第30話【エピローグ】
【エピローグ】
三日後。
軍用の軽トラックに揺られながら、俺はラジオのボリュームを上げた。
《――現在、軍司令部前では盛大な慰霊式典が行われており、今回の首都襲撃に際して命を落とした兵士たちの――》
小さく舌打ち。どのチャンネルも同じ放送ばっかりだ。きっと国民の士気を高めようという国策なのだろうが、嘘塗れで聞く気がなくなってしまった。
首都に潜入していたテロリストたちは全員射殺されたと、政府は喧伝している。それが俺にとって、最も気に食わない点だ。
暗号通信を傍受していたルイスによれば、俺が逃げるように促した少年兵たちは、無事仲間の下へ辿り着いたらしい。
あの時は、もうお前らに会うことはない、と言ってしまったが、果たしてそうだろうか。首都への潜入に成功した者として、再び似たような任務に就かされはしないだろうか。
そしてその時、俺の手元に傷痍軍人用の拳銃があったなら、俺は躊躇いなくそいつを殺せるだろうか。
「ここから道が舗装されてないから、揺れに気をつけて」
「へいへい」
運転席から俺に注意を促したのは、リールだ。ステッパーの操縦資格獲得と同時に、自動車の運転免許も取ったらしい。もちろん特例ではあるが。
「それと、あんまり舌打ちしないで。あたし、それあんまり好きじゃない」
「左様ですか、准尉殿」
そう答えながら、俺は窓の外に目を遣った。
リールの態度は、この三日間で大きく変化した。一言で言えば、人間臭くなった。小言を言ったり、愚痴を漏らしたり、感情的な発言をしてみたり。
こっそり医師に訊いてみたところ、リールの脳内の感情を司る部分が、急速にその機能を取り戻しつつあるという。原因はよく分かっていないが、三日前に負傷した俺に泣きついてきたのがその端緒なのではないかと、俺は思っている。
さて、俺たちは首都を離れ、どこへ向かっているのか。一言で言えば、海だ。平和で海に面した国では、夏場に海へ行くのは一種の風物詩なのだとか。
呑気なものだ。敵性勢力の上陸に備えた地雷などが砂浜に埋まっていたら、どうするつもりなのだろう。
俺たちの場合は問題ない。高い岸壁を目指しているからだ。誰もこんなところから上陸しようとは思うまい。
がたん、とトラックが軽く揺れた。同時に背後から、うわっ! という声がする。
「ルイス、もう少し我慢してくれ。じき到着するから」
ああ分かった、との声が再び背後から響く。
今更だが、このトラックの荷台にはルイスと、彼の身柄を拘束するための要員が二人乗っている。階級は曹長だ。俺やルイスよりは偉いが、リールほどではない。
今回の『任務』を行うにあたり、どうしてもルイスを連れ出す必要があったのだが、その身柄は拘束されていなければならない。ルイスは今回発生したテロ事件において、敵を首都に招き入れた張本人だ。見張りと護衛を兼ねた人員が必要になる。
そこでリールが、式典会場で警備にあたっていた曹長二人を半ば無理やり付き合わせたのだ。
「でもデルタ、こんなにまでして遂行するほど重要なの? この『任務』は」
「ああ、重要だな」
俺はリールに答える。どうやらリールは、俺がついタメ口を利いてしまうことに呆れたらしい。もう、自分が上官なのだ、と騒ぐこともなくなった。
「ここは思い出の場所だって、教えてくれたのはリールだろう? リアン中尉と来たことがあるって」
「ええ、そうね」
「あんなスモッグ塗れの首都に埋められるより、こっちの方が中尉も喜ぶさ」
「じゃあ、ロンファ伍長は?」
「ああ、あいつも、海を見たことがないって言ってたんでな。ずっと密林や山岳地帯を駆け回っていたんだ。今更だけど、あいつに海を見せてやりたい」
俺が発案し、リールに協力を要請した『任務』。
それは、リアン中尉とロンファの遺骨を、見晴らしのいい海岸の高台に埋葬することだった。
海に散骨するという案も出したが、これにはリールが反対した。姉に二度と会えなくなるように思ったのだろう。子供らしいなと思ったが、実際、俺自身も心のどこかで寂しさを感じていた。
わざわざルイスを連れてきたのも、彼にだってリアン中尉とロンファに別れを告げる権利があると思ったからだ。
「よし、このあたりでいいんじゃないか? 降りよう」
俺は窓から顔を出し、海風に打たれながら声を上げた。
ゆるゆると減速する車体。俺は顔を引っ込め、トラックが(ステッパーに比べれば)大人しく停車するのを待った。
「おっと……。ルイス、着いたぜ」
どんどん、と座席の背後の金属板を叩くと、すぐに了解、という返事があった。
俺は我ながら器用に右腕だけでトラックを降り、全身の筋肉で身体を支えた。
「デルタ、あなたも海を見るのは初めて?」
「ああ、そうだな。思ったより赤いんだな、海って」
「まさか今が夕暮れ時だってことを忘れてるんじゃないでしょうね?」
「ふざけただけだよ」
リールとそんな言葉を交わしていると、ルイスが遺骨を持ってきた。丁重に箱に入れられ、シルクのような素材でできた布で囲まれている。
二人の曹長も海に来たことはなかった様子で、こんな間近で海を感じる機会を与えてくれたリールに感謝していた。
スコップや資材はトラックに積まれていたが、俺が満足に動けないので、埋葬するための穴掘りは曹長任せになった。この暑い中、夕日を遮るものもなく、随分とよく働けるなあ、というのが俺の素直な感想だ。
それでも土が固かったのか、十分な深さに達するにはしばしの時間を要した。
遺骨を穴に下ろし、スコップで土を被せる。
感極まったのか、リールが目のあたりを擦り始めた。こういう時、俺は何をしてやればいいのだろう?
子供っぽい時と大人びている時とで、リールは人が変わったようになる。さて、どうしたものか。
土を被せ終わったルイスと曹長たちは、ぼんやりと夜空を見上げている。
つられた俺が視線を上に遣ると、ちょうど星々が姿を現すところだった。そうだ、これだ。
「あっ、流れ星!」
俺が指を適当な方向に差しながら叫ぶ。リールはぴくり、と肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
それから充血した目を軽くつり上げ、俺に文句をぶつけてきた。
「見えないじゃないのよ、流れ星なんて」
「お前が顔を上げるのが遅すぎたんだよ」
でも大丈夫だ。星屑は無限に散らばっている。俺もリールも血の繋がった家族は失ってしまったが、世界に絶望しているわけじゃない。
別れがあるのなら、出会いもある。そう信じて、俺たちは今の世の中を生きていくしかない。
その時、
「あっ……」
俺は思わず声を漏らした。見えたのだ。流れ星が。リールに教えてやったのとさほど変わらない場所に、音もなく、すっと夜空を横切っていった一直線。
俺もリールも、ゆったりと夜空を見上げるのは久しぶりだったな。いや、俺の場合は見ようとしなかっただけだったのかもしれないが。
しかし、あの光の尾を引く物体を、曳光弾と間違える奴はいないだろう。
いつか曳光弾、なんて言葉が死語になって、皆が流れ星に願いを懸けられる世界がきたらいい。
そんなことを夢想しつつ、俺は右腕を腰に遣って夜空を見上げ続けていた。
THE END
星屑のグレイヴ 岩井喬 @i1g37310
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