第27話

 濛々と砂塵が舞うのを背景に、再び急接近を試みる敵機。この体勢からの斬り合いは不利だ。

 俺は弾切れを起こしていたリボルバーを、敵機に勢いよく投げつけた。よほど慌てていたのか、敵機はなんとかリボルバーを斬り払い、減速する。


「今度はこっちの番だ!」


 自由の利く右腕に無骨なサーベルを握らせ、今度は俺が滑空して接敵。敵機が翳したレイピアとぶつかり合い、ギィン、と甲高い音を立てる。

 サーベルもレイピアも、既に高熱を帯びている。ステッパーの装甲板とはいえ、接触されたらただでは済むまい。


 こうして斬り結んでいる最中のこと。俺はリールが操縦していた時の、バーニーのフットワークを思い出していた。

 あれは流石に機体性能だけではなく、リールの操縦技術がハイレベルだったからこそできた芸当だ。だが、それに近いものを、俺は眼前のバーニーから感じていた。


「こいつッ!」


 バーニーのパイロットは、戦いながら学んでいるのではないか。操縦のコツを掴みつつあるのではないか。

 だとしたら、速攻で戦いを終わらせるしかない。かといって、それが敵の狙いである可能性も高い。

 俺はわざとサーベルを大振りし、敵機を退かせる。すかさず左腕の自動小銃を連射して足止め。弾切れ間近だったので、それも投げつけた。

 僅かに装弾されていた弾丸の火薬が爆発を見舞うも、大したダメージはない様子。


「動いてくれよ、左腕……!」


 歯を食いしばって、俺は左腕が健在であるかのように意識した。その左手で掴もうとしていたもの。正直何でもよかった。掴んでぶん投げることができれば、何でも。


 左腕は思いの外上手く機能した。これ幸いと、俺はその辺に転がっているものを手あたり次第に投げつける。軽自動車、コンクリート片、建物の一部。

 そのことごとくを、敵機はいなしてみせた。しかも、爆発物はステップ回避して誘爆を起こさないようにしている。


 くそっ、どうしたらいい? 水道管に潜伏している敵が逃走するまでのタイムリミットだってある。いい加減に仕留めなければ。


 俺はヴァイオレットの機体性能を思い起こした。何がこの機体の長所なのか。

 そうなると、特筆すべきはやはり両腕の稼働が繊細なところだ。戦場にあるものを自在に扱うことのできる、汎用性の高い腕部。

 思えば、俺はまだこの両腕の性能を発揮しきれていない。撃つ、斬りつける、投げつける。できたのはこれだけだ。


 敵機のパイロットは、着実にバーニーに馴染んできている。こちらもヴァイオレットの性能を活かすよう努めなければなるまい。


 再度接近を試みた敵機。それを正面に捉えながら、俺はスラスターを全開にした。ただし、垂直方向に。

 ヴン、とレイピアが脚部を掠めるが、動作に支障はない。


「届けよ……!」


 俺が跳躍した先にあるもの。それは、建築途中のビルだった。まだ二十メートルほどしか鉄骨が組まれていない。

 俺の狙いは、その更に上方。最上部に設置されたクレーン、そのワイヤーだった。


 ヴァイオレットの左腕は、直径十センチほどの太いワイヤーを綺麗に握り込んだ。宙ぶらりんになるヴァイオレット。敵機からは、さぞ隙だらけに見えるだろう。

 案の定、敵機はその驚異的なスラスター出力を以て俺に迫ってきた。狙い通りだ。


「あばよ」


 俺は経験と本能から、スラスターを調整。ワイヤーを握ったままクレーンの回転に合わせ、ビルの角を曲がるようにして敵機の陰に入った。

 直前、こちらにレイピアが突き出されたが、これも装甲板を掠めるにとどまる。この瞬間こそ、俺の狙った好機だった。


「落ちろぉっ!」


 俺は思いっきり引いた。左腕を。ワイヤーを。その先端にあるクレーンを。

 クレーンは設置場所から呆気なくもぎ取られ、敵機の真上に降ってくる。結果、直撃。


 敵機が通常のステッパーなら、上部装甲板が凹む程度の損傷で済んだだろう。が、今の敵機はバーニーだ。リールだけに授けられた最新鋭機にして実験機。

 防御性能はだいぶ犠牲にされている、と先ほどルイスが言っていた。


 俺はワイヤーを手離し、右腕のサーベルを振りかざした。


「操縦荒いけど、もってくれよ……」


 落下しながら、俺は背部と脚部のスラスターをフル稼働させた。宙に放り出された機体が複雑な軌道を描く。

 一瞬の滞空の後、建設中のビルの側面に向き直る。そしてサーベルを右腕で振り回しながら、鉄骨を次々に裂いていく。

 狙いは単純。ビルを倒壊させること。そして敵機を埋没させることだ。


 機体性能そのものはバーニーの方が上。となれば弱点、すなわち防御力の脆弱性を突く。それしかない。


 ビルが大通り側に倒れ込むように、俺は軌道調整をこなしながらサーベルを振るいまくる。ビルの鉄骨は、熱せられた蝋燭がナイフで斬り分けられるかのように呆気なく崩れた。

 頭上からのクレーンの直撃で、敵機は地面に押しつけられているはず。鉄骨群を回避する暇はあるまい。一本数トンの鉄骨をこれだけ浴びせられては、致命傷は免れないだろう。


 がらがら、ぐしゃんと崩落していくビルの中を、俺はスラスター出力最大で脱出した。ビルの反対側に出たのだ。

 危うく隣の高層ビルに突っ込みそうになったところを、再度スラスターで位置を調整して回避。そのまま狭い路地のようになっている空間に下り立つ。


「ふっ!」


 油断はしていない。振り返り、ビルが倒れていくのを見ながらサーベルを構える。

 崩落が終わったらバーニーを探し、真上からサーベルで一突きして仕留める。――つもりだったが、それは叶わなかった。


 コクピット内にアラートが鳴り響いたのだ。目だけ上げてサブディスプレイを見遣る。


「右脚部及び背部スラスター、損傷……?」


 俺は思わず、拳でコクピット側面を殴りつけた。これでは、滑空や上昇を駆使してバーニーを狙うことができないではないか。これこそ致命傷だ。

 動揺を敵機のパイロットに悟られまいと、じりじりと瓦礫の山ににじり寄る。この下に敵機がいるというのに、上方を取ることができないとは。


 ごくり、と唾を飲んで、唇を湿らせる。

 せめて熱源反応で、敵機の位置だけでも特定できれば。瓦礫の中からステッパー特有の反応を捕捉しようとした、次の瞬間。


 ドォン、という鈍い音と共に、瓦礫の山が爆発した。


「うおっ⁉」


 何事かと距離を取る。そこには、瓦礫の下から飛び出してきた敵機の姿があった。


「ッ!」


 敵機は今や、満身創痍だった。

 装甲板は剥がれるか歪むかしており、とても防弾性があるとはいえない。コクピットハッチも損傷していて、パイロットの負傷も考えられる。接近したままでいれば、俺も即座に対応できたのだろうが……。


 とは言っても、あれだけの荷重に晒されたのだ。まともにスラスターなど使えはしまい。

 そう分析した矢先、敵機は腕をぐるりと回し、背部に伸ばした。何かを引き剥がそうとしているように見える。


 ――待てよ。スラスター?


「まさか……」


 俺ははっと目を見開いた。敵機は、使用不能になったスラスターを投げつけようとしている。十中八九、俺に向かって。その作業途中に、爆発する可能性があることを顧みることもなく。


「馬鹿野郎!」


 俺は悪態をつきながら、全速力で機体を滑空させ、横のビルの隙間に入り込もうとした。

 が、しかし。


「うおっ!」


 残りのスラスターだけでは無理があった。使用可能なスラスターは四割。そしてそのいずれもが、全力の六十~八十パーセントの出力しかない。

 自機は呆気なく横転した。ズタズタになったアスファルトの上に、右側を下にして倒れ込んだのだ。


「くそっ、動け! 動いてくれ!」


 俺は右腕と両足を駆使して姿勢制御を試みる。が、それは無茶だ。そのことは、ずっと整備を担当してきた俺が一番よく知っている。


 そうこうしているうちに、高熱源体に対するアラートが鳴り響いた。はっとメインカメラの映像を覗き込む。まさに、敵機がスラスターを放り投げるところだった。

 そしてその直後、凄まじい熱波と光量を伴った空気の波が、自機に容赦なく迫ってきた。


「うあああああああ‼」


 アラートは鳴りっぱなし。『装甲板融解』との表示あり。ヴァイオレット、それに俺は、為す術もなく業火と白光の支配下に飲み込まれた。

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