会いたい日も、会いたくない日も
射的では何一つとして成果をあげることの出来なかった千尋を見かねた俺が射的に挑戦したものの、同じく無様な様を晒した。
それを更に見かねた店番学生が、そこら辺で拾ってきたであろうソフビ人形をくれたのには深い意味があるのだろうか。
満足そうに人形を撫でている千尋を見る。
そんなに嬉しいかよ、それ。
「いやー、やっぱり難しいね」
「どう考えてもぼったくりだっただろ。下にちょっと両面テープ見えてたぞ」
空気を壊すのもどうかと思ってその場では黙っていたが、些かお粗末過ぎる細工だった。
まぁ、学園祭なんてそんなもんだろうけどさ。少しくらいは楽しませようって気概があっても良いんじゃないかね。
いや、それ以前に参加すらしていない俺が言うもんじゃないか。
にしても、なんつーか広い大学だよな、ここ。入学してから踏み入れたことがない場所が盛りだくさんだ。
大体からして、ここは何学部なんだっていう話で。
「お、幽人~。来てたのか」
どうやら、文学部だったみたいだ。
知り方は、最悪のそれだった。
まさか会う訳ないだろうと思い込んでいた俺は、それはそれは大馬鹿者だろうと思う。
結望に、俺と千尋が一緒に来ていることがバレたのだ。それが、どういう結果を招くか、なんてのは――。
「え、なんで千尋も一緒なんだ?」
これから、知ることになる。
「え、二人は知り合いなの?」
不思議そうにそう訪ねる千尋だが、それでも俺は口を開くことが出来ない。
俺程度の知能では、この状況を上手く打破する方法が見つけられない。
どうあがいても不幸へと突き進むような気がしてならない。
「中学の同級生なんだよね。ていうか、千尋の方こそなんで?」
「えーっと、これはお店には秘密にして欲しいんだけど、お客さんなの。それで、、志望校が赤学だから案内してもらってるの」
「客……? 幽人、どういうことだよ」
「いや、なんていうか……」
しどろもどろになる俺。どうにも、居心地が悪い。
「ていうか、名前、ユージンじゃないの?」
「ユージン? あぁ、そういう名前で通ってんのか」
やめろ。
「なるほど、本名の瀬井幽人の幽人をもじってユージン、か」
「やめろよ!」
感情の高ぶりを、抑えることが出来なかった。
俺が、ユージンである俺が、千尋が求める瀬井幽人その人であると、今この場をもってバレたのだ。
それに、結望が勘付いていた俺の思い人が千尋であることも、同時に判明した。
「ユージンが、瀬井君なの……? じゃあ、私が好きだった相手も、好きになった相手も、君、ってことなの……?」
「…………」
「ねぇ、何か言ってよ」
「………………ごめん……」
なぜか、謝ることしか出来なかった。
「あ。えーっと、結構余計なこと、言っちゃった?」
申し訳なさそうな結望。驚きやショックを混ぜ合わせたような表情を浮かべる千尋。
楽しかったはずのこの時間が、瞬く間に、地獄になった。
なのに、だ。
――まだ、セーフなんじゃないか?
そんな囁き。俺の中の悪魔が、そう繰り返した。
俺が身分を偽っていたことはバレた。けれど、複数の女の子と関係を持っていることはまだバレていない。
なら、店に行く気恥ずかしさから偽ったことにすればいいし、なにより言い出すきっかけがなかったことにしてやれば、万事解決だろう。
だってのに、だよ。
「幽人、千尋のことが好きなのにあたしとお泊まりとかすんのか」
「……お、おい!」
どうしてこう、上手くいかないんだ。
言う必要がないことを言う理由はなんだ? どういう理屈なんだ、それは。
「どういう、こと?」
「いや、別にそういう変な意味じゃ――」
「一緒に風呂にも入ったし、裸で寝たよな」
悪意の塊のようにも見える結望の表情は、笑ってるのに、目に光は宿っていなかった。
「ごめん、今日はもう帰るね」
そう言い残して、俺達の元を去って行く千尋を、俺は呼び止めることが出来なかった。
頬を伝う涙が、どういう意味なのか、俺には分からなかった。
周りの喧騒だけが、俺達を包む。
振り返って結望を見れば、なぜだろう。
死んだような目のままに、微笑んでいた。
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