千尋も、結望も、今宮も。

「ねぇ、瀬井君、ここ最近変じゃない?」

「だよね。講義中もなんかぼーっとしてるっていうか」

「あれよ、恋でもしてるんだと思うの」


 同じゼミの女の子二人が、机に突っ伏している俺の様子を見て、こそこそと喋っている。

 全部聞こえているんだけど、別に突っ込む気にもなれない。


 あれから、三日。次の日にこそ千尋に会いに行ったものの、やはり学生である俺には大きな壁が立ちはだかった。


 そう、金である。

 割と高いんだ、JKリフレって。


 流星ほどバイトに命を賭けていない俺の収入では、そう易々と行けるものではない。今でさえ、今月の生活費をどうしたものかと考えているところだ。


 つまり、俺が今上の空なのは、千尋に恋をしているからとかではなく、ただシンプルに生活資金の問題を抱えているからなのだ。


 どう考えても、翌日に180分コースはやりすぎだったよな……んで、何をするでもなく、ただ適当に喋って、抱き合って、キスをして。

 思い出したら、また会いたくなった。


 けれど、口座残高がそれを許さない。


「あーあ、どっかに大金転がってないかなぁ……」


 なんて零したとき、やはりゼミ仲間達はいらぬ心配をし始めた。


「やっぱり、女よ女。お金って、貢がされてるんじゃない?」

「あー、なんか瀬井君って騙されやすそうだもんね」


 いかん、そろそろ看過出来なくなってきた。


「あのね、俺別にそんなに変なことをしてるわけじゃないからね」


 首だけを動かして、俺はそう言った。


「あ、あれ? もしかして聞こえてたの?」

「一から百まで丸聞こえだよ」


 同じゼミの二人、今宮舞いまみやまい柊和ひいらぎなごみの二人は、どうやら自分たちの声のボリュームを自覚していないようだった。


 同じゼミ内でもとりわけ美人だと評判のこの二人。黒髪ロングでキリッとした顔つきが特徴的な今宮は、その見た目とは相反してビビり、ドジ、天然という三連コンボを有していて、反面どこか気の抜けていそうなゆるふわボブが可愛らしい柊は、こう見えて少しばかり気が強い。


 どう見ても、見た目と中身が逆じゃないかなとは思うんだけれど、やはり人は見た目に依らないみたいだ。


 流星と今宮、柊の三人になぜか俺を加えた四人は、この学部では美男美女四人衆なんて呼ばれているという話も聞いたことはあるが、真偽は定かではない。というか、俺が入っている時点で偽りだと思う。


「いや、なんていうか、思い詰めてるような瀬井君を見るのは初めてだったから、心配で……」


 オロオロとしながら、今宮が言った。きっと、俺が今の話に怒っているとでも思っているのだろう。


「いや、怒ってないって。変に勘ぐられるのもなんていうか、アレだったから」

「ふーん。じゃあ直接聞くけど、幽人って彼女出来たの?」


 と、柊。眉間に皺が寄っているその表情は、特別怒っているということでもなく、ただ単純に癖、らしい。

 治そうと本人も努力しているらしいが、それで治ったら癖じゃないとのこと。

 難儀だな。


「いや、出来てないけど、なんでさ」

「はぁ、気付いてないの? 首だよ首」


 そう言いながら鞄の中から手鏡を取り出す柊。これが女子力というものなのかなと少々感服しながら、手渡された鏡で自身の首元を見た。


「え、なにこれ。あざみたいな」

「どこからどう見てもキスマでしょ!」


 キスマ?

 あぁ、キスマークのこと……って、は?


「ちょっとまって、これってキスマークなのか!?」

「それ以外にないと思うよ、あはは」


 苦笑いを浮かべる今宮。なるほど。


 この俺の首に存在する推定四つほどのあざは、押し並べて千尋に付けられたもの、と。


「で、それを付けたのって彼女じゃないのかなって話なわけ。でも彼女いないんでしょ? じゃあ誰よ」


 まずいな。ここで「JKリフレの女の子に付けて貰いました!」なんて言えるはずもないし、かといって今から彼女が出来ましたなんて言い訳しても怪しさ全開、信じてもらえないに決まっている。


「あ……あー! 分かった! この前実家に帰ったんだけど、その時についたのかな、犬飼ってて、甘噛みとかで!」


 我ながら、あまりに程度の低い言い訳だと思う。


「ふーん。だってよ、今宮」

「な、なんで私に言うのよ」

「べっつにー?」

「なんだ、何の話だ?」


 二人だけで話題を進めないで、俺の話題なのであれば少なくとも俺も入れてくれ。


「いやいや、幽人に彼女がいなくて舞がホッとしてるよって話でしょ」

「ちょ、っと! 和ちゃん!」

「……ん?」


 それってのは、つまりそういう……。


「ていうわけ。もう分かるよね。今度の土曜日暇でしょ?」

「まぁ、別に予定があるわけじゃないけど……」

「ならみんなで遊びに行こう。流星も誘ってあるから」

「随分唐突だね。いや、別に良いけどさ」


 結局、真相まで語られることはなかった。けれど、恐らく、多分、きっと、今宮もまた、俺になにかしらの感情を寄せているとしか思えない。

 そんな、柊の言動。


 どういうわけだか、今、俺には俗に言うモテ期っていうものがきちゃっているのかもしれない。


「き、来てくれるの? 瀬井君も」

「うん。誘ってくれたんだから、喜んで参加させてもらうよ。ありがとう、今宮さん」


 だからこうして、そうであればと、今宮にもいい顔を見せてしまう俺は、やっぱりだらしないのかもしれない。


 自分に好意を向けられたことがない人間ほど、一度に多く迫られれば、一人を決めることは出来ないんだ。


 第一、俺と千尋は恋人ではないし、そもそもあの密室での関係性に過ぎない。だから、それとこれとは別だろうと、身勝手にも決めつけてしまうのだ。


 欲張りで、傲慢。どうしたって、俺に好意を向けているのであれば、嫌うことなんてないだろうみたいな、狡い考え。


 千尋も、結望も、今宮も。


 俺は多分、好きなんだと思う。

 その中で頭一つ抜けているのが千尋というだけで。そもそもそれも、高校時代の恋心が再燃しているだけで。

 まぁ、そんな言い訳をして、自分の欲望を正当化しようとしているだけなんだけれど。


 清々しいまでに、人間という生き物を謳歌しているよね、俺って。


「あ、ありがとう! 楽しみ、だね」

「うん。とっても楽しみだ」


 個室の中の恋人である千尋と、中学時代の同級生である結望。大学のゼミ仲間である今宮。

 きっと、彼女たちが全員異なる立ち位置にいるから、こそ。


 俺は、どうしようもなく、三人ともを愛してしまいたいと思ってしまうんだ。

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