俺にとって、都合が良くて
「秘密……?」
思うに、鳩が豆鉄砲を食ったようというのは、こういうことを言うのだろう。
俺の言いたいことがまるで信じられない、なんて風な、表情。
「そう、秘密。俺は君のことも、舞のことも大切だからさ。舞だけとか、和だけっていうのは嫌なんだよ。だから、表向きでは俺は舞と仲良くもするけど、裏では、和とふれ合いたいなって、思うよ。こんな風に」
和の頭に手を回して、強引に引き寄せた。
微かに漏れた驚きの声を、俺は自らの唇で封じ込めた。
今は、驚きも困惑も捨て去って、自分の感情だけで動いて欲しいと、そう思ったから。
「……ん」
目を閉じて、口づけに浸る和。初めこそ驚いているようだったけれど、すぐに慣れ、気付けば、俺の背中に手を回していた。
「もし和が、舞の為に自分を抑えてるんだったら、こうして、舞にバレないようにすればいいと思うよ。俺は、別にそれも良いと思う」
「いや……でも……」
「悩む気持ちは分かるけど。ずっと我慢をしているのは、和が可哀想だよ」
そろそろ、苦しいくらい、嘘を重ねてしまっている。
別に、和の為なんかじゃない。自分の為でしかない。
周りとは隔絶された場所で会うことが、自分にとって都合が良いだけかもしれない。
けれど、それで和が困るのだろうか。多分、和にとっても都合が良いだろう。
「そっか……ユートは、それでいいの?」
「逆に、そういう秘密っていうのを共有した方が、ドキドキしそうじゃない?」
「ふふ、確かにそうかもね」
「ただ、まぁ。観覧車の中っていうのは、どうなのかな?」
ほぼガラスで出来ているこのゴンドラの中は、周りから丸見えだろう。前後のゴンドラからもまた然りだ。
「知らない。そこまで言ったのに今更我慢とか出来ない。早くキスして」
「あ、あぁ。そっか」
けれど、我慢の蓋を俺によって取っ払われてしまった和にとって、そんなことはどうでもいいようだった。
まぁ、別に。俺だって、それでいい。
周りにバレなければいい、じゃない。
舞にバレなければいい。
俺は、舞と和の両方と愛し合う為に。
和は、友情を壊してしまわないように。
そんな、利害関係。Win-Winの関係の元で、秘密の恋愛関係が始まるのだろう。
契約にも似た関係を結ぶ為に、俺は和と、二度目の口づけを交わした。
「ありがと。ユート。ねぇ、今日の夜ってさ」
「うん。空いてる。解散してから、どこか行こうか」
どこに行くかなんて、どこに行きたいかなんて、もう、決まっているけれど。
自分から言うのがどうにも照れくさくて、俺は、結論を和に押しつけた。
「ホテル。行こうよ」
分かっていたし、俺も、それを待っていた。
気付けば、観覧車は一周を終え、元の位置へと帰ってきていた。
結局、俺は周りの景色を、チラ見程度にも見ることはなかった。
それよりも綺麗で、艶やかな景色を、今夜見られると分かったことの方が、俺にとっては大事なことだったから。
■
「遅い! 二人してどこ行ってたの!」
観覧車を降りた俺達が、乗った時よりもどこかよそよそしい様子で待ち合わせ場所に戻っても、相変わらず二人はいなかった。
和は、呆れたように溜息を一つ。
それから俺達は、なんのことのない雑談を繰り広げ、いつまで経とうと戻らない二人を待ち続けていた。
そんな二人が合流場所へとやってきたのは、俺達の話題がとうとう昨夜の晩ご飯に突入しようかといった頃合いだった。
それで、このぶち切れっぷりというわけだ。
ま、気持ちは分かるよ。
「いやな、二人してお化けが苦手なもんだから早々にリタイアしちまってさ。出てくる二人を待ってる間暇だったから、フリーフォールに乗ってきたって訳」
「で、こんなに待たされたわけね」
「いやいや、乗り終えた俺達が戻ってきても、ここには誰もいなかったんだよ。で、まだお化け屋敷で騒いでんのかなって思って、今度は空中ブランコに乗ってきたんだ」
――どう考えても、その頃俺達は観覧車でキッスしていたと思う。すまん、流星。
「あ、あぁ~。そうなの。じゃあま、仕方ないか。ひとまず、何事もなく合流できたし、喧嘩はやめましょ」
あ、自分に負い目を感じてあっさり引き下がったな。分かりやすい。
「お? 今日は随分優しいな。なんかいいことあったか?」
「いつもは優しくないみたいな言い方やめなさいよ」
そんな言い合いを眺めている時、二人は二人で、恋愛感情とは別の、いわば友情という観点で見れば、この上なく相性が良いのではないか、なんて思った。
「舞、フリーフォール、どうだった?」
すっかり話に置いてけぼりの舞に、俺が話を振る。
「楽しかったよ。ちょっと怖かったけど」
小さく笑って、そう言った。フリーフォールが大丈夫でお化け屋敷が苦手というのも、随分珍しい話だと思う。
いや、そんなことないのか?
いずれにしても、各々が楽しめているようでなによりだと思う。
「さて、まだまだ時間は残ってる。思い残しのないように遊びまくろうぜ!」
パチンと手を叩いた流星が、そんな言葉と共に立ち上がった。思うに、良い塩梅で会話を切り上げたかったのだと思う。
横で聞いている限り、かなり劣勢だったみたいだし。
「ま、それには賛成。次はちゃんと四人で乗れるのがいいわね」
「私も、そう思う」
と、いうわけで、残りは俺の賛同待ち、である。
とはいえ、反対する理由などがどこにあろうか、という話であって。
「いいね。じゃあ次はアレにでも乗ってみる?」
俺が指さした先を見て、俺を除いた三人は、一様に苦笑いを浮かべた。
別に、ウケを狙ったわけではないのだけれど。
「まぁ、別にいいけどさ」
「ユート、変なところで子供よね」
「私は楽しそうだと思う、よ?」
フォローになってすらいないフォローをありがたく頂戴し、俺達四人はソレに向かった。
ハンドルを回せば回すほど加速していく回転系アトラクション。コーヒーカップに。
さて、テンションの上がった和が、あれよあれよと加速させていったせいで、全員の三半規管が故障してしまったことは、また別のお話、ということだろうか。
それよりなにより、この遊園地において進捗があるとするならば、それは舞とだと思っていたけれど、想定していなかった和であったことが、今日の大きな驚きだったと思う。
けれど、どちらかといえば、和との親交が深まった後に舞と深い関係の一歩を踏み出す方が俺の精神衛生的にはいいのかもしれない、なんて、どうにも救いようのないクズのような感想を持ってしまうことの方が、もっと大きな驚きだったかもしれない。
気付いてはいても、自分のいい加減さには辟易する。
辟易はしていても、自分の欲望を優先させてしまう。俺は、わがままで、欲張りだから。
ふと、遊園地で楽しそうに笑い合う舞と和を見て、俺はいつの日か、何か大きなモノを、大切なモノを失ってしまうような、そんな気がした。
それが怖いから、俺はそんな予感から目を背けて、最寄り駅で解散した後にこっそり和と会って、ラブホテルに向かい、歩き出してしまうのだ。
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