俺の部屋、女の子一人
「これが幽人の部屋ねぇ。なんか男の一人暮らしーって感じだね」
「悪かったな、何もなくて」
結局、品物の袋詰めは結望に任せ、荷物係は俺――当然だけど――という形で、我が家へと帰宅した。
可愛らしい女の子とレジ袋を抱えて並んで歩く行為は、なんとなくの幸福感があった。けれど、それが結望じゃなくて千尋なら良かったのに、なんて考える自分自身に、酷く嫌悪感を覚えたのも事実だった。
「まぁとりあえず食材は冷蔵庫に入れるとして、調理器具はある?」
「一応、引っ越しの時に親が一通り揃えたよ。多分まだ全部新品」
結望は「宝の持ち腐れだね~」なんて零し、それから鼻歌を口ずさみ、テキパキと準備を始めた。
なんていうか、ギャルっぽい見た目からは想像出来ない家庭的な姿は、不覚にも俺のツボを的確に刺激した。
「じゃあま、適当に作っちゃうから、テレビでも見てて待っててよ」
「俺もなんか手伝うよ、流石に全部任せるのは――」
そう言いかけた俺の顔を見る結望の表情は、さながら「はぁ?」だった。
「いや、いられる方が邪魔だから。そら散った散った。包丁なんて持たせたら救急車呼ぶ羽目になるでしょ」
散々な言い分だが、断固として否定出来ないのが悔しいところだなぁ、なんて、適当なことを考えながら、おずおずと引き下がった。
仕方無しにテレビを点け、ザッピング。時刻はまだ十二時過ぎ。昼時のニュースバラエティ番組しかやっていなかった。
そういう番組にさほど興味のない俺は、テレビを消し、スマホを弄り始める。
入っているアプリはそう多くなく、友達との連絡用のMINE、それからツビッター。それら雑多なアプリのみ。
如何せん質素なホーム画面だが、大学生のスマホなんてそんなものだろう。
なんて流星に話したら、わびしいヤツだな、なんて言われたっけな。
ふと、流星のことを考え、思い出した。
昨日、流星に見せられた、あの店の掲示板。そこへの書き込み。
『分かる。ツビッターではあんな振る舞いのくせに、いざ会うと全然だよ。なんなんだアイツ』
なんて、悪意を。
ツビッター、やってるのか、千尋って。
多分、それはお店用のアカウントだろう。けれど、俺はどうしようもなく、気になってしまった。
しかし俺は、JKリフレ用なるアカウントなど持ってはいない。自分のアカウントを使っても良いが、それはどことなく、気恥ずかしかった。
と、いうわけで、アカウント作成を始める。メールドレスやIDを入力。その後に現れた項目。
「ユーザーネームか……」
数秒、思考回路を巡らせ、やっぱり単調に入力『ユージン』。
そもそも、俺のアカウント名がどうとか、あんまり関係ないだろうな。つぶやきを見るだけだし。
ものの数分でアカウントは完成し、そこで気が付いた。
――俺、千尋のアカウント、知らないじゃん。
早くも計画は暗礁に乗り上げたな……とりあえず、いくつかの情報を頼りに検索してみるか。
とりあえず、大前提としての『ちひろ』そして『リフレ』おまけに『秋葉原』。検索をかけ、出てくる情報。
すぐに、見つかった。
プロフィール画像は自分の首から下。どうやら顔を出すようなことはしていないらしい。
そのアカウントを開き、つぶやきを見てみる。
率直な感想は、凄い。だった。
接客した客への感想ツイートを、およそポジティブで固めた文言で書き連ねていたのだ。
きっと、これは昨日すれ違った男の人だろう。
とすれば、俺も? なんて、妙に心が躍る。俺のことをどんな風に書いているのだろうかと、少しばかり気になってしまったのだ。
急く心に、もう一人の俺が一喝。「別に期待なんてしていませんが?」みたいなスタンスで、つぶやきをスクロールした。
なかった。
俺への感想。
まさか見間違いだろうと思って、何度も上下にスクロールしたけれど、やっぱり見つからなかった。
心が、果てしない穴に落ちていくような、そんな感覚がした。すーっと力が抜けていくような、心臓がキリキリと痛むような、そんな感覚。
結局、彼女にとっての俺ってなんなんだろう。ただの客? いや、感想すらつぶやかれてないことから察するに、それ以下? じゃあなんであんなことを。
そんな考えが頭を支配する。
出た結論は、『普通に男としてナシ過ぎて弄ばれた』だった。自分でも思うよ、卑屈だって。
でも仕方がないと思う。あれだけのことをしておいて放置は、流石に堪える。
それから、俺はスマホをベッドに放り投げ、横になる。
ベッドとテレビ台、それからハンガーラックくらいしかないカーペットは、俺一人が寝転んでも余裕なくらいには、広かった。
俺も、これくらいの心の広さがあれば良かったな、なんて考えながら、気が付けば眠りに落ちていた。
■
「おーい、起きろ~」
どれくらい寝ていたのだろうか。結望のそんな言葉で、俺は目を覚ました。
「あ、ごめん。寝ちゃってた」
「いや、別に良いって。で、出来たから」
「そっか……って、これ全部結望が作ったの?」
目の前に並べられていたのは、豪華な献立。このテーブルにここまで華麗に食事が並べられているのを見るのは初めてのことだ。
「冷める前に食べちゃおうぜ。いただきます」
「そうだね。じゃあ、いただきます」
そうして俺は、まずピーマンの肉詰めを口へと運んだ。
無駄なく肉汁が凝縮されたそれは、アルコールで疲弊した俺の胃が元気になっていくのを感じた。
「お、おいしいな……これ。いつの間に料理出来るようになったんだ」
「ま、あたしにも色々あるってことだよ。喋ってないであたしのご飯に集中しな」
「は、はい」
まるでお母さんじゃないかと。
それから俺は美味しそうなサラダ、焦げの一切無い綺麗な卵焼き。その他諸々をこれでもかと堪能する。
そんな中、結望が口を開いた。
「ねぇ、幽人。今彼女とか、いるの?」
「いたら結望を部屋にあげたりしないでしょ?」
「そ、そっか」
そうして、俯き、もじもじしながら食事を再開した。なんだ、結望のやつ。
それからは、無言。特別何があるでもなく、俺は絶品と言って差し支えのない昼食を堪能した。
食器洗いを引き受けた俺は、シンクでスポンジをゴシゴシとこする。
そうして、ずっと気になっていたことを言ってみた。
「そういや、結望は今日大学の講義ないの?」
俺はサボり。では結望は? それが率直な疑問だった。
「あるけど、まぁいいかなって」
「いいかな……って、単位落としても知らないからな」
「分かってないなぁ。単位よりも大切なものっていくらでもあるんだよ?」
俺にとって単位より大切な物なんてない。ない……と思う。多分。
「あ、でも今日はバイトがあるけどね」
「へぇ、なんの?」
その見た目で出来るバイトなんて限られているだろうに。
「接客ぎょー。夕方からだからまだ時間はあるし、ゆっくりさせてもらうよ」
そう言って、結望は俺のベッドに寝そべった。普通、そういうの気にすると思うんだけどなぁ。
ていうか、接客って……その店の採用担当、大丈夫なのかな。
「そうかい。あ、俺昨日遅くまで飲んでたせいで風呂入ってないぞ。だから多分、シーツ汗臭い」
「ぎゃ! 不潔! そういうのは先に言えよ!」
「……言う前に飛び乗ったのは結望でしょ」
「まぁそうだけど!」
そこで、ちょうど俺は食器洗いが終わった。
そういえば、俺は家を出る前に軽くシャワーしただけだったな……。
「俺は今から風呂に入るよ。飲み物とかは好きに冷蔵庫からとっていいから。そんじゃ」
そう言い残した俺は、着替えとバスタオルを持ち、風呂場へと向かった。
脱衣、その後、入室。
椅子に腰掛け、シャワーを全開にする。この時期ともなれば、少し冷たいくらいのシャワーが心地よい。
「~~」
俺がいつぞやに聴いた、歌詞の知らないJ-POPを口ずさんでいる、その時だった。
「邪魔するよん」
けたたましい音と共に扉が開け放たれ、身体にタオルを巻いただけの結望が入ってきた。
「うわっ! おい、どういうつもりだよ!」
「どう……って、まぁ、一宿一飯のお礼? みたいな。お背中流しますよーって」
「一飯はわかるけど、一宿はしてないだろ!」
完全に無防備だった自分を見られた恥ずかしさから、つい声が荒くなる。けれど結望はそんなこと知るかと言わんばかりに、俺の背中を手でなぞった。それが中々くすぐったくて、それでも少し気持ち良かった。
「バイト終わったらまた来るよ? ま、先払いってことだよ。というわけで、今晩は泊まるね」
「いや、それは色々問題があるだろ。それに結望には結望の家が――」
そこまで言いかけて、俺の背中に柔らかな感触が触れた。鏡に映る姿は、あまりにも淫らで、思わず俺は、身体の血流がどんどんと加速していく感覚を覚えた。
背後から俺に抱きついてきた結望は、耳元で、まるでさっきまでとは別人格なのではないかと疑ってしまうくらいにか細い声で、
「何も聞かないで。一緒にいてくれるだけでいいから」
なんて言った。
だから俺は、千尋に対する変な意地みたいな、不貞腐れたようなそんな感情で、
「いいよ。じゃあ、今晩は一緒にいようか」
なんて、軽々しくも言ってしまったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます