いつかバレるだろうけれど、今はまだ
誰にもバレずに続けることが出来れば、それは当然幸せだろう。
人は誰しも、秘密を抱えて生きている。
その秘密が、必ずしも悪であるとは限らないけれど。例えば、昔にやった万引きだとか、あるいは、学園のアイドルに告白して振られた過去だとか。
そんな過去の秘密を抱えて生きている人間が、その秘密を隠し通せる確率は、はたしてどれくらいあるのだろうか。
高校の頃に好きだった女の子と再会する確率と、どちらが高いのだろうか。
俺の抱えている秘密を、もしそのうちの誰か一人に知られたらどうなるのだろうか。そう考えては、少しばかり不安になるような、そんな時もあった。
そんな中、唐突にその関係性に入ってきた和に、バレるというより、見抜かれた。
自分の中で、焦りが生まれるかと思ったけれど、存外、そんなこともなかった。
舞との関係性を考慮した上で『秘密』という関係を選んだからこそ、俺の秘密にも寛容なのだと考えられなくもないが、それでも、やはり少しばかりの違和感はある。
そもそも、和の俺が好きだという告白の真偽さえ、今は定かではないのだ。
所謂、そういう関係を求めての好意なのかもしれない。或いは、本当に、一人と一人の恋愛としての好きなのかもしれない。
現状、和が”それ”を口外する様子はないけれど、和に気付かれたという事実がある以上、いつかは総崩れになると考えておくべきなのだ。
それがいつになるかはわからない。けれど、少なくとも、今はまだ、この甘い汁に浸かっていたいのだ。
「はい、今日はここまでだね。思ってたより問題は解けるみたいだし、このままいけば合格も難しくないかな」
例えば、千尋が赤学に合格したら、どうなるのだろう。
瀬井幽人と再会したいという願いが叶った瞬間に、その瀬井幽人がJKリフレに通っているユージンだと理解することになるのだ。
「ほんと!? お世辞だとしても自信になるよ」
感情を露わにする千尋。
お世辞でもなんでもなく、確実に、高校の頃よりも学力は上がっている。十一月の段階でこのレベルなら、赤学の合格も夢の話ではない。
「じゃあさっき言った宿題を……うーん、次はいつ頃来れるかな……」
「前々から言おうと思ってたんだけど、ユージンさえよければ、ツビッターでやりとりしない?」
「ツビッター?」
そういえば、俺と千尋が初めて喧嘩――というより俺の嫉妬だが――をする原因になったのって、ツビッターだったな。
「そう。ほら、ダイレクトメッセージ出来るでしょ?」
「え、それで客とやりとりとかしていいもんなのか?」
「んー。まぁグレー? 基本的にはお客さんからの予約の受付とか、そういうのにしか使わないけど、ユージンならいいよ」
「ふーん。ちひろがいいなら、いいけど」
「MINEでもいいけど、どうする?」
そんな提案。
少しばかりの思考。
「いや、とりあえずはツビッターでいいんじゃない?」
理由。MINEの名前が『瀬井幽人』だから。
交換した瞬間に、俺があの瀬井幽人であるとバレてしまう。
偶然の一致、同姓同名である可能性も否定は出来ないけれど、そんな偶然よりも、高校時代の知り合いであるという可能性の方が余程高い。
「そっか。じゃあ後でフォローしてよ。私もフォローしてメッセージ返すから。それで分からないところとか質問する」
「ん。そうしてよ」
であれば、合格の確率もぐっと上がるだろう。
「さて、勉強タイムも終わったことだし、お楽しみタイムといっちゃう?」
ニヤニヤと笑った千尋が、そんなことを言い出した。
俺としてもそう言いたいけれど、
「ごめん。今日60分コースなんだよね。あと5分しかない」
時間という壁は、斯くも高い。
もとより金欠学生の俺には、流星ほど入り浸れるわけではないのだ。
「あ、そっか。もうそんな時間。じゃ、キスだけ」
「うん。そうだね」
もう慣れっこみたいな、そんなキス。
不思議なもので、飽きやしない。
マンネリとか、そういうのとは無縁だった。
「今日は、ありがとね。また、来てくれたら嬉しい」
「もちろん。明日からバイトも再開するし、お金に余裕出来ると思うよ」
このお店に来る前に、バイト先の塾長に連絡をした。しばらく休んでいたことに小言の一つでも言われるかと思っていたけれど、快く受け入れてくれた。
動機はどうあれ、そんな塾長の為にしっかり働かないとな、なんて気持ちになったのは、自分が素直でいられているようで、嬉しかった。
「そうなんだ。いつもごめんね。私は恩返し出来てないのに」
「大丈夫。こうして一緒にいられるだけで嬉しいよ」
高校時代、会話をすることだって叶わなかった相手だ。お金を払ってこんなに親密になれるのであれば、俺はそれでもいい。
いつか終わってしまう関係であっても、いつか、俺の本性が、素の姿がバレるとしても、今は、これで良い。
第三章【誰も選ばず、誰も手放さず】
〜完〜
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