その弾、貧弱につき
文化祭、当日。
天気、晴れ。
自分が雨男ではなかったことに少しの安心感を覚えながら、千尋との待ち合わせ場所へと辿り着いた。
俺は今日、佐藤千尋と、外で会う。
高校生時代には叶うことのなかった、夢にも似た何か。
金銭のやりとりをすることで、擬似的に行われるデートまがいの接客とは異なる、純真なるデート。
心が躍らないかと問われれば、無論答えはノーでしかない。
だけれど、俺はやはり、一抹の不安を拭えずにいた。
昔から、悪い予感は当たる方だったから、殊更。
「お待たせぇ。待った?」
そんな声に振り向けば、そこには、制服のコスプレではない、私服の千尋がいた。
綺麗に髪を整え、店で会うよりもナチュラルなメイクを施している彼女は、駅構内の誰よりも美しく思えた。
「全然。俺も少し前に来たところだよ」
真実五割、嘘五割。
本当は、二十分前くらいにはいた。電車の兼ね合いだから、予定時刻に到着出来る一番近い電車に乗った結果だ。
だから、それ以上待ち時間を縮めることが出来ないから、本当。
けれど、二十分の待ち時間が長いかどうかといえば、そりゃ長いだろう。
「そっか。それじゃあさっそく案内してもらおうかな!」
満面の笑みを浮かべた千尋を見て、俺も思わず頬が緩んだ。
それから俺達は、取り立てて意味のないような話を続け、キャンパスへと歩を進めた。
それなりに人気のある学園祭だということは分かっていたが、それにしても大層な人の群れであると、キャンパスの正門を見てまじまじと感じる。
見たところ高校生であろう男女や、大人まで、年齢層はまさに多種多様だった。
「凄い人だね」
「あぁ、酔いそうだ」
自分が人混み嫌いであることを、今思い出した。
「まぁ、適当にぶらぶら回れば良いんじゃないかな。志望校なんだし、雰囲気とかを感じることでモチベーションが上がるかもしれないしさ」
「うん、そうだね!」
相変わらずの満面の笑みでそう言った千尋は、俺を置いていかんと、スタスタ歩き出してしまった。
この混み具合ではぐれたら、合流は大層難しそうだが、そこは文明の発達した現代。容易に連絡がとれるってのは、良い時代だ。
「ちょっとは落ち着きなよ。急がば回れだ」
「あ、そっか」
……なにも、その場で回れとは言っていない。と、目の前でベーゴマの如く回転運動を始めた彼女を見て思った。
「そういえば、みゆちゃんはいるのかなぁ」
「みゆちゃん?」
初めて聞く名前だったから、オウム返し。
「そう、みゆちゃん。お店の仲間、っていうか、友達? なんだけどさ」
「……あっ」
前言撤回。初めて聞く名前ではなかった。
千尋のお店にいるみゆちゃん。
他でもなく、流星が入れ込んでいる女の子の名前であった。
「知ってるの?」
「あ、あぁ。そりゃ俺も行く店なんだから、名前くらいはさ」
必死に取り繕う。
というのも、恐らくここで千尋に流星を認識させる必要がない、というより、させない方が良いと思ったから。
何かの間違いで、ユージンこと俺が瀬井幽人であると知られては目も当てられない。
流星であればそこら辺を上手くやりそうだが、それでもリスクを排除しておくに越したことはないだろう。
「もしかしたら会えるかもな」
とりあえずの誤魔化しで、俺はその場で茶を濁した。
大名行列かの如く進む客たちに混じりながら、俺たちは模擬店を見て回る。
「にしても、色々あるんだな」
「ユージン、生徒なのに驚くのって変じゃない?」
そりゃまぁ、そこまで熱心に参加してないんだから、そりゃそうだろうよ。
俺は別段気になる場所はないし、行きたいところは全面的に千尋に任せるつもりでいた。
そんな折、千尋が興味を示したのは、射的やらなんやらが揃っている模擬店だった。
書いて字の如くのお祭りだから、こういうもんがあるのも不思議ではないし、なんなら俺も少し興味はある。
「私射的好きなんだよね~」
「へぇ、結構得意なの?」
「好きなんだよ」
「あぁ、そういう……」
好きこそものの上手なれとは言うけどな?
とはいえ好きだというのであれば存分に楽しんでもらおうじゃないか。
ひとまず、百円玉を三枚渡し、弾をを五発分受け取る。実に一発六十円。こんなコルクが随分と高価なものである。
「で、どれを狙うんだ?」
意気揚々と鉄砲を持ち上げた千尋に、問う。
ニヤリと笑って指さした先には、燦々と煌めく、見紛うことなくメイン賞品であろう最新型ゲーム機が鎮座していた。
「射的が好きな割にはああいうブツがどういうことかご存じではないので?」
どう考えても釣り賞品。接着剤で貼り付けられているかなんかの手は施されているだろう。
全国のお祭り会場で、どれだけの子供達が夢半ばに散っていったことだろう。
……が、目を光らせる千尋を見れば、そんな野暮なことは言えなかった。
それなら、存分に。
無論、十円玉を六枚束ねたに等しいコルク弾が無残にもゲーム機の箱に弾かれたことなんざ、別に言うまでもないだろう。
そんな目で俺を見るなよ、千尋。
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