握りこぶしとピースサイン

 楽しそうにはしゃぐ来園者達を眺めながら、時間は待ってくれないとはよく言ったモノだと、俺は妙に感心していた。

 徐々に溶けていくソフトクリームも、また一様に。


 つまるところ、遊び足りないような、そんな気がしてならないのだ。


 時刻は午後二時半。

 集合して、入園したのが午前十時だから、もう四時間も経っているのだ。


 で、だ。いざやったことを列挙してみよう。


 ひとつ、ジェットコースターに乗った。

 ふたつ、今こうしてソフトクリームを舐め回している。


 ――以上。


「ジェットコースターに乗るためになんで二時間以上も並ぶんだよ……」

「まぁ、遊園地ってそういうものじゃない?」

「初めて来たから知らなかったよ。舞とか和は何度も来たことあるの?」


 余談、俺が俺を名前で呼べと言った以上、俺も二人のことを名前呼びすることになった。

 案外、抵抗はない。以前までであれば考えられなかったことだが、ここ最近の女の子との関わりで、少しづつ慣れてきたのかもしれない。


「あるよ。高校の頃とかに。ていうか幽人の方こそ、行ったことないって意外なんだけど」

「そうか?」

「うん。結構チャラチャラしてるイメージあるし、女の子はべらせて行ってそう」

「……俺をなんだと思っておいでで?」


 とはいえ、そんな印象を持たれるというのは、俺の大学デビューの賜であると言えると思う。


「普通に顔も良いし、モテてたんじゃないの?」

「それがまたぜーんぜん。彼女なんて出来たことないよ」

「あー、モテるが故に一人を選べないとか、そんな感じ? 優柔不断なとこあるもんねぇ」

「ほっとけ」


 見透かされていることに、少しばかりの動揺。

 なんとなくで言ったのか、どこか確信めいたものを感じていたのか、それに関しては分からないけれど、いずれにしても、感情を表に出さなかった俺を褒めてあげたいと思う。


 別に、隠しているわけではないけれど、やっぱり公にすることでもないような、そんな自覚はある。

 どちらかといえば、間違いに近い行動だから。


「ていうか、そもそも俺より流星の方がモテると思うんだけど? 大学内でも流星を好きな人は多いって聞いたことあるけど」

「それはそうだね。こんなヤツのどこがいいんだか」

「こんなやつとはなんだ。こう見えて真面目な純粋好青年だぞ」


 ――JKリフレに心酔している純粋好青年ですか。ご立派なことで。


「まぁそんな話もほどほどにしてさ。なんか乗らない?」

「私は賛成かな。幽人君って、絶叫系好き?」


 糖度高めなキャラメルマキアートをちびちびと飲んでいた舞が、なんとなしにそう言った。


 さっき、一緒にジェットコースターに乗っていたよな、なんてツッコミ、野暮だろうか。


「好きか嫌いかで言えば好きに近いかな。あまり得意じゃないけど」

「得意じゃないのに好きなの? 変なの」


 そう言って、笑った。

 純粋に、俺に対して興味を抱いてくれている笑顔は、素直に嬉しい。


 ここ最近、それなりの頻度で向けられている感情ではあるけれど、やっぱり嬉しいし、これに関しては慣れそうにない。というか、慣れたいとは思わない。

 いつでも、なんとなく新鮮な、小さな幸福を感じられるような自分でいたいと思うから。


 好きな人に、好きであると言ってもらえることも、興味を持ってもらえることも、身体の触れ合いを迫られることも、この上なく幸せだと、そう思っていたいのだ。


「じゃあみんなでこの遊園地で一番怖いって言われているやつ行こうよ」

「お、いいねぇ。どこだ?」


 目を輝かせながら、和が言った。

 人差し指を天高く掲げるそのポーズに、さして意味がないということを、直後に放たれたワードで、知った。


「絶叫迷宮! 怖すぎてリタイア続出のお化け屋敷だって!」


 怖くないじゃん。


「えぇ、私はちょっと……」


 どうやら、舞はお化けとか、そういうものは苦手らしい。

 まぁ、ほのぼのとした性格を見れば、どことなくそんな雰囲気はあるし、理解しがたいことではない。


「だめだよ。二人一組だから。もちろん男女ペアね。じゃないと流星が一人で入ることになるよ」


 けれど、そんな意見を、和は断固として認めようとはしなかった。


「なんで俺が一人確定なんだよ」

「え? 私は流星とユートだったらユートがいいからだけど?」

「……なぁ、俺ってモテるって話だったよな?」

「表面しか見ないボンクラ女からはモテるんじゃない?」

「どういうことだよ」

「だって流星、エッチじゃん」

「ぶっ」

「おい幽人。なんで笑った?」


 いや、あんまりにも事実すぎたからだけど、なにを怒っているんだ、流星のやつ。


「気のせいだよ。まぁでも、それはあんまりだから。舞、頑張れる?」


 顔面が引きつっている舞に、そう問いかけた。

 少しばかり眉間に皺を寄せ、意を決したように、

「わかった」

 とだけ。


 待っていましたと言わんばかりに歩き始めた和のあとを、俺達は追った。


 俺は、お化けとかに対して恐怖を感じることがないから、普通に。それは和も一緒だ。


 けれど、舞はともかく、流星まで少しばかりビビっているような表情をしていることが、どこか面白かった。


 俺より何もかも優れた流星に勝てたような気がして、少しばかりの優越感を感じて、つい笑ってしまった。


「おい幽人。なんで笑った?」


 相変わらず、自分のことになると、敏い男だな。


「そうだ、向かってるうちにペア決めちゃおうよ。男は男。女は女でじゃんけんして、勝ちペアと負けペアね」


 歩きながら振り返った和の、提案。

 この人混みの中を後ろ歩きとは、随分と危なっかしいまねをする。


「はいはい。じゃあ俺は流星とだね。じゃーんけーん」


 ぽん。の合図で、勝敗の決着。負けた。

 ペアを決めるためのじゃんけんだけれど、どういうわけだか悔しかった。


 俺としては、相手は別にどちらでもいい。


 舞が俺を好きだというのが、本当なのであれば、舞が良い。

 けれど、和の言う好きが、もし本当なのであれば、俺はきっと、揺らいでしまう。


 和が、もし俺を好きなのだとすれば、俺は和のことだって好きになってしまうと思う。

 こんなに距離の近い二人を同時に愛する器用さを、きっと俺は持ち合わせていないだろう。


「決まったよ。そっちは?」


 けれど、やっぱり、運命っていうのは性格が悪いみたいだ。


 笑っていた。


 悔しそうに握りこぶしを作った舞と、満面の笑みでピースサインをしている和が、そこに立っていた。

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