ふとした言葉で知る真理
「なぁ、幽人」
学食でラーメンを啜りながら、流星がそう言った。
俺は別段何かを食べるつもりもなかったのだけれど、流星曰く「隣で何もせずにいられると気が散る」とのことで、ありがたいことにカレーライスをご馳走してもらっている。
張り切って自炊を始めたものの、やはり俺には料理のスキルは一切も合切もなかったらしく、ようやっと人間が食べられるかどうか、くらいの物質を創り出すことが精一杯だった。
無論、味に関しては言うまでもなく、それ以来、俺はとりあえず炊いた白米を貪るだけだった。
だからこそ、このカレーライスの味と言ったら、極上のシェフが作った物と大差ないものにさえ思えた。
「なんだい」
閑話休題。
「お前、今宮のこと好きなのか?」
「ブッフォ!」
おい流星、奢って貰っておいてなんだが、カレー返せ。
「うわ、汚ぇな。そんな動揺するこたないだろ」
「唐突に意味分からない質問を投げかけられたことに対する正当な反応だと思うけどね」
「いや、意味分からないもなにも、柊から聞いたぜ。二人がなーんか良い雰囲気だって」
柊のやつ……どこをどう見れば良い感じに見えるんだよ。
「さぁ、どうだろうね」
「おうおう、随分と含みがあるねぇ」
含みなんて無い。あるのは多大なナルシズムと、多少の罪悪感だ。
「そんなことないよ。けど、もし俺なんかのことをそう思ってくれているなら、応えてあげたいなって思ってるだけ」
「ふーん。それ、義務感に駆られて、とかじゃねーの?」
「……さぁな」
生まれてからこの方、誰かに明確な好意を寄せられたことのない俺が、同時に三人もの女の子に好意を持たれて、浮き足立っている。
そんな現状は、心の奥底ではいけないことだと分かっていながら、やはりどこか俺の自己肯定感を高めてくれる今を、やっぱり手放したくはなかったのだ。
強欲だし、身勝手。エゴイストだってことは分かっているけれど。
仕方無いじゃないか。高校時代の俺に比べれば、幾分も輝いているんだ。
誰もが俺を許してくれなくても、あの日の俺は許してくれる。そう信じて止まないのだ。俺の、薄汚れた、吐き気を催す信念が。
「ま、なんでもいいけどさぁ。俺はてっきり、ちひろちゃんに恋してるもんだと思ってたんだけどな」
「バカ言え。俺とあの子じゃ立場が違うだろ」
何の気なしに、そう言った。
けれど流星の反応は、意外にも驚きのようなものだった。
「……へーぇ。そこを理解出来てるのか。それなら安心したよ。ま、色々ある世界だけど、間違っても店の子と付き合おうとか、そんなことは考えるもんじゃないよ。なんだかんだ言っても、生きてる世界が違い過ぎるんだから」
生きている世界、か。
まぁ、そりゃ、そうだろう。
高校時代の千尋を知っているからこそ、俺は彼女が抱えているであろう、大きな闇に、薄々勘付いている。勘付いてしまっている。
少なくとも、そういう子ではなかった。と、思う。
ああいう店で働く子を、否定するつもりなんて毛ほどもない。金を稼ぐ為には正当な手段だ。
けれど、少なくとも、彼女は、きっと。
そういう子では、なかったはずなのだ。
■
「今日も、机無いじゃん」
朝、登校して、溜息。
もう慣れたけれど、やはり、俺の心は痛むみたいだ。
見慣れた、景色。聞き慣れた、喧騒。
その全てが、今の俺には気持ち悪い。
どうして、人を貶めて笑っていられるのだろう。
どうして、人を貶める人を見て、何もせずにいられるのだろう。
――どうして、俺がいじめられているのだろう。
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