


「ミア、俺を信用してくれとは言わない。けれど、患者に対しては偽りなく真剣に取り組んでいる。それだけは覚えておいてほしい」


「……わかりました」


俺は姫様の足を上げ、固定部分を確認した。ギブス的なものはないのだろうか。さっきあの女医さんに聞けばよかったな。再度きつく固定して、アーリエ姫の部屋を出たのだった。


 俺は変な汗とドッと疲れが出たのである。アーリエ姫の美貌と色気は無理だ。耐えられる自信がない。このままだと本気で犯罪者になってしまいそうだとこの生活に不安を覚えるようになってしまった。

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