リフレオプションの裏表
「エッチ、しよっか」
けれどそんな言葉で、俺はいきなり現実に引き戻されたようなそんな感覚を覚えた。
そういう事をする場ではないと、表向きでは言われているはずだ。だから、”裏”オプションなのだろう。
つまり本来するべきではない、禁止された行為なんだって事は、この世界に疎い俺でも理解出来た。
「いや、まってよ。俺と君は今日、さっき初めて会ったばかりで、そういう事をするのってどう考えても早くないかな」
必死の、反論。
したくない? いや、そういうわけではない。だって好きだった人だ。当然そういう事だって考える。
でもやっぱり、彼女が俺を一客だと認識している事が、心のどこかでは気に入らなかったんだと、そう思う。
高校時代、同じクラスだった俺だと気付いて欲しい。そんな思い出をお互いに重ね合わせて、その上で交わりたい。そんなわがままが、俺を支配している。
「ひゅー。ここで二つ返事で乗ってきたらちょっと幻滅するところだったよ。やっぱり優しいんだね」
「優しいっていうか、気遣いっていうよりは保身? なんだと思う。多分この店ってそういうことして良いお店じゃないと思うし。なんか後から怖い人とか出てきたらなって」
当然、本音。漫画とかでよくあるやつ。正式には
「気にしすぎだって。結構グレーだけどさ。しかも私は君からお金はとらない。もうそれって、自由恋愛みたいなものじゃない?」
「なんていうか、屁理屈?」
「まぁ、そんなとこ? で、どうするの?」
既に制服を脱ぎ捨てた彼女のワイシャツのボタンは全て外され、その下に着ていた薄ピンクの下着が、その布の隙間から露わになっていた。触れた時にも感じた通り、決して豊満であるとは言えないが、それでも俺にとっては、何よりも綺麗で、美しいものだと思えた。
「その、お誘いは、嬉しい。俺も君の事が好きだから。きっと一目惚れだったと思う。でもなんでかな、ちょっと嫌だなって気持ちもある」
「嫌? なの?」
なぜか、少し悲しそうな表情。分からない。初対面だと思っている相手に身体を許そうと思ったその感情もさることながら、少しでも拒絶的な反応をされて、そこまで残念そうな、儚い表情を見せられる彼女が、俺には分からなかった。
「でも、もし君のその気持ちが偽らざる本音なのだとすれば、俺は君としたいと思う。けど、それって今なのかなって、思うんだ。今、俺と君の間には明確に金銭のラインが引かれている。俺が客で、君がリフレの女の子。俺が金を払ってこのお店に来なければ出会わなかった二人だろ? それって、なんていうのかな、嫌なんだよ」
そう語ってみるも、彼女の顔は不可解そうな色で染まっていた。まるで理解出来ませんとでも言いたげに、肩まで伸びた綺麗な髪を、指でくるりくるりと回すのみ。
「じゃあ、こういうお店じゃなくて、もっと素直に出会っていたら、君と私はもっと深く繋がれたのかな?」
「そうかも、しれない」
ていうか、そうだ。少なくとも俺は、千尋と素直に出会っていると思う。けれど、そこから深い仲に進展することなんてなくて、気が付けば卒業を迎えていた。
確かに、高校生の頃と比べれば容姿も変わったし、雰囲気もまるで違うだろう。けれど、それでも俺に気が付かない千尋に、今客として来ただけの俺に身体の関係を持ちかける千尋に、くだらない嫉妬心のような、自分の思い通りにならないことに対する不満なんかを抱えていた。
欲望の赴くままに、彼女の最後の砦を引き剥がしてしまえば、どれだけ楽だろう。どれだけの快感だろう。
それでも、俺は自分が思い描く性交というものに、まるで子供のような眼差しを向けていたのだ。
「でも、やだ」
「え?」
答えは、ノーだった。
つまり彼女にとって、俺とそういう、性的な行為をすることは絶対的条件なんだろう。
「わざわざここまできて、それに私の気持ちまで奪ったくせに、何もしないなんて、私が許さないよ。ねぇ、今日だけはお願い。私の思い通りの人になってよ」
そんな、懇願。その台詞を吐くことに、どれだけ勇気を振り絞ったのだろう。どれだけの羞恥が彼女を襲ったことだろう。
そんな事を、彼女の口から吐かせた俺は、なんて不甲斐ないのだろう。
女の子に、そんな恥をかかせるなんて。性的なことがしたいというお願いをさせるなんて。そんなの、男がリードしなきゃならないことだろうが。
――なんて愚かな大馬鹿者だろうか。
「そ……っか。わかった。でも、最後まではいかない。最後の一線は越えられない。それだけは、譲れない」
だって、俺は、屈託のない笑顔で笑っていた彼女が、クラスで浮いていた俺にも声をかけてくれた彼女が、好きだったから。
今の彼女の笑顔には、そんな純粋さが見えなかった。何を抱えて生きているのだろう。そんな理由があって、この店で働いているのだろう。
そこまで踏み込む権利は、きっと今の俺にはない。
「いいよ。受けて立とうかな。でも、どれだけ私にエッチなことをされても、そんな理性を保っていられるのかなぁ? 我慢出来ないくらい興奮させてあげる」
「はは、変わってるね」
変わったね。そう言ってしまいたかったけれど、言えなかった。
それを言って、実は高校時代の同級生だったことに気が付いたとして、この話を無かったことにされることが、どうにも惜しいような気がした。
結局俺は、一人の男だったんだ。
「じゃ、するよ?」
艶やかな瞳で、なまめかしく笑いながら、彼女は自ら最後の一枚を脱ぎ去った。
露わになる彼女の上半身。依然として響き渡っていた爆音がまるで聞こえなくった。
意識が、彼女の生まれたままのその姿に釘付けになったのだ。それ以外のことに、少しでも意識を割くことがもったいない。そんな感情に埋め尽くされていた。
どれだけ格好付けたことを言ってみようが、結局は俺だって男なんだ。好きな女の子の裸を見て、興奮しないわけがない。
理性のたがは、既に限界を迎えていた。
そうして生まれた衝動。
抑えきることの出来なかった欲情、性欲の奔流。
「さっきは布越しだったけど、次は肌と肌だね」
だから、そんな事を言いながら、俺の顔面に柔らかな胸を直接押しつけてきた彼女を、いっそこのままめちゃくちゃにしてしまおうかと思った。
千尋が良いと言っているのだから、別に良いんじゃないかって、そんな風に。
「どう? 暖かいでしょ? 女の子って暖かいんだよ」
「う、うん。そうだね」
暖かい? そんなもんじゃない。熱い。俺の顔の熱に、千尋の胸の体温。冷房の効いている室内といえども、その情動は誤魔化すことが出来ない。
「ハグじゃあもう我慢出来ないかな? じゃあやっぱり、こうしよ」
俺の頭を抱きかかえた状態から、そのまま下へスライド。
気付けば、千尋の顔は、俺のすぐ目の前。相手の吐息を肌に感じられるくらいの距離。高校時代では、到底あり得なかった距離。
それが、結局JKリフレというお店によるものであっても、今は、それで良かった。
「次は、君からして欲しいな。……あ、君って呼ぶのもなんかあれだね。名前、教えてよ」
「俺はせ……あぁ、いや。ユージン。よろしくね」
本名の
「そっか。ユージン。キス、してよ」
「その前に、一つだけ」
「なーに?」
「なんで、俺? 他の人にも、そんな感じ?」
「まさか。ユージンだけだよ。私が好きなのは」
営業トークみたいな、社交辞令みたいな、そういうものだろうけど、今は、なんとなく、その言葉が俺の背中を押してくれた。
「俺も、好きだよ。千尋」
「うれし……んっ……」
千尋の唇に、俺は力任せに自分の唇を押しつけた。
俺の腰に手を回し、そのまま抱き寄せる千尋。思わず俺も、真似るように千尋を強く抱き締めた。
口内に侵入してくる柔らかい物体が、千尋の舌であると認識することはさほど難しいことでもなく、すんなりと受け入れられたし、俺もまた、千尋への思いをぶつけるように、侵入者を受け入れ、寧ろ丁重に扱うかの如く、自らの舌を絡めた。
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