断章 戯言1 哲学史から気候変動まで

A「俺は哲学史を信じない。あんなのはヘーゲルが作った物語だ」

B「そうかい」

A「だいたい思想が未来に向かって一直線に進歩するはずがないだろう。そこには一本道ではとうてい語り尽くせない単純ではない道程、脇道、獣道がある」

B「確かに」

A「ああ、そうだ。ヘーゲルと言えばカントを不自然に持ち上げて自分はそれを引き継いだ人間でございますといった風の物言いも気にくわない」

B「たとえば?」

A「ヘーゲルの哲学史の中でカントは分かたれた大陸合理論とイギリス経験論をつなぎ合わせた偉人としてまるで王のように登場する。そしてカント亡き後哲学の流れはいまや自分の手の中にある。私から哲学を学べというわけだ。そして学んだ物は自分の弟子として哲学史を引き継ぐ役目を手に入れるというわけだ」

B「じゃあ君は進歩史観に反対すると言うことかい。これもヘーゲルの発明だが」

A「そうだな……。確かに科学は進歩したと感じる。医学も。けれど人が進歩したかと言われると問題があるだ。むしろ進歩などしていない。否と答えるしかない」

B「つまり人が進化や進歩したのではなく。紙が進歩したというわけだ。この紙というのは外部の記憶または記録を意味する。つまり人の外部記憶装置だな。いまだとフロッピー……じゃ通じないか。HDDやUSBメモリか。たとえるなら」

A「まあ、そんな感じだな。人は進化していない。外部が進化しただけだ」

B「なるほど。だが昨今の科学技術は内部の進化を促すようなものもある。サイバネティクスとか」

A「それは認める。科学は本当に高い次元まで行ってしまった。先進を走る科学者にとっては哲学の言葉などおもちゃみたいな戯言にしか聞こえないだろう。元になった学問は哲学の一部門である自然哲学なのに」

B「出藍の誉れだな。子供は親に感謝などしないもんだ」

A「ふん……。帰納と演繹を組み合わせた証明なんでどこまで信用できるのかね。三千世紀を過ぎて神は再び饒舌になるかも知れない。物理法則が覆されるかも知れない。この先、物理法則を覆す何かが起こるかは誰にもわからない」

B「そうかもな。でも神が饒舌だった時代はなかったと思うけどね」

A「そうかい」

B「俺の意見としては進歩を止めるな! とは言っておきたい。神が死んだ、いや殺された後、人が信じているのは進歩だ。未来だ。明るい未来を信じているからこそ人はつらい生を今、生きていられるのだ。いまや進歩は人類が見つけた新たな神、もしくはアヘンだよ」

A「だが気候変動はそれをこなごなに打ち砕いた。科学技術が進歩し人類が地に満ちれば地球からしっぺ返しを食らう、とな」

B「それをさらなる科学技術で何とかしようとしているのが今の現状な訳だが……なにか哲学で出来ることはあるだろうか」

A「科学技術の発展がもたらした物を科学技術の発展で何とかしようというのは科学の傲慢さが出ていてまったくもって素晴らしいと言いたいところだが。哲学に出来るのは人の内面を変えることだ。しかし今でも哲学は人の考えを変えることはできるのだろうか。ちょうど三十年前、政治に対する哲学で東と西に争っていた時代のように」

B「できると思うがね。そもそも気候変動に対する振る舞いの違いもそれぞれの哲学な訳だしね」

A「安い哲学だ」

B「哲学なんてそんな高尚なものでもないだろ!」

A「そうだな。それは認める」

B「で、君はどうこの気候変動に対処する?」

A「それは、さ。……。」

B「なんか言い淀んでいるようだが?」

A「そりゃね。だって口減らししかないんだもん。口減らししか」

B「ほう。口減らし」

A「今生きている人類に最低限の暮らしを与えるだけで地球はパンクする。我々は増えすぎたんだよ。減らすしかない。それはまるでお乳の数以上に子供を産んだ母豚と子豚の関係に似ている。結局乳を吸える物はより強くなり、乳房があてがわれなかった子豚はますます弱くなる。そうして弱い者が消えるしかない」

B「つまり先進国のために発展途上国には消えて貰うと?」

A「最終的にはそう動くだろうね。カーボンニュートラルなんて嘘っぱちだ。火山が噴火しただけで人類が一年間に出す二酸化炭素の量を凌駕するのに、二酸化炭素だけが理由のわけないじゃないか」

B「ほう地球温暖化の原因が二酸化炭素じゃないというのは初耳だ。よかったら教えてくれないか?」

A「牛とか動物が出すメタンと人類がその活動で排出してる熱だよ」

B「根拠は?」

A「特にない。どっかで聞いた」

B「おいおい。引用なしで意見を言うことの危険性はわかっているんだろうなぁ?」

A「よたばなしだよ。そう聞いてくれ」

B「与太話とはいえ仮説で滅ぼされる側の人間はたまった物では無いだろう」

A「まあ、でも、与太話でも人は死ぬさ。あっけなく。それを多くの人間が信じれば」

B「それもそうか」

A「で、これを読んでいる君はこの話、信じる? それとも信じない?」

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