君の行動は二つに一つ

 唯一と言って良い友人、流星に連絡をし、落ち合う場所にしていしたのは、文学部のチームが主催している出し物、喫茶店だった。


 場所はどこでも良かったのかと言えば、そういう訳でもない。

 事の発端は古部結望なのだから、文学部にやって来るのは当然だ。

 それに、結望がこの模擬店の店員をやるということは、以前の会話の中でそれとなく聞いた記憶があった。


「で、なんだよ、急に呼び出して」

「特に理由があるって訳じゃないけどさ、暇だろ?」

「ま、否定は出来んわな」


 さすが俺と同類、そう言ってみれば、流星は少し不機嫌そうにしながら、笑った。


「しかし良い雰囲気の喫茶店だな。図書館と喫茶店の融合って感じで、さすが文学部ってところか」

「俺もそう思ってさ、せっかくだから流星と楽しもうと思ったってスンポーよ」

「そうは見えないけどな」


 鋭い男だ。いつもはアホ面をひっさげてリフレに通っているような、裏口入学を疑ってかかりたくもなるような男のくせに。


 と、まぁ、一通り小競り合いを済ませはしたが、まだ足りない。

 俺が求めているのは、この光景を結望に目撃させることに他ならないのだ。

 だからこそ、俺は流星と生産性のある話、なんてのをする必要はない。結望が持ち場に戻るまで、コイツを引き留めておけばいいのだ。


 安易だが、それが一番効果的、結望が未だ得ていない、俺の情報。その情報一つで、現状は簡単にひっくり返せるのだ。


 さて、そんな俺の考えが確信に変わったのは、流星と合流してからそれなりの時間が経った頃。

 仕切りの中から喫茶店の制服を着て出てきた結望が俺と、対面に座る男を見て、顔色を一変させた瞬間だった。


 目が合った結望に、ニヤリと笑いを飛ばす。

 彼女は彼女なりに、賢い頭をフル回転させて状況理解に勤しんでいるようだった。


 その時の表情は、まるで「そんなことが起こるはずがない」とでも言いたげで。いつもいつも俺の一歩先を行っていた結望に一矢報いることが出来たような気がして、ほのかな喜びを感じた。


 俺が今結望に抱いている感情が、少なくとも愛情ではないと、流石の俺にでも理解は出来た。

 けれど、愛情からナニかに変わってしまった感情が果たして不可逆性のものか、それを断言することは出来ない。少し時間が経って、全てが元鞘に収まってしまえば、いつもと変わらない愛の確認にも似た情動のぶつけ合いに勤しんでいるかもしれない。


 が、そうでないかも、しれない。


 少しばかり惜しいと感じた辺り、先ほどの怒りはどこかへ行ってしまっているようだった。


「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」

「コーヒーの飲み過ぎじゃねーの、もう四杯だろ?」


 そりゃ、長居するのにコーヒー一杯というわけにもいかないだろう。


「案外美味いもんだな、インスタントも」


 コーヒーの善し悪しなんて分からないけれど。


 席を立った俺は、フロアとキッチンを仕切るためにこさえられたパーテーションの陰からこちらを観察している結望に、分かりやすく「ちょっと来なよ」みたいなジェスチャー。苦い顔をして着いてきた結望と共に、俺は人気のない階段の踊り場へ。


「よう、さっきぶりだね」

「……どういうつもり?」

「……さぁ? 何のことを指しているのやら。文学部なのに主語の使い方忘れたか?」


 嫌味のような言葉を吐いてしまうのは、いざ目の前にすると、先ほどの怒りがこみ上げてしまうからだろうか。


「なんで……リュウがいるの?」

「リュウ? 誰のことだ。俺が一緒にいたのは、光宗流星、だよ」

「分かりきったこと言うね。そんなに頭悪かったっけ?」


 怒り、不安、驚き、いろんな感情が入り交じった表情を浮かべていて、明確に抱いている感情を読み取れない。


「まぁまぁ、俺は何も口論をしに来たわけじゃないんだよ。少しばかり取引がしたくてさ」

「あーあ。何、私の負けが決まってる取引? 性格悪いね~」

「お互い様だろ。俺だってまぁまぁなダメージ負ってるんだ。つまり、結望。君の選べる選択は二つに一つ、だよ」

「回りくどいなぁ、言いなよ」


 よし、こぎ着けた。ここまで到達した。ごく僅かな可能性だったことは否めないけれど、どうにかその細い糸をたぐり寄せることには成功した。

 もう一押しで、現状は変わる。変えられるんだ。


「簡単な話さ。さっき結望が話した内容をそっくりそのまま流星に伝えるか、さっきのは中学時代の友人をからかう為の冗談だったと、千尋に弁解すること。その二つだよ」

「……はぁ」


 浮かべた表情、その瞳には、俺の望む答えが映されていた。

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