曲がりなりの信念と、真っ直ぐな欲望

 ラブホテルは、二回目だった。

 さりとて、慣れている、というわけでもなかった。


 相対する和は、前回の俺のように、右も左もわからなそうな様子で、周りをキョロキョロと見回していた。


 大学からの最寄り駅で俺たち四人が解散したのが、今からおよそ一時間ほど前だっただろうか。


 予め予定していた通り、万が一の遭遇に備え、二人の最寄り駅から離れた場所。

 つまり、和の家から一番近い駅での待ち合わせとなった。


 和は問題がなくとも、俺はフェイクをかけるためとはいえ、一度自宅方面の電車に乗ったから、少しばかり合流までに時間がかかった。


 どうやら、俺が着くまでの間に、和は一度家に帰って着替えてきたらしく、先程までの溌剌とした服装ではなく、普段のイメージとは乖離したような、女の子らしさを全面に押し出したファッションスタイルに変化していた。


「なんか、ユート慣れてる感じがして、むかつく」


 一度見ただけの猿真似を披露する俺を見て、和は唇を尖らせた。


 慣れているもなにも、今までの人生で経験は一度だけだっていうのに。


 とはいえ、未経験と一度行ったことがある、というのは、一回目と二回目、という違いとは天と地ほどの差があるというわけで、和の言い分もわからなくはないのだ。


 現に、俺も以前、同じ感想を抱いたわけだし。


「頑張って調べてきたんだよ。恥かかせたくなくてさ」


 なんて、上手い具合に言い訳を並べて、和を納得させる。

 丸め込まれたことに気が付いているのか、彼女は眉間に皺を寄せ、それから俺の袖を不安そうにつまんで、小さな歩幅を何度も繰り返した。


 部屋に入ってしまえば、それまでの緊張は解けてしまったようで、少しばかり高圧的な、高飛車みたいな彼女が、そこにはいた。


「ね、ねえ。これからどうするの?」

「不安が表情から漏れてるよ?」


 図星を、思い切り突き刺してみた。

 文字起こし出来ない声を放って、彼女は頬を赤く染めた。それから、真ん中に置かれている大きなダブルベッドへと、隠れる。


 まるで小動物みたいで、可愛い。


「ごめんごめん。言いすぎた」


 薄らと笑いながら、そんな謝罪。

 謝るだとか、そういう意味合いなんて決してなくて、ただ単なる前戯に過ぎない。


 これから繰り広げられるであろう俺たちの愛情表現にも似たなにかを考えれば、それはそれは生易しい遊びであろうと、誰もが思うんだろう。


 愛情表現という名の、欲望のぶつけ合い。


 俺はそれが、たまらなく好きで好きで、仕方がないんだ。


「本当にユートは私のことを好きなの?」

「っていうのは?」

「ほら、私がユートを好きだって言ってるから、簡単に抱けそうって思われてるのかなって」


 少しばかりの、図星。やられたら、やり返すタチみたいだ。


 けれど、俺は、そういう方面の誤魔化しは他の誰よりも上手いと思っている。


 というより、自分の中では誤魔化しのつもりもなくて、真実に他ならないからこそ、違和感もなく説得出来るのだろう。


「そんなことないよ。大体、本当に好きな女の子じゃなければキスなんて出来ないよ」


 少なくとも、俺の中では、そうだ。


「それは、うーん……」


 けれど、やっぱりどこか納得いかなそうで。


「もし、俺が和のその身体だけが目的なのが嫌なんだとしたら、俺は今日、和とはなにもしないよ。一緒にいられるだけで良いから」


 これは、紛れもなく本音だ。


 身体の関係があろうとなかろうと、俺の和に対する思いは変わらない。


 だというのに、だ。


「それは、私が寂しい気持ちになるから嫌。ここまで着いて来てるなら、襲うくらいのこと、してよ」


 なんて、まるで俺とそういう行為を望んで来たかのような物言いだから、俺は、湧き上がる欲望を抑えることに必死にならなければならないんだ。


 ひとつとして言えることは、俺は多分、誰とも身体の関係を持ちたいとは思っていないということ。


 それは、俺が千尋と本当に、正真正銘の再会をして、お互いの気持ちを確かめ合った上で、なんて願望があるから。


 けれどどうだろう、今思えば、この時に、好きなだけ好きな人を好きな時に、欲望のままに抱いておけば良かったと、思わなくもないのだ。

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