そのアンサーに、少しの濁りもありはしない

 久々の、駅。


 久々の、交差点。


 そして、久々の、雑居ビル。


 会いたいと思っていたわけでもないし、俺から能動的に動いた訳でもない。それでも、来てしまったことには、いくつかの理由がある。


「お、今日は俺より先に入室かい」


 カーテンをくぐって、見えた光景に、俺はそんな言葉を漏らした。


「で、どういうことなんだ? お金を払わなくてもいいから会いたいってのは」


 目の前の、女の子。

 俺の好きだった、というか、現在進行形で好きな、女の子。


 佐藤千尋に、そう尋ねた。


「ちょーっとだけ、お願いがあるんだよね」


 照れくさそうに小さく笑いながら、言った。


「勉強で分からないところがあったら、DMで送ってくれればいいのに」

「や、そういう事じゃなくてさ」

「あぁ、勉強の事じゃないんだ」

「うん、そう。でさ、本題。明日、何があるか知ってる?」


 明日、といえば、無論答えは一つしかない。

 昨日も、今日も、あくせくと働いている連中を眺めていたから。

 そもそも、そんなもののせいで俺は、想定外の出費をするハメになってしまったから。


「赤学の文化祭か?」

「そう!」


 もはや、俺が分かっている事を分かった上で聞いているだろう。


「それなら話が早いよ。その学園祭に一緒に行きたいの」

「そういうこと。うん、別に大丈夫だよ」


 今宮と柊には、上手く説明すれば良い。とりわけ柊は、わざわざそんなことをせずとも、理解してくれるような気もするけれど。


「ほんと? ありがとう! 一人で行くの不安だったから嬉しい!」

「それはともかくだけどさ、大丈夫なの? 外で会って」

「んー、まぁ、バレなきゃ?」

「それはそれは大層不安だけどな」


 バレたらどうなるんですかい。怖い人に半殺しにでもされるんですかい。

 あぁいや、本当にありそうだな。考えただけで足が震えてきた。


「まぁまぁいいじゃない。じゃあ明日、最寄りの駅に集合でいい? 時間は十時くらい!」

「ん。大丈夫だよ」

「はい、それじゃあこの話はおしまい。60分で予約とってあるけど、どうする?」


 それまでの、純真無垢な微笑みとは大きくかけ離れた、小悪魔のような不敵な笑みを浮かべて、千尋はそう言った。

 言われなくても分かっている。この場で、何を語り、何をするべきか、なんて事は。

 幾度も経てきたその経験から、答えなんて簡単に導き出せる。


 だから、何も言わずに、当たり前のように、俺は千尋と唇を重ねた。


 千尋も、当然だ、とでも言いたげに、恍惚とした表情を浮かべて、艶やかな声を漏らす。

 けれど、いつも幸福を感じる事しかなかったその行為の中に、俺は一抹の不純物を見つけていた。


 どうして俺は、『この小さな仮初めの同棲部屋の中でだけ会いたい』はずの千尋と、外で会おうと考えたのだろう。


 少なくとも俺の中で、千尋は俺が会いに行かなければ会えない存在、であったはずなのに。

 いつでも会えるような、外で会うのが当たり前なのは、和の居場所であるはずなのに。

 それなのになぜ、俺はその立ち位置さえも、千尋の独壇場にしてしまおうとしているのだろうか。


 理由なんて、分かっている。分かりきっている。曲がりなりにも赤学の学生だ。それくらいの知能は持ち合わせている。


 いくつもの女の子と関係を持っている俺であっても、それくらいの理解は容易い。


 それでも俺が目を背けたかったのは、その答えがきっと俺のやりたいこととは違って、俺の欲望の邪魔になることだからだろう。


 千尋を好きであるという気持ちが、俺が愛される為のポーズではなくて、心の底からの気持ちであるという漠然とした事実から、俺は目を背けていたんだ。

 他の誰でもなく、俺自身の為に。


 今なら、まだ、引き返せる。

 他の女の子との関係を切って、千尋だけを見つめれば、それはきっと、紛れもなくハッピーエンドになる。


 ――うるせ、そんなこと、言われなくても分かってんだよ。


 いくら理屈をこねてみても、結末ありきの過程なんて必要無いと、俺の心が俺を惑わせる。


 千尋との未来を見据えて、今を捨てるか。

 今を見据えて、千尋との幸せな未来を捨てるか。


 そんな二つに一つのクエスチョンに対する俺のアンサーは、決してどちらかを捨てるという選択じゃない。


 千尋との幸せな結末を求めて。

 結望との幸せな結末だって望む。

 和との幸せな結末をつかみ取る。

 舞との幸せな結末さえも取りに行く。


 それが俺の答えなんだ。


 どれかを選び、一つの幸せを得るくらいなら、自身を賭けて全てを手に入れたい。


 その為の過程だ。


 だから俺は、結末ありきの過程なんて、いらないんだ。


 今の欲望を謳歌するし、結末だってハッピーエンドにしてみせる。


 それが俺の、澄み切ったアンサーだ。

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