やっぱり、一途の方が正しくて

 べとつく身体が気持ち悪くて、いつもより、早く目が覚めた。

 夕べ、風呂に入ったのにもかかわらず、その後に運動じみたことをしてしまったせいで、じっとりと汗をかいていた。


 隣では、疲れ切った様子で眠る和。かなり乱れていたようだし、汗も飛び散っていたけれど、その身体の不快感より、疲労感が勝ったらしい。


 俺が眠気に勝てたのは、いくらか経験してきたことによる慣れのような部分があるのかもしれない。


 普通の、まともな人に比べれば、自慢にもなんにもならない慣れ。だけど、それがどこか誇らしく思えた。


 心のどこかで、一度に何人もの女の子と関係を持っていることを、良いことだと勘違いしているのだと、すぐに分かった。

 それでも、小さな自己肯定感を満たす為に、それがさも素晴らしいことで、俺が優れた人間なのだと、深層心理で信じ込ませられているのだ。


「シャワー、浴びるか」


 ぽつり一言そう漏らし、俺はバスルームへと向かった。


 ベッドを降りようとした時に、和が俺の裾を掴んでいたことが、少しばかり可愛らしかった。


 シャワーを浴びた俺が部屋へと戻ると、意外にも既に目を覚ましていた和が、細いタバコを、なんてことのない表情で吸っていたから、少し驚いた。


「タバコ、吸うんだね」


 今まで、一度も見たことはなかった。そんな姿。


 俺に見られても、そんなに気にした様子を見せない和。


「ほら、あんまりイメージよくないから、みんなの前では吸ってないの。まぁ、ユートならもう良いかなって」


 なんて、どこか俺に対して信頼感にも似た何かを持ったのだろうことを言った。


「それは、光栄だね」


 一人の女の子に信用されることが、光栄でないわけがない。嬉しいし、憧れる。


「いつから、吸ってるの?」

「それは秘密」

「あ、そう」

「ていうか、タバコ吸う人に、きっちり二十歳になってから始めました、なんて人いないんじゃない?」


 苦笑いを浮かべながら、あり得そうなあり得なさそうなことをさらっと言ってのけた。


「まぁ、そんな気がしないでもない、かな?」


 確かに、高校を思い返せば、そんな気がしてくる。あの頃からタバコを吸い始めて、今も吸っているってヤツ、多そうだし。


「ていうわけで、ユートも吸ってみる?」

「いや、遠慮しておくよ」


 身体に悪いばかりで、いいことなんてないだろうに。金もかかるし。


「そんな事言わないでよ。シガレットキスしてみたいんだ」

「……? なんだ、それ?」

「タバコとタバコでするキス、みたいなの?」

「普通のキスすればいいんじゃないの?」


 わざわざ距離を伸ばす必要ってあるのだろうか。大体タバコ同士って、火遊びは危険だって子供の頃に言われなかったのだろうか。


「いや、まぁそうなんだけどさ……なんていうか、ロマンがないなぁ」

「そりゃ悪かったよ」

「ま、いいけどさ。言っても身体に毒だし、無理には進められないよ」


 そうは言いつつも、どことなくしょんぼりと、肩を落としていた。


 一本だけならいいか、みたいなノリで、抜け出せなくなるっていう話も聞いたことがある。

 けど、まぁいいか。


「しょうがない。一本だけだからな」


 一本吸って、すぐにやめれば。


 分かりやすく嬉しそうな表情で、和は箱から一本のタバコを差し出してきた。


「どうやって、火を点ければ?」


 …………。


「そんな、そこから? みたいな顔するなって。こちとら初めてなんだぞ」

「分かってるよ。ちょっと意外だなって思っただけだから」

「あ、あぁ、そうか。俺ってヘビースモーカーに見えるのか」


 見た目で喫煙者か非喫煙者かって、分かることじゃないような気がするけれど。


「なんていうか、女の扱い慣れてるみたいだし、昨日の夜も随分と私の弱いところ責めてきてたから。そういう人って事が終わればタバコ吸うイメージだった」


 そういうわけなら、少しばかり納得。

 慣れているっていうか、そりゃこれだけの短期間に女の子の身体を触り倒せば、ある程度は分かるというか。


 けれど、

「私は気にしないけどさ。いろんな女の子と遊ぶの。でも嫌がる子の方が多いんだから、気を付けなよ」

 よもやの原因で、俺の本性がバレてしまっていることは、どうにも見逃せない事実だった。


 けれど、和の気にしない、という言葉が持つ意味に、俺はてんで気付いてはいなかったのだ。


「それって、やっぱり間違ってることだよな」

「どうだろうね。誰か一人と付き合っているなら間違いだと思う。けど別に、誰とも付き合ってないなら、間違いではないよ」

「そ、そうだよな」


 自分の生き方を肯定されて、嬉しかった。


「でも、間違っても正解ではないと思うよ」


 けれど、やっぱり正しく在る普通の人から見れば、俺は異端のはぐれ者だという事実に打ちのめされて、心が少しばかり重くなった。


 初めて吸うタバコの味は、そんな気持ちを脳裏に焼き付けるほどに苦かった。

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