醜く濁った性愛も

「それで、デートするったってどうしろって言うんだ? もう七時前だぞ?」


 唐突にデートのお誘いを受けたわけだが、とはいえ時刻は既に七時。夏の名残があるからこそまだ少しばかり明るいが、すっかり夜になってしまったと言っても過言ではない。


 そんな時間から、果たして何をしようというのだろうか。


「まぁ、ひとまず居酒屋にでも行ってみようよ」


 隣を歩く結望が、とりあえずにと言わんばかりにそう言った。恐らく、予定なんてなんら立てちゃいなかったのだろう。


「まぁいいけど……で、例の男はつけてきてるのか?」


 俺は結望から「バレると意味がないからキョロキョロするな」と強く言いつけられているから、背後の確認すらままならない。


「んー、多分」

「多分、って……ていうか、逆上して俺が攻撃されたりしないよな?」

「んー、多分?」

「そこが疑問形なのは非常に怖いんだけれども」


 そこは、一言「大丈夫」って、嘘でもいいから言って欲しいんだけどな。いや、無責任なことを言わないってのが結望のポリシーなのだろうか。


 さりとて、不安を煽るような物言いもどうなのかという話なのだけれど、言うだけ野暮ってものなのかもしれない。


 そんなこんな、適当なやりとりを続けている間に、俺達は手頃な居酒屋へと入店した。

 「飲み放題いる?」「俺はいらない」「じゃああたしもいいや」なんてやりとりを交わし、とりあえずということで俺はビール、結望はレモンサワーを注文。

 速さをウリにしているだけあって、ものの一分とそこらで提供。


「それじゃまぁ、乾杯」

「乾杯!」


 ひとまず、デートはデート。しっかりと楽しまないと結望にも失礼だろうし、お願いとかそういうことはこの際忘れて、楽しむことに心血を注ぐことにしよう。

 

 そもそも、俺もそっちの方がいいと思っているし。


「しかしまさか、中学時代の同級生と酒を飲む日がくるとは思ってなかったよ」


 さして中身のない雑談が続いていたけれど、そんな中、俺はふとそんなことを言った。

 理由は、分からない。


 既に四杯目に突入しているアルコールが、そうさせているのだろう。


「そう? あたしは幽人と大人になったら飲みに行きたいなって思ってたよ」

「え、中学の時から?」


 ふーん……。中学生にして将来お酒を飲みに行くことを考えているってのもなんというか、不思議な話だ。

 それに、俺とそういうことをしたいと考えていてくれたということが、何より照れくさくて、嬉しかった。


「中学っていうか……うーん、高校くらいから? そういうのを知ったりとかして、そういうのを考えたときに幽人とがいいなって」

「あ……え、そ、そか」


 不覚にも、少しばかり頬が熱くなった。

 中学が一緒だっただけで、高校は離れてしまったのに、高校生の時にも俺のことを考えていてくれたということが嬉しくて。


 でも、考えてみれば、俺だって高校で、結望のことを考える機会は何度もあった。

 お互い、なんだかんだ、思うところはあったのかもしれない。


「幽人、顔赤いぞ~?」

「うっせ。酒に酔っただけだ」


 半分本当、半分嘘だ。

 俺は、酒にかなり弱い。というか、結望と再会した日だって二日酔いだったし、それでもジョッキ五杯程度の酒を飲んだ程度だ。つまり、俺はここらでストップしておかないと後々困ったことになる。


 けれど、考えてみれば、あの日二日酔いをしていなければ、俺は結望と再会していなかったのかも知れない。その点で言えば、流星に感謝をするべきなのかもしれない。


「ふーん。でも、ありがとう」

「え? 何がだよ」

「デート、付き合ってくれて」

「いや、それはそのなんだ、ストーカーがどうのとか……って、おいおい。結望、まさかハメたのか?」

「いや、それに関しては本当だよ。でも他にやりようはあったよねって。でもデートっていう選択肢を選んだのはあたしだし、それに付き合ってくれてることはありがとうって」


 照れくさそうに、笑いながら話す結望がどことなく愛おしく感じた。

 デートという作戦を選び抜いたのは確かに結望だが、俺だって好きで付き合っているんだ。

 そこに何パーセントかの不純物的動機が含まれていようと、俺が結望を好きであることに変わりは無い。だから、別にお礼を言われることじゃない。


「お互いが好きでデートしてるんだし、別にいいんじゃないのかな」


 言ってから、気付いた。


 俺は今、自身が思っている以上に、アルコールに思考を支配されているということに。


「す、好き? お互い? いや、確かにあたしは幽人のこと好きって言ったけど、だって幽人は他に……」

「あは、酔っ払ってるみたいだ。酒のせいで本音が出ちゃうね」


 まぁ、でも、いいか。

 酒のせいにして、本音を言ってしまえば。そうすれば、結望だってもっと俺と深く関わるようになってくれるだろう。もっと深く繋がれるだろう。

 そんなせこい作戦もどき。


 俺が他に好きな人がいるという理由で離れていかれてしまうくらいなら、酒にかこつけて好意を示して、自分に対する感情を強めさせればいいだろうと、そう思った。


「べ、別に。あたしは嬉しいけど、さ」


 酔っ払いの騒ぎ声が響き渡る店内だからか、消え入りそうなほど小さな声に感じた。けれど、俺は確かに聞き逃すことはなかったんだ。

 俺は、きっと、自身に向けられる好意に関しては人一倍敏い。

 経験によって生まれてしまった、俺の歪んだ感情は、いつになく、きっと酒のせいで、暴走しているように感じた。


 俺の、醜く歪んだ性愛も、結望だったら、受け入れてくれそうな、ある種、俺と似た者同士なような、そんな気がしていた。


 けれど、やはり俺は狡い人間で。


「結望って、他に男友達とか、いないのか?」


 自分以外に、結望が同じ顔を見せることが、どうにも気に入らなくてたまらなかった。


「え? んー、友達、かぁ。幽人以外にはいないかも」


 嬉しいと、素直に感じた。俺だけであるという特別感が、より一層結望を魅力的に見えさせた。


「ふーん」


 恥ずかしいから、ぶっきらぼうな返事。

 けれどそんな俺に対して、にしし、なんて具合に結望。


 やっぱり、酒なんて飲むもんじゃない。

「あれ? なんかちょっと嬉しそうだぞ~?」

 どうしようもなく素が出てしまって、こうして色々バレるから。


 やっぱり、酒なんて飲むもんじゃない。

「あれ? このあとどこ行くって話だった?」

 どうしようもなく欲望のままに動いてしまいたいと思ってしまうから。


「え、あ……本気にしてた?」


 視線を泳がせながら、焦ったようにそう言った。

 顔が赤いのは、きっと酒のせいだろう。


「今更、冗談なんて言わないよね?」

「う、ん」


 けれど、俺の質問に対しては、ちゃんとイエスの回答だった。きっと、お酒を飲んで、なんとなく、自分が誘ったという構図が恥ずかしく思えてきてしまったのだろう。

 可愛いところ、あるんだなって、俺は思ってしまった。


 だから――

「そろそろいい時間だな。それじゃ、行こうよ、ラブホテル」

 そんな可愛さに惚れ込んで、俺が誘ったていにしておいてあげようと、そう思った。

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