第4話:薬草医院カフェ

 俺は、ふとアーリエ姫の顔を見てみると汗が噴き出ていた。アーリエ姫も堪えているような気がする。やはり、一国の王女たるもの家臣の前では無様な姿は見せられないのだろう。もしかしたら、足が痛みだしたのかもしれない。痛み止めに効く薬草があればいいが……


 顔を一瞬歪めたアーリエ姫だったが、すぐに表情を元に戻して俺に告げた。


「……たぶん薬草医院カフェは見てもらった方が早いわね。一緒に行きたいところだけど私は自分の部屋に戻るわ。この私が集めた薬草を届けがてら見てきたらいいわ」


「あっ、はい。わかりました。ちょっと待ってください。集めた薬草見せてもらっていいですか」


「悪いけど、もう出て行ってくれない。ミアお願い」


 アーリエ姫がそう言うと、いきなり髪の毛を1つに束ねた黒縁眼鏡が良く似合う30代くらいの女性がいきなり目の前に現れた。


「アーリエ姫お呼びでしょうか」


「お呼びってずっとそばに控えていたくせによく言うわよ。頼むわね」


「はい」


 俺は、今度は面食らってポカンとしてしまう。どこに控えていたというのだろうか。それにしても、痛みを少しでも緩和させようとしたが、アーリエ姫はそれを拒絶した。心配だが、王女としての振る舞う姿を邪魔するわけにはいかない。


「案内を……頼みます」


「ロイ様、そんな情けないようなアホ面をさらさないでいただけますか? アーリエ姫の目の毒です」


「……すみません」


 この女性ミアと言ったか。性格がどうもキツそうである。俺はおとなしくついていくことにした。城の中は普通に歩いて行くようだった。長い通路を何度行ったり来たりしているのだろうか。同じような絵画や彫刻物があるので俺には全くわからない。


「もうすぐですが、私から一つだけ忠告を。アーリエ姫にどのように取り入ったのかはわかりませんが、調子に乗らないでいただきたい。姫様のお気持ちが落ち着き次第すぐに強制送還させますので」


「あ……はい。精進します」


「はぁ」


ミアはなぜかため息をつき、そのまま早足で進むといつの間にか外に出ていた。


「えっ、どうやって出てんだろう」


「あなたに教えることはできません。本来なら3分かからず出られるのですが、覚えられては困るので遠回りしましたゆえ」


「もしかして、同じ通路何度も往復してたような気がしたのは気のせいではなかったってこと?」


もちろん答えは返ってこなかった。今度は俺がため息をつく番だった。



※※※


 薬草医院カフェは、さっきのお城のような近代的景色とは対照的で情緒ある趣のある古き良きを大事にするような落ちた雰囲気のある茶色の大きな建物だった。ゆっくりと見上げていると、ミアは何も言わずに何か俺の腕に嵌めた。


「おいっ、これなんだ」


「こちらは管理者登録の腕輪です。これであなたがいつ、どこで、誰と会っていたか全て記録されます」


「マジで。すげぇな。ならここに来る人はみんなつけているってこと?」


「フッ。ロイ様のような魔力が微弱な人どこを探してもおりませんよ。他の者は生まれたときには魔力ICチップが埋め込められているのでそれで管理できます」


「あ、そう」


なんか鼻で笑われた気がするのは気のせいだろうか。それにしても生まれてICチップが埋め込められているとかなんか恐ろしいな。もし万が一、魔力が暴走したり、制御されたら何もできなくなりそうだ。やっぱり、凡人が一番だな。


 1階の玄関を入ると、ピッという音がした。きっと、この腕輪に記録されたのだろう。室内に入ると、食堂のようにテーブルと椅子が並べられていた。食事をしている人はなぜか元気がないようだ。どうしてなのだろうか。俺はミアに質問した。


「ミアさん、1階って食堂みたいな場所なんだよね? なのになんであんなにみんな元気がなく今にも死にそうなの」


「……ミアで結構です。ロイ様ここはどこなのかご理解していますか?」


呆れ口調の上に苛立っているのか声が上ずっている。俺はまたおかしな質問をしてしまったのだろうか。この国の地雷が全くわからない。


「ここって、薬草医院カフェ……でしたよね?」


「はい。医院の意味もわからないのですか?」


「えっ……ここで食事する人も病人ってことか」


「さようでございます。肉、魚、野菜と栄養のあるものを与えているにもかかわらず一向に治らないのです」


「あとで様子見に来てもいいですか?」


「はい。でも、ジョイ様でも無理だったので、ロイ様には不可能かと思いますよ」


「そのさっきから出てくるジョイって医師ですか?」


 見下されているのはもう仕方がないというか、昔から言われ慣れているので別段気にもならない。慣れとは恐ろしいものだ。


「ジョイ様は、薬草管理の局長を務めていらっしゃいます。若くてできるお人です」


「ふ~ん。そうなんだ。他には何人くらいいるんですか」


「あとは、管理士が3人で、看護士が5人、雑用が3人です」


「ってことは病室の規模は大きくないんだね」


「はぁ。これだから何も知らない人は……ここは100名は収容できます。この国は1000人規模の国ですので、10分の1と言ったところでしょうか」


「すごいね。それならみんな安心してここに来られるね」


「安心してきてもらっても、誰も出ていかないのですから意味がありません。現在重傷者3名、軽症者10名、カフェにて通院治療30名もいるのですから……」


「それは、薬が効いていないってことじゃ……?」


俺がそう言うとミアは俺を睨みつける。


「わかったような口ぶりはやめてください。ジョイ様は一生懸命に患者様と向き合っています」


 顔を真っ赤にしてまで怒るところをみると、ミアはジョイを好きなのだろう。まぁいい。もし、薬が効いていないなら変更すればいいだけだ。しかし、薬の利きが悪すぎるということが引っ掛かったのだった。


 2階へ行くと簡易な診察室があった。一応一通りの器具は揃っているようだ。誰が診察しているのかと覗いてみると、青色の長い髪が美しく光る女性が座っていた。まるで人魚姫のようだ。その女性はこちらに気づいたのか俺の方へとやってきた。


「おかしな気配があると思ったら、あなたね。何? どこ怪我したの? 見せてぇ」

「髪の毛……縛れよっ!!」


 無駄に色気を醸し出しているのはどうしてだろうか。イメージとは違う。人魚姫は一途なはずでこんな無駄にセクシーじゃない。これはこれでたまらんけど……


そんな俺の好みはどうでもいいが、ここは仮にも診察室なんだろう。髪の毛をちゃんと縛れよ。俺はそっちの方が許せなかった。


「あら、何この子。私のお色気作戦に引っ掛からないなんて、もしかしてあなた男好きなの?」


「ちげぇわ。あんたこそ、仮にも医者ならその髪どうにかしろよ。不衛生だろう」


「あら、真面目ちゃんなのね。私は自由が許されているのよ。だって、私医師じゃないもの」


「はぁ? ならお前誰だよ」


「私はね、エリス。魔法士ね。体内にある悪いところを探知魔法で探すのが役目。これは女性の私しかできない特別なスキルなの」


「そうだな。普通の探知魔法と違って体内を通すには、魔法量の加減が難しいと聞く。間違えると患者は死に至るし、少ないと誤診につながる」


「あら、あなた詳しいじゃない。あなたこそ何者よ?」


「俺はロイだ。ラパス治癒院で働いていた」


「あーあのぼったくり治癒院ね。あー思い出した。あの時の……長男の治癒魔法ができない無能って呼ばれていた子ね」


「……そうだな」


 俺はもう言われても拒否をしないことにした。ぼったくりも無能もよく言われていることだ。金の管理は全く知らないが、ずる賢い父のことだ。あり得る話だろう。


「そう。なら来たのがあなたでよかったわ。一番まともそうだったものね」


「マイク……弟は治癒魔法士としては腕は一級品だよ。なぜ、それが俺をまともだと思ったんだよ」


 褒められているのに、むずがゆい感じがして思わず聞き返してしまう。長年の自分が無能だという感覚が恐ろしい。


「普通に偵察に行こうと思ったら、転んでしまってね。日頃空を飛ぶことの方が多いから歩き慣れてなくて……でも、あなたが止血して、切り傷に効く薬草をくれたからお代を支払おうとしたらいらないと断られた。でも、私の気が済まなくて支払いに治癒院に入ったら、あなたが『能力もないのに金もとらずに薬草を渡してどうする』って怒られていたから、そのまま帰宅したわ。こんな治癒院偵察するほどでもないと分かったしね」


「あーあの時の人? でも眼鏡は?」


「一応変身をしてたのよ」


片目でウィンクしていた。うん。清純派なのにセクシー最高。それにしてもここは胸が大きい女性が多いなと思っていると、ミアが俺の肩を叩いた。


「ロイ様、早くジョイ様に薬草を届けますよ」


「あぁ、そうだね。君は……例外のようだね」


「はい? 何の話ですか?」


「いや、こっちの話だ」


 俺は手を振るエリスを手を振り返す。なんかキャバクラ帰りのお見送りみたいだなと感じる。俺は……またこんなどうでもいいことばかり思い出してどうするんだよ。


 そのまま2階を後にし、3階へと上ると病室があった。苦しそうな声が聞こえてくるので俺は見に行こうとしたら、ミアに止められてしまう。


「ここはダメです。鍵を閉めているので、入室不可です」


と目の前を通り案内だけしてもらった。


 次に、4階へ行くと薬草管理室でここも鍵が閉められているらしい。5階へ行くと一気に部屋全体に薬草の匂いが充満しており、モクモクと煙が出ていた。これは楽しそうだ。それにしても、何を作っているのだろうか。


部屋の中に入り、目の前にあった薬草入りのフラスコを持とうとしたそのとき、


「おい、やめろ。それはっ」


ドカーン


 俺が触った瞬間そのフラスコは爆発したのだった。俺は全身黒いすすだらけになっていた。


「おい、貴様何をするんだ。せっかくあと少しだったのに……」


「……ゴホンゴホン、何を作っていたんですか?」


「不老不死の薬だ」


「ゲホッ、あんなの無理に決まっているじゃないか。夢見すぎだよ」


「ロイ様!! ジョイ様に失礼です」


「おい、ミアこいつはだれだ!」


ミアは顔とお腹がつきそうなくらい頭を下げていた。


「申し訳ございません。こちらは本日から配属することになりましたラパス・ロイ様です」


「あぁ? 全然使えそうにないが……」


 ジョイがそう言うと、一斉に俺を疑わしそうな目で見てきた。とりあえず、自己紹介すべきだと判断する。今後の職場仲間だから、初めが肝心である。


「あー、ラパス・ロイです。よろしくお願いします」


「それでは、私はこれで失礼します」


ミアは急いで帰っていった。アーリエ姫は大丈夫だろうか。薬草をもらってまた戻ることにしようとミアの後ろを眺めていた。お尻はプリケツしていていいお尻だな。胸はちょっと物足りないけど、お尻が最高だ。


 「あの……俺自己紹介したんですけど……そちらは名前を教えてくれないんですか?」


「お前に名乗る名前などない」


「どこの時代劇だよ。プハハ」


 俺はその古臭い話し方がツボにはまってしまったのだった。

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