第25話


         ※


 ルイスの過去は、特筆すべき何かがあるわけではなかった。両親が所属していた機械技術研究所が敵襲を受け、二人は死亡。その後ルイスは、父方の祖父母の下で育てられることとなった。

 一つポイントがあるとすれば、その祖父母の家がエルベリアにあったということだ。つまり、ルイスはこの街の構造をよく見知っていたということになる。


 言われてみれば、確かにルイスの挙動には洗練された何かがあるように思われた。それが都会育ちだったからだ、と言われても、驚くべきことではない。

 何せ、俺たちは『初めて』ルイスの過去を聞いているのだから。


 しかし、彼の人生に大きな転機がもたらされたのは、六年前の冬のことだった。

 有害物質を含んだ結晶が降りしきる街区を歩いている時、一人の酔っぱらいに遭遇したのだ。

 こんなところで寝ついてしまったら凍死する。それを危惧したルイスが歩み寄ったところ、酔っ払いは、素面としか思えない口調でこう言った。


「お前の両親は敵国で存命だ。お前の亡命を希望している」


 その一言は、ルイスの脳天をかち割るほどの衝撃を与えた。悔やまれるのは、ルイスがその酔っ払い(を偽装した工作員)を見失ってしまったことだろう。

 まあ、無理もない。ルイス自身、自身の身体が固まってしまっていたというのだから。


 それから、ルイス専用の携帯端末に、細かいメッセージが届くようになった。というより、指示だ。

 技術学校に入り、高成績で卒業すること。前線基地への配属を希望すること。そこで整備兵として数年間を過ごし、その基地内のステッパー奪還作戦に協力すること。可能であれば、軍部高官の殺害が可能なタイミングを狙うこと。

 そして、特殊な通信装置を開発すること。

 それは、一個目は通信傍受装置として、二個目と三個目は通信妨害装置として作用することとなる。


 ロンファが殉職した時、その場にいなかったのも偶然ではない。ルイスは、リールが早くステッパーを見たがるのを見越して、便乗する形で敵ステッパーによる市街地戦を逃れたのだ。

 全て必要な情報は、ルイスに流されていた。


「水道管の謎についても話すよ。捜索が行われたのは、現在使用中の水道管だよね? その更に地下に、エルベリアという街ができる前に建設された、広域の、しかし今は使われていない水道管があるんだ。敵はそこから侵入してきた。そして――」

「リアン中尉を殺したんだな‼」


 右腕を振りかざした俺を、周囲の人々が止めに掛かる。が、俺は馬が後ろ脚で蹴りつけるように文字通り一蹴。椅子に縛りつけられた状態のルイスを殴打しようとした。

 そんな俺を止めたのは、ルイスの澄んだ瞳だった。


「殴りたければ殴ってくれ、デルタ。なんなら殺してくれて構わない」

「……⁉」

「どうした、殴らないのか? 僕は君から、一番大切な人を奪ってしまったんだよ?」

「……ッ」

「だが、これだけは分かってくれ。僕には大切な家族がいる。両親に会える。それを僕がどれほど渇望していたか、君に分かるかい? 家族のいない君に?」


 俺はだらん、と右腕を下ろし、ゆっくりと後ずさりした。


「では、どうして投降などしてきたのかね、ルイス伍長?」


 中将が、落ち着き払った口調で尋ねた。組んだ手の上に顎を載せている。


「それは……」


 ここまで赤裸々に語ってきたルイスが、ぐっと唾を飲んで俯いた。先ほど目にした光景を思い出したくない、そんな気分が感じ取られる。


「敵国のやり方があまりに卑劣だからです」

「それが気に食わなくて、ご両親との再会の機会を投げ打った、と?」

「そ、それは……。自分でも激情していたので分かりません」


 ルイスが自分から『激情した』と言い出すのだから、よほどのことがあったのだろう。


「何故だ、ルイス? 何がお前をそんなに怒らせた?」


 すると、ルイスは器用に手首をまさぐり、小さな円形の物体を取り出した。からん、といって床に落ちる、片手で摘まめるほどの円盤。

 その形状。その光沢。俺にはピンとくるものがあった。


「おい、これってまさか……!」

「通信装置の四つ目だよ。今回は随分と小型化できた」


 俺はダンッ、と足の裏を床に叩きつけ、再びルイスに迫った。


「今度は何をしようってんだ、えぇ⁉」

「リール軍曹……いや、リール准尉の居場所を特定し、エルベリアに潜入した敵国のゲリラ部隊に提供する。作戦は成功だ」

「貴様……」


 リアン中尉のみならず、リールの身まで掌で転がしていたというのか。俺は今までの友情やら信頼やらをかなぐり捨て、今度こそルイスを殴りつけた。

 ドゴッ、という鈍い音がして、華奢な椅子と共に、ルイスは横転する。唇を切ったのか、その口元は赤く染まっていた。


「……流石に効いたよ、デルタ。君の本気の鉄拳は」

「どこだ? リールはどこにいる? 教えろ!」

「その前に。あなたにも後ろ暗いところがあるはずだ。でしょう、ヴァインルード中将?」

「だからリールは――って、え?」


 俺は振り返り、中将の方を見遣った。中将は臆することもなく、冷徹な眼差しをルイスに送っている。


「いつ気がついた?」

「これだけ通信装置をいじっていれば、すぐにでも察しはつきます。リール准尉の心臓近くに、位置測定のための発信機が埋め込まれていることくらいはね」


 俺は再びルイスに振り返り、ぺたんと両膝をついた。


「どういう意味だ、ルイス?」

「リール・ガーベラ准尉は、今や最高の被検体だということだよ、デルタ。誰も予期していないことだったとはいえ、彼女の脳の損傷と、それを補うための薬物投与が彼女に凄まじい戦闘能力を与えた。そんなリール准尉を、軍部が放っておくとでも思ったかい? ステッパーに並ぶ、しかしこちらは人体兵器として研究材料になるに決まっている。敵国だって、その技術が欲しい」

「そんな……」

「だから、僕に対する拘束の方が軽かった。いや、そもそも僕はデルタたちから見れば裏切り者で、敵国の味方なのだから、拘束されていたというのも語弊があるね」


 いずれにせよ、その隙をついてルイスは脱出したわけだ。――待てよ?


「ルイス、お前はどこから脱出してきたんだ? どうやって?」

「地下深くの水道管からだよ。敵のゲリラ部隊が持ち込んだ爆薬を使ったんだ。死傷者は出ていないようだけど、天井の崩落でエルベリアの地下区域から撤収できずにいる」


 おかしい。ルイスの行動は矛盾している。敵に寝返ったのなら敵らしく、敵国で両親と仲良く暮らせばいい。何が彼を引き留めたのだろう。


「ルイス、殴って悪かった」

「デルタ……?」


 俺はゆっくりと、右腕と両足を使って椅子を起こした。


「お前にも、良心の呵責ってもんがあったらしいな」

「何を言ってるんだい、デルタ?」

「でなけりゃ、俺たちの下に戻って来やしなかった。だろ? でも、実際お前は戻ってきた」


 俺はすっくと立ちあがり、ルイスを見下ろしながら言った。


「俺はリールの身柄を奪還して、バーニーを破壊したら戻ってくる」


 一瞬、何事かと顔を顰めるルイス。しかしその瞳は、すぐさま見開かれた。


「デルタ、まさか……!」

「俺が行く。大勢で殴り込むよりは、単独行動で敵の後を追った方がいい。ヴァイオレットの整備を頼む」

「馬鹿を言わないでくれ、デルタ! 君は傷痍兵だよ? ここはこの基地のエースパイロットに任せた方が――」

「もし俺がやられたら、な」

「え……?」


 ぽかんとするルイスの前で、俺は笑みを浮かべた。きっとこれから狩りに出ようという猛禽類のような顔つきだったんじゃないかと思う。


「リアン中尉の弔い合戦をする。出撃するのは俺、デルタ伍長。機体はヴァイオレットだ。よろしいですね、中将?」


 ぐいっと振り返った俺と目を合わせ、中将は僅かに目を見開いた。俺の決意と態度のでかさ、どちらに驚いているのだろう。

 いずれにせよ、中将は僅かに手の甲に顎を押しつけ、止めるよう命令をすることはなかった。


「よし。ルイス、今自由にしてやる。一緒にヴァイオレットの整備を頼む」

「わ、分かったよ、デルタ」


 こうして、俺とルイスは急いで中将の執務室を出て、ステッパー格納庫へと急いだ。


         ※


「駆動部品のチェックは完了だ。あとは電力の供給だね」

「どのくらいかかる?」

「ざっと一時間。僕の見立てが正しければ、敵のゲリラ部隊が水道管の瓦礫をどけて脱出するまで三時間」

「ルイスが脱出してくるまで一時間かかったから、敵が脱出にかける時間はあと二時間、か」


 つまり俺が戦っていられるのは一時間程度ということか。

 上等だ。一時間というのは、ステッパーのバッテリーを酷使した際の電力切れまでの時間に等しい。

 俺は敵の手に渡ってしまったステッパー、バーニーの戦いぶりを直に見ている。中途半端な消費電力で勝てる相手ではあるまい。

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