寝坊のち二日酔い、ときどき女の子
「あーあ。二日酔いでちょっと頭痛いし、一限は寝坊するし。散々だな」
ベッドの上に寝転がりながら天井を見上げ、ぽつりとそんな言葉を吐き出した。
流星は今頃何をしているのだろう、なんて考えたりもしたけれど、やっぱり頭に浮かぶのは、千尋が今何をしているのか、だった。
千尋の身体に触れた感覚を、今でも手が覚えている。柔らかくて、暖かくて。それでも俺を拒まずに、優しく俺そのものを包み込んでくれるような、そんな感覚。いっそそのまま溺れてしまいたいとも思ってしまう。
あの店の場所は、もう覚えた。でも、一人で行くのは、少し心細かった。やっぱり、ちょっと怖い。
枕元のスマートフォンを手に取り、時刻を確認。そろそろ一限も終わる。
今日は、大学に行かなくていいや。なんていうか、昨日の幸せを一人で噛み締めていたいから。
「とはいえ、腹が減ってるのも事実なんだよなぁ……」
一人暮らしの大学生ともなれば、冷蔵庫にまともな食材なんて準備されているわけもない。もっぱらコンビニ弁当が主食だ。
でも、だ。もしこれから、千尋に会うためにあの店に行くのだとすれば、少しでも節約をするべきなのではないかとも思えるのだ。コンビニの弁当、毎日買うと結構な出費だし。
――面倒だけど、自炊するか。
そう思い立った俺は、汗ばんだ身体をシャワーで流し、それなりに気を遣った服装で家を出た。
俺の住む格安ワンルームアパートから最寄りのスーパーまで、徒歩で約三十分。外れとはとはいえ東京でこれは、格安であることが頷ける立地の悪さだろう。
要するに俺は、ここから片道三十分歩き、買い込んだ食材を抱えながらもう一度三十分歩くという訳であって、考えるだけでも骨が折れる。
けれども、昨日の行為を思い返していたら、案外あっという間に辿り着くものだった。
■
買い物かごに突っ込まれた食材をレジ打ちのおばさんが目にも留まらぬ速さで捌いていき、あっという間にお会計。しめて四千円と少し。張り切って買い込みすぎかとも思ったが、生憎俺は形から入るタイプなのだ。
当然、エコバッグなんて気の利いた物を俺が持っている訳でもなく、レジ袋を購入。サッカー台で袋に商品を詰め込んでいる時のことだった。
「そんな入れ方じゃ、食材がダメになっちゃうぞ?」
不意に、そう声をかけられたのだ。声に聞き馴染みはない。つまり大学の友達に遭遇したわけでもない。では誰が? 少なくとも知り合いではあるのだろうが。
恐る恐る振り返ってみる。そうして、驚いた。
全然知らない美少女が立っていたから。
「あ……えっと、そうなんだ。ごめん、あんまり経験なくて」
どういうつもりで俺に声をかけたのか、分からない。よもやスーパーマーケットで逆ナンなんてことがあるはずもなかろうに。
「あ、あれ? もしかしてあたしのこと覚えてないの?」
「……えっ?」
覚えていない? ってことは、少なくとも彼女は俺のことを知った上で声をかけてきたのか?
いや、しかし。俺の脳内をどれだけかき回してみても、彼女の映像が見つからない。
「あー、やっぱり覚えてない!
「ふるべ……? ん…………ん!? 古部って、あの古部結望か!?」
「あのってなにさ! 結構感動の再会だと思うんだけど!」
古部結望。俺の中学時代の同級生。気が付かなかったことには、一つだけ理由がある。
圧倒的な容姿の変化。それだった。
少なくとも中学生の頃は、それこそ俺の高校時代のように根暗で、人とあまり話さないようなキャラクターで。休み時間にだってひたすら勉強をしているような、そんな生徒だった。
そんな子がこんな、所謂ギャルみたいな、そんな人間に変貌していたのだから、思い出せないのも無理はないだろう。
――それって結局、千尋が俺を覚えていないのと同じ理由じゃないか。
「いや、ごめんごめん。まさかガリ勉古部って呼ばれてた結望がこんなに可愛くなってるなんて思わなくって」
「か、可愛い? 私?」
不意に、頬を赤らめる結望。
「え? うん。そりゃもう、びっくりして見蕩れるくらいには」
当然、正直な気持ち。千尋に引けをとらないレベルの顔面偏差値だと思う。
千尋も髪を染めていたが、結望はそれとは比べ物にならないくらい奇抜なヘアスタイルをしていて、金髪に赤のメッシュが入っている。
長い前髪とメガネのせいでよく見えなかった顔も、いざ見てみれば当時のクラスで一番だろうと思える整い方で、人間の成長ってのは斯くも素晴らしいものかと感じさせる。
千尋とは違い、大きな胸も、その可愛さをいっそう際立てていると思う。
千尋が清純派な美少女だとすれば、結望はギャルテイスト美少女みたいな、そんな感じ。土俵が違うから、比べるのもおかしな話だけれど。
「んもー! そんなこと言って、おだててもホイホイついてくような安い女じゃないんだからね!」
「いや、そういうつもりじゃないけど……」
容姿の変化と共に、性格も大きく変わってしまったようである。まぁ、明るいのであれば悪いことでもないだろうけど。
「ていうか、なんか意外だな。幽人がスーパーで買い物って」
「いや、俺も初めてだよ。色々あって自炊することにしてさ。だから袋詰めもこんな有様って訳」
「ふーん。幽人、今大学生?」
「そ。赤山学院大学の法学部」
別にこれは、俺の通ってる大学偏差値結構高いだろゲへへ、みたいなマウンティングではなく、中学時代の知人であれば自然と「へぇ、どこの大学?」みたいな話になることを見越した上でのショートカットだ。
「え! 運命感じちゃうね! 私も赤学だよ!」
「ふーん……んぇ!?」
驚きの事実であった。
まぁ、大学って某ドーム何個分みたいな、そういうレベルの広さだし、うちの大学は生徒数も多い。一年と少しで一回も会っていないことは、そんなに珍しくはないだろう。
「でも私は文学部だけどね」
「そういや、結望は昔から頭良かったしな。なんならもっと良い大学行ってると思ってた」
「買いかぶりすぎだよ。で、貧乏大学生の幽人はこうして自炊を始めることにした、と」
「そういうことだね」
そんな俺の答えを聞いて、結望は顎に手を当て、何かを考えるような仕草を見せた。
しばらくレジ打ちのピッなんて音が鳴り響く中、結望は口を開いた。
「でも、幽人、料理出来るの?」
「……」
沈黙。ひたすらに沈黙。
「アレ覚えてる? 中二の時の調理実習」
「おぼえていませんな」
はて、なんのことやら。
「あの中学の歴史で、調理実習でボヤ騒ぎを起こしたのって幽人だけだって話だよね」
「あっはっは。そんなことあったかなぁ」
あの中学校どころか、全国の中学校でもごくごく稀だろう。
「今アパート暮らしでしょ? そんな幽人に料理を任せるの、ちょっと心配だなぁ。あ、もちろん他の住人さんがね?」
「俺をなんだと思ってるんですか」
さすがに俺も成長したし、多分目玉焼きとかくらいなら難なく作れると思う。オムライスは多分無理だけど。
「と、言うわけで、あたしが今から幽人の家に行って料理を作ってあげよう」
「……なんでそうなるんだ」
話が飛躍しすぎではないだろうか。男同士ならまだしも、異性二人が狭い部屋に会するってのは。
そこで、昨日の一件を思い出し、顔に熱が帯びた。相変わらず、分かりやすい身体だ。
「まぁまぁそう言わずに。あ、エッチなことはダメだからね~?」
「最初からそのつもりだから安心して良いよ」
好きだった人に誘われても手を出さなかった……もとい出せなかった男だし、甲斐性のなさは折り紙付きだ。
「そっか。それなら早速案内してよ!」
「はいはい。狭いけど文句言わないでよ」
自分でも、二日連続で女の子と狭い部屋で二人きりになるなんて、予想だにしていなかった。
それに、彼女と過去に起こったことを考えれば、こうして明るく声をかけてきたことも、驚きだった。
彼女がそれを覚えているのかどうかは分からないけれど。
~あとがき~
当作品、【JKリフレで指名した人気No.1キャストが、高校時代のアイドル的同級生だった。】ですが、私が思っていた以上の反応を頂けており、大きな喜びを感じると共に、非常に励みになっております。
応援や作品フォロー、☆もちらほらと押していってくださる読者の皆様のおかげで、喜ばしいことにラブコメ日間ランキングで24位という、私としては考えられない高順位に手が届きました。応援もフォローも☆も、本当に一つ一つに感謝しています。本当にありがとうございます。
そして連載を初めて最初の日曜日ということで、本日は二話投稿をすることとしました。
第六話は、本日17時更新です。
これからも【JKリフレで指名した人気No.1キャストが、高校時代のアイドル的同級生だった。】をよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます