誰にも追われないのに、逃げた

 気付けば、俺は一人、学園祭の喧騒から隔絶されたような場所、ゴミ捨て場まで駆けていた。というより、逃げ出していた。

 誰に追われるでもないっていうのに、逃げた。


 千尋の表情で、悲しみを覚えた。

 結望の表情で、恐怖を覚えた。


 二人に渦巻く両極端な負の感情があまりにも大きすぎて、俺は耐えられなかった。


 千尋との関係は、結望との関係は、これからどうなる?


 今まで通りなんてのは夢のまた夢だろう。

 俺が先延ばしにしてきたひとときの人間関係に終わりが来たのだ。


 結望が浮かべたあの不可解な笑みはなんだ?

 嬉々とした笑顔ではない、ドス黒い何かを感じたあの笑顔は。


「あーあ、あっけないもんだな。で、俺はこれからどうしろってんだよ」


 思わず、愚痴がこぼれた。


 道行く百人にアンケートをとれば、限りなく百パーセントに近い回答が「自業自得」だろう。


 楽しみにしてたんだけどな、千尋とのデート。


 高校時代の俺だったら、空を飛ぶ勢いで喜んでいただろうに。まさか開始一時間とそこらで解散したなんて聞けば、イカロスの如く墜落死したに違いない。


 現に、今の俺でさえこのザマだ。鏡だけは見たくない。相当に酷い顔をしているだろう。


 とはいえ、やっぱりアフターケアは大事だろうと、俺は千尋にメッセージを送る。


 そもそも、俺達はまだ付き合っていないわけだし、俺が誰となにをしようが勝手だと思う。

 そもそも、千尋だって同じようなことをしている訳だし。


 ――あーあ、最低だな、俺。


 良くもまぁそんなことを平気で宣えるものだと、自分に呆れた。


 そりゃ、孤立して当然だろ。


 まぁでも、俺は全員を平等に愛していたし、そこに偽りはない。

 俺にはまだ残されているんだ、舞と和の二人が。


 ひとまず、今の結望は何をしでかすか分からない爆弾、不確定要素だから、俺の楽園から排除してもいいだろう。

 千尋を引き戻す方法は追々考えていけば良い。


 自分の思考回路がみるみる堕落していくことに、俺はうすらぼんやりながら気付いていた。


 で、俺は最後に誰を選ぼうとしていたんだろうか。

 初めから誰かを選ぶつもりなんて、なかったのかもしれない。


 千尋も結望も舞も和も、俺にとっては、俺のエゴを満たす為だけの存在なのかも知れない。


 人生の中で欠落していった自己肯定感を埋める為のピースか何かとしか、思っていなかったのかも知れない。


 で、結果的にどうだ。


 俺の自己肯定感は満たされたのか? 満足したのか?


 うっせー、知るか、そんなこと。


 俺は、俺が楽しいと思うことだけをする。

 俺がやりたいことだけをする。


 俺が一番大切なのは、俺自身だ。


 だったら、やらなきゃなんねーこと、あんだろ。


 許せないよな、俺の楽園をぶち壊してくれたヤツだけは。


 結望だけは、絶対に許せない。

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