汗、唾液、それから
酔っ払ったり、酔いがどれくらい継続するのかっていうのは、存外相手によって変わるんだな、っていうのが、俺の初めの感想だった。
「なんか手慣れてるように見えるけど、経験者?」
先ほど、結望への助け船とはいえ、自分からラブホテルに行こうと言い出したのに、今となっては酔いもある程度覚め、言い様のない気恥ずかしさに襲われている真っ只中だった。
好きな人と一緒だから、多分情けないところを見せたくなかったんだろうな、俺の無意識が。
ちなみに、なんでホテルなのにフロントに人がいないんだよ、っていうのが、俺の二つ目の感想だった。
並んでいるのは、部屋番号と料金が記された部屋の写真。
「そんなの、別にどうでもいいじゃん。大事なのは今だよ」
「……ふーん」
どうやら、経験者であるということは図星らしかった。それに少しばかりの嫉妬心を覚えなかったかと聞かれれば、多分ノーとは答えられないと思う。
なんとなく、結望は俺が初めてだと、勝手に思い込んでいたから。
そればかりは、少しばかり残っていた俺の酩酊状態に感謝したいなんて、思った。きっとシラフだったら猛烈に不機嫌な雰囲気を出してしまっていただろうし。
どれもこれもが初体験の俺に比べて、結望は幾分か慣れた手つきでパネルのボタンを押した。曰く「この部屋おしゃれじゃない? ここにしよ」とのことらしい。
確かに、写真にある部屋はどれも俺の部屋がちょっと大きな犬小屋に感じるくらい綺麗で、豪勢なもの。
ビジネスホテルと価格はさほど変わらないのに、こちらの方がよほど設備が良い。ならもうこれから旅行の時もラブホテルでいいのではないかと感じてしまう。
「じゃ、部屋行こ」
「そ、そうだな」
既に、結望がリードする展開となっていた。
そりゃ、初めての人とそうでない人なら、そうなるでしょうって話なんだけれど。
点滅する部屋番号が記されたプレート。分かりやすく自分たちを誘導してくれた。
入って、ドアを閉める。これは、料金を支払わなければ開かないらしい。
隣にあるのは、自動精算機。なるほどこれに払えば開くよ、ってことか。
――いや、そもそもそれって法律上アウトなんじゃ……旅館業法なんて知るかってことか?
にしても、
「……広いな」
開口一番、それだった。
ラブホテルが法律違反をしています! なんてのが気にならないくらい、内装は綺麗だし広いしで、良いことずくめだった。
「わぁ! 凄いね幽人! すごい綺麗だし……って、ねぇ幽人、なに? これ」
はしゃいでいた結望が、何かを発見、そうして苦虫を噛みつぶしたような、そんな表情。
「んー、スロットマシン?」
「はぁ、なーんでこんなのがあるのさ。ムードも何もありゃしないじゃん。部屋の雰囲気に合ってなさすぎじゃない?」
言われてみれば、その通りだ。おしゃれな部屋にこんないかつい遊技機が置いてあるのは不自然だと思う。
「他のホテルにはこういうのないのか?」
「え? しらな……いや! あったような気がする! 変だなーって思ってたの!」
「だよなぁ……ん? あれ、ちょっと待っててね」
そう言って、俺は玄関口に戻り、本来設置してはいけないはずの自動精算機を確認。精算機としての機能はもちろんだけれど、その他に、やはりあったのだ。
「分かった。多分これ、自動精算機を置くためのやつだよ」
「ん? どゆこと?」
「そもそも入った時からおかしいと思ってたんだよ。玄関のところに自動精算機あったけどさ、あれって違法なの」
「え、じゃあたし達ヤバいところ入っちゃったの?」
「って思うでしょ? それをヤバくなくしてくれるのがこのスロットマシーンなんだよ」
そこから説明を続けようかと思ったけれど、結望は、やはり俺より幾分も頭が良かった。
「なるほど! さっき幽人は見たのは自動精算機の機能なんだね。それで、多分あったんでしょ? 両替のモードが」
「そーいうこと」
「精算機じゃなくて、スロットマシーンに必要な百円玉を作るための両替機ですって言い分?」
「だと思うよ」
いつの時代も、法律の抜け道を発見する賢い人間はいるものだ。賢いというか、屁理屈が上手い、なのかもしれないけれど。
「幽人、ラブホテル初めてなのに精算機が違法だって知ってるの?」
「あの……俺一応、法学部なんだけど……」
とはいえ、法学部でも旅館業法まで押さえている学生は稀だと思う。
俺が知っていたのは、高校時代の癖が抜けずに勉学に励みすぎた結果と、それからただの偶然が重なっただけ。
「へぇ、随分と頭がよろしくなりまして」
「嫌味だろ、それ」
「バレちゃったか。あははっ」
けらけらと笑う結望。これで俺よりも圧倒的に頭が良いのだから面白くない。どれだけ努力しても勝てない相手だとは、何年も前に気が付いてはいたけれど。
「……ねぇ、幽人」
不意に、空気が静まった。さっきまで笑っていた結望が、不意打ちで見せた真面目な表情。
それを見たのは、二度目だった。
一度目は、忘れたくても忘れられない、再会したあの日。
俺の入浴に乱入してきた、あの時。
俺と一緒にいたいとささやいた、あの表情だ。
「どうしたの?」
結望のその表情を見ると、
「キス、したい」
俺は、何も考えたくなくなってしまう。考えられなくなってしまう。
あの時は、千尋に対して持っていた自分勝手な感情に邪魔をされて、真っ直ぐ向き合えていなかったけれど、
「うん。そう言ってくれるの、待ってた」
今は、目の前にあるその瑞々しい唇に、視線も、心も、奪われていた。
どうしてか、なんてのは、ちゃんと心当たりがあった。
俺が、明確に結望を一人の女の子として意識し始めてしまったのは、結望が俺を好きだと言ったあの瞬間からだ。
キスをしていた時も、ハグをしていた時も、お互いの裸体を舐め合っていた時だって、俺はどこか、『結望が懇願してきたから、付き合っている』なんて上から目線な考えを持っていた。
けれど、どうだろう、いざ自分を好きでいてくれていると知った途端、たまらなく結望の心を、身体を、欲してしまうようになった。
俺はやっぱり、自分を愛してくれる人が、愛おしいんだ。
愛してくれる人は、同じだけ愛したい。そんな気持ちを持ってしまうことは、多分、正しい在り方ではないのだと思うけれど、それでも俺は、自分を認めてあげたい。誰も賛同してくれなくても、俺だけは、俺の生き方を認めてあげたいのだ。
そうじゃないと、俺は、高校時代とちっとも変わらないから。誰にも認められずに、一人ぼっちで生きていた俺と、なんら変わらなくなってしまうから。
「今日は、多分、他の人のことなんて、考えられない。結望のことしか考えない。結望のことしか見ない。いいよね?」
「あたしは、それがいい。あたしだけに夢中になって欲しい」
「そっか。じゃあ、おいで」
そう言ってやると、嬉しそうな笑みと、恥ずかしそうな笑みが混ざったような不思議な表情で、結望は俺に抱きついた。
身長差は、多分10センチくらい。少しばかり首を上に向け、荒い息で俺を見る結望の姿を見れば、もう我慢なんて出来なかった。
重なる唇の合間から感じる、酒の香り。それが不思議と、俺の興奮を加速させる。きっとそれは、俺だけではないのだと、必死に舌を絡めながら嬌声を漏らす結望に、思った。
自然と、手が伸びる。どこが弱いかは、一度目で、気付いている。
結望は、耳と、背中が弱い。それから、頭も。
だから俺は、まだ足りないとせがむような結望の表情を楽しみながら、自らの舌を、結望の耳へと伸ばした。
キスよりも、一際大きく響く甘い声。二人しかいない空間に、それが響き渡る。
きっと、俺の部屋とは違って周りに配慮しなくて良いという安心感が、結望の感じる快感を大きくさせているんだと思う。
触れるか触れないかの狭間で、優しく結望の耳を舌で撫で回す。零れる嬌声に、また昂ぶる。
頭に左手を、背中に右手を、優しく滑らせてやれば、結望はもう、自分が責めることなんて忘れて、ただ全ての快感に身を委ねるしかなくなっていた。
汗や唾液、いろんな体液で濡れた結望が、一度シャワーを浴びたいと言い出すまでの一時間と少し、俺は休む間もなく、それこそ時間を忘れて、結望に快楽を与えるという行為を楽しんでいた。
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