第5話:食材への知識

 俺は腹を抑えながらもジョイと言う男に問いかける。


「あの……俺何をすればいいですか?」


「何もしなくていい。明日から来てくれ。今日は忙しい」


「あっ、はい」


俺は言われた通り、帰ることにした。さっきは拒絶したくせに明日には来いというあたり根は悪い奴ではないのだろう。1階に降り、先ほど気になったカフェでコーヒーを頼むことにした。メニューを見ると、確かに体によさそうな食材ばかり使われてたメニューだったが、これは医院のカフェとして意味があるのだろうか。


 患者一人一人に調合したモノを提供して初めて、治療と呼ばれるのではないだろうか。俺はこの杜撰な管理に、何とも言えない怒りが込み上げてきた。


隣に座っていたボーとしている40代の男性に声を掛けてみることにした。


「あの、何を頼むつもりですか」


「あー俺? コーヒーとチョコパフェだよ」


 その男性は覇気なく答えると、見るからに寝不足が原因のような雰囲気だった。

目が真っ赤で、目の下にはクマができているし、顔色も悪く、くすんで見える。そして、肌がボロボロだった。それなのに、またこんなカフェインの多いものばかり頼んでどうするんだよ。まぁ、寝不足で頭がスッキリしないからこそ、カフェインに頼りたくなるのはわからないでもないが……俺はその男性に違うものを進めてみることにした。


「もう食事ってしました?」


「いや……なぜかいつもここに来るとチョコパフェとコーヒーを気づけば頼んでいるから最近まともな食事はしていない」


「やっぱり……なら今日はこのチキンとベークドポテトプレート、あと食後にカモミールティーを頼みましょう。そして、食べたら家に帰って寝てください」


「いや……実は俺は眠ることができないんだ」


「今日は大丈夫ですよ。安心してください。もし、眠れなかった俺に怒りに来てください。いいですね?」


「あぁ、なら今日はこれにしてみるよ」


「ぜひお願いします」


 俺はその男性がちゃんと頼み、少しずつではあるが食事をしているのを見て安心した。チキンにはアミノ酸トリプトファンが含まれているのだ。このトリプトファンには、体内時計を調整するホルモンを分泌する働きがある。そして炭水化物と一緒に摂取することで、夜眠る頃には、体を快適な睡眠に導くはずである。


カモミールは本当なら就寝前に飲んでほしいが致し方ない。これは緊張をほぐし眠る準備をしてくれるのに役立つのだ。


せっかく、ちゃんとしたハーブティーもあるんだから、もったいない。って俺なんでこんなにも知識があるんだよ。怖い。いきなりべらべらオタクのように話していた。


誰だ。今のは……って俺だよな。何をバカなことを思ったんだろう。俺は調理士とか栄養士とかだったのかもしれない。うん。きっとそうだ。俺はそう一人納得してコーヒーを飲んだ。


「なんだ!! この苦みしかないコーヒー……」


若い女性店員が慌ててやって来る。


「申し訳ございません。当店のコーヒーは煎り時間が長くカフェインをより多く抽出しておりまして……」


「いや、カフェインも多く取り過ぎると体に毒だからね……」


「えぇ、ですがジョイ様のご指示ですので……」


この女性に言っても仕方がない。


「いや、びっくりしただけだから。ごめんね。大きな声出して……」


「いえ……」


 俺は周囲に頭を下げたのだった。このカフェやっぱりやばいよ。あのボンきゅぼんの姫様管理できていないんじゃないか? いや、薬草を取りに来るのを姫様自身って言うのも今考えればおかしい。この薬草医院はもしかしたらなにかあるのかもしれない。


 俺はこの不可思議な薬草医院カフェに興味を抱いた。 俺はアーリエ姫に呼ばれた理由がわかった気がしたので、再びその女性店員に話しかけた。


「君、ここの店員さんだよね?」


「え……はい。すみませんがそう言ったナンパはご遠慮いただいているのですけど……」


恥じらいながらも困った素振りを見せる女性店員。うん。この子はリアルJKみたいでかわいいけど、今はそういう問題ではない。


「いや、違う。俺明日からここの薬草管理士として働くロイって言うんだけど調理場見せてくれないか」


「それは失礼しました。私の早とちりでしたね」


テヘっと可愛く笑っているのだが、俺はナンパだと間違われたことに嬉しさを覚える。さすがは、若いだけあってこんな若い子にナンパだと思われるのか。これは幸先よさそうである。


「そんな笑顔とか見せてもらっても、期待しちゃうよ?」


「え……と、すみません。その調理場はジョイ様の許可がなければ無理なんです……」


「アーリエ姫への食事を作りたい。足を痛めているので至急を要するのだが姫様より君はジョイを選ぶんだね」


どうも患者のこととなると必死になり、怒りっぽくなってしまうのが俺の中にいるようだ。


「いや……すまない。無理を言った」


俺は自分勝手な言い分だったと反省し、そのままカフェを出ようと席を立ったら、白髭が印象的なチキンのおじさんのような佇まいの大柄な親父さんがエプロン姿で出てきて、呼び止められた。


「調理場を使え。俺たちは姫様のために働いているからな」


「ありがとうございます」


「おう、俺はエリックだ。ここの料理長をしている」


「初めまして、俺はラパス・ロイと言います。では調理場お借りします」


俺は調理場に向かった。骨の回復を助けるためにはカルシウム、たんぱく質、そしてコラーゲンを作るのに必要なビタミンC、さらにビタミンD、ビタミンKなどをたくさん摂るのがおすすめである。


ビタミンDを含んでいる食材は鮭、さんまなどの魚、そしてシイタケやマイタケなどのキノコ類に多く含まれる。ビタミンKは小松菜や春菊である。カルシウムは牛乳やヨーグルトである。


 俺は早速冷蔵庫を開けて、先程メニューを見ていたおかげで必要な材料をすぐに出すことができた。


玉ねぎ、人参、ジャガイモ、マイタケ、鮭を切り、フライパンで炒め、洋風粉末をまぶした。一度火を止め、牛乳と大さじ1杯の小麦粉をコップでよく混ぜ、フライパンに投入し温め、とろみがつけば鮭とマイタケのクリーム煮の出来上がりである。


春菊は食べやすいように切りそのまま生サラダで、ドレッシングはエリックが作ってくれていた。さすがは、料理長である、仕事が早い。


あとはパン、ヨーグルトを器に盛れば完成である。いい匂いが調理場に広がる。


「あの……これってもしかしてカルシウムたっぷりだから、骨を強くする料理なのですか」


女性店員は目をキラキラさせて、俺に問いかけた。


「そうだよ。温かいからすぐに持って行きたいんだけど、俺城への行き方わからないんだよね」


「そうなんですね……なら私今日はもうバイト終了なんで付き添いますよ。いいですよね。エリック料理長」


「あぁ、頼んだ。念のため俺が城への許可証を書いておこう」


トントン拍子に進む会話に嬉しさを覚える。調子に乗った俺は欲しいハーブについても尋ねることにした。


「ありがとうございます。あと、ホワイトウィロウってハーブありますか?」


「なんだ、それ? 聞いたことないぞ。メニューにそんな名前のものはない」


「それって『天然のアスピリン』って有名なものですよね」


女性店員はあまり知られていない別名を挙げていた。


「君よく知っているね。アーリエ姫は高確率で熱も出ると思うし、痛みも緩和してあげたいんだよね。だからあれがあればいいと思ったんだけど……」


「ちょっと待ってください」


女性店員は裏庭に出ていき、なにやらゴミ箱をあさり始めた。


「ちょっと、君何しているの?」


「いえ……たしか昨日ジョイ様が何かそれっぽいものを捨てていた記憶があったので」


「女の子がそんなこと……」


腐敗臭も気にせずに必死で探している様子に俺は好感を抱いた。


「あった!!」


怪しげなチャック付きの袋に入れて捨てられていた。

俺はそれを開けて匂いを嗅いだ。


「ホワイトウィロウだ。ありがとう。ところで君は薬草に詳しいみたいだけど……」


「あぁ、名乗るのが遅くなりました。オリビアと言います。薬草に詳しいのは薬草学を専攻しているからだと思います」


「えっ、君学生だったの。だから、バイトね」


「はい。ここの薬草管理士に来年になれたらいいんですけどね」


「オリビアなら大丈夫だよ。頑張ってね」


「はい」


オリビアは嬉しそうに頬をピンク色に染めたのだった。うん、JK最高!!


 調理場に戻ると、エリックはすらすらと手紙を書いてくれていた。俺たちは料理を届けるためにお城へと向かうことにしたのだった。


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