三兎追う間を延ばしたい

 四月、某日。初めて、俺に友達が出来た。


「俺、光宗流星。お前は?」

「瀬井幽人。よろしく」


 今思えば、この出会いがなければ、俺は今ほど苦悩することも、思い悩むこともなかっただろう。


 けれど、この出会いがなければ、俺は楽しいと思える世界を生きることが出来なかっただろう。


「ま、同じ学部同士仲良くしようぜ」


 そう言って、流星は笑った。


 高校の頃は、きっと周りを見下していた。だからこそいじめられたんだろうな、なんて、今ならなんとなく分かる。

 俺をいじめていた連中の悪意に俺が気付いていたように、俺の彼らに対する見下しの視線や、小馬鹿にしていることに気が付いていたんだ。

 人間は、案外鋭い。


 自分が誰と関わるべきかを認識しなきゃならないから、自分に悪意や敵意を向けている人間を嫌うのだ。

 時に、その悪意に反抗し、行動に移してしまう人間もいる。心の弱い人間は、そんな行動を起こす人についていく。なんとも、惨めで無様な生き物なんだろうな、人間ってのは。


「そうだね。友達が出来るか分からなくて不安だったから嬉しい。よろしくね」


 けれど、俺だってその人間の一人なんだよな。

 群れなきゃならない。社会に順応しなきゃならない。

 それが人間なんだ。


 人は一人で生まれて一人で生きて一人で死んでいく? バカ言え、そんな訳あるか。人間は、一人じゃ生きていくことなんて出来ない。

 生まれる時も、死ぬ時も、それは一人かもしれないけれど。

 生きる時だけは、きっと周りには人がいる。いなきゃならない。


 その人間は、やっぱり俺の好きな人が良い。


「今日、食事会あるらしいけど、お前行くか?」


 窓から外を見下ろし、コーヒーを飲んでいる流星が、唐突にそう言った。


「行かない。なんか面倒くさそうじゃん」


 本当は行った方がいいんだろうけど、そういう場にいるのって、俺をいじめて楽しんでいたような人たちと同じような属性だろうし。それがなんとなく、嫌だった。


「乗った。俺もかったるいと思ってたんだよな。じゃ二人で飯でも行くか!」

「お、いいね。焼肉でも行こうよ」


 なんとなく、流星とは気が合うような、そんな気がした。


「ねぇ、その食事に女の子がいたらもっと楽しいと思わない?」


 俺達の会話を盗み聞きしていたのか、そう言いながら二人の女の子が歩み寄ってきた。


「私は柊和。こっちは今宮舞。法学部同士よろしくね」

「よ、よろしく……ね」


 可愛らしい女の子二人だったから、驚いた。

 けれど、流星の顔を見れば、納得がいった。普通に、かなりの美形だから。そりゃ、女の子も寄ってくるだろう。


「お、いいね。よろしく! 今日は四人で焼肉パーティだ!」

「やったね! じゃあ私達も参加! ……えーっと」


 柊は俺の方を見て、言葉が詰まっているようだった。要するに「名前教えてくれ」ってことなんだろう。


「俺は瀬井幽人。これからよろしくね」

「そっか。よろしくね、瀬井君」

「うん。今宮さんも、ね。これから楽しい生活が出来たら嬉しい」

「あ、うん。よろしくね」


 こうして、俺は今の友人グループと出会ったのだ。


 余談だが、この日の焼肉はじゃんけん負けが奢ることになり、無論、負けたのは俺だった。


   ■


「なぁ、聞いてるのかよ」

「え? あ、ごめん。なんだっけ」


 嫌なことを思い出している間に、話題は移り変わっていたみたいだ。

 で、問題なのは何を言っていたのか、俺は全く理解していないという点に尽きる。


「だーかーらー。みんなで遊びに行くの、どこが良いかなって話」


 あぁ、いつの間にそんな話題になっていたのか。


 どこがいい、ねぇ……。


「それを俺に聞くのは明らかに人選ミスだと思うけどな」


 だって俺、高校時代に友達と遊びに行ったことないし。大学入ってからもほとんど流星に合わせているだけだし。


「まぁ、それもそうだろうけどさ。行きたいところとかないのか?」

「行きたいところ……ねぇ……」


 あるには、ある。けど、大学生にもなって行くようなところかと聞かれたら、答えはノーなのだが。

 けれど、どうだろう、少しばかり、仲の良い人たちと行きたいな、なんて、柄にもなく思ってしまった。


「――遊園地とかは、行ったことないから、行ってみたいかな」


 さ、子供っぽいとでも笑ってくれ。人生でただの一度も行ったことがないのだ。


「へぇ、いいじゃん。そうすっか」


 だから、意外にも好感触だったことに、俺は驚かずにはいられなかった。


「本当か? そりゃ、楽しみだ」


 けれど、やっぱり。


 その場に千尋や結望がいないことが、どこか不満だったような、そんな気がしなかったかと言えば、やっぱりそれは嘘になってしまうのだろう。


 多分、今宮のことも、俺は嫌いじゃないし、好きだ。

 けれど、その好きが千尋に向けているものと、結望に向けているものと、果たして一致しているのかどうか。それは俺にも分からない。


 ――あぁ、そうか。千尋の言っていた、他の人とは違う好き、っていうあれ。こういうことだったんだな。


 ようやく、長い時間をかけて俺はいくつかの『好き』の形を理解出来た気がした。


 だとすれば、きっと、俺が彼女たち三人に向ける好意は、きっとどれもが本物で、どれもが異なる形のものなのだ。


 だとすれば、真に愛に近い『好き』というのは、果たして誰に対するソレなのだろうか。


 高校時代の同級生である佐藤千尋。

 中学時代のライバルである古部結望。

 大学の同期でありゼミ仲間の今宮舞。


 見つけることは、きっと困難なことではない。

 それが分かっていながらも、俺は、一人を選び、二人を捨てるということが、どうにも出来そうになかった。


 高校時代のいじめられていた経験が、それを許してはくれなかったんだ。

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