第21話


         ※


 警備任務は、次のような形式で行われた。

 まずツーマンセルだが、片方は徒歩で、もう片方はステッパーで警備に当たる。街区画の数ブロックごとに一組が配置され、万が一テロや戦闘状態が発生した場合、徒歩の歩兵が避難誘導と報告にあたり、ステッパーが敵勢力の殲滅にあたる。


 ロンファが殺害された件の爆弾テロに関しても、大まかな概要が掴めてきた。

 敵は地下の水道管に爆薬を仕掛けていたらしい。だから水やガスが噴出したわけだ。

 起爆装置も爆薬自体も構造は簡単で、遠隔操作で起爆できるタイプ。しかし、アスファルトを抉るほどの威力を発揮するために、それなりの大きさと重さを有している。

 水道管がかなり太い――直径約五メートル――ことからしても、恐らく敵は複数人だ。


 首都の防衛を司る中将は、水道管の一斉点検と銘打って、特殊潜入部隊を出動させた。しかし、水道管の中に敵の存在は認められなかった。


 常に水流があるため、証拠が隠滅されてしまったのかもしれない。どこか脇道に逸れたのかもしれない。いずれにせよ、敵がどこへ消えたのか、特定までまだ時間がかかるとのことだった。


 そんな中、俺とリアン中尉は、自分たちに警備の割り当てられた廃棄区画に来ていた。

 今更ながら、この街を覆うスモッグが恨めしい。化学薬品臭がするし、何より湿気が逃げないから、湿度がとんでもないことになっている。

 まあ、日射病を防いでくれているという面はあるかもしれないが。


「リアン中尉、体調は大丈夫ですか?」

《どうしたのよ、いきなり?》

「いえ、ステッパーの中はさぞ暑いのではないだろうかと……」

《それを言うなら、徒歩でそんな自動小銃担いでるあなたの方が心配よ。暑さと湿気と武器の重さで、倒れるようなことがなければいいんだけど?》


 俺は思わずむっとしたが、中尉の口調はどこかからかっているような気配があった。本気で俺が倒れるようなことなどありはしない、と思っているということか。

 つまり、俺がそれほど柔な人間ではないと考えてくれているのだろう。そう思うと、俺の苛立ちはすっと霧散した。


《ここから廃棄区画に入るわ。デルタ伍長、警戒を怠らないで》

「了解しました」


 急に互いの声音が引き締まる。ここから先、無駄口はNGだ。

 俺は自動小銃を肩にかけたまま、上方を警戒しながら歩いた。このあたりには建築途中のビルが多い。仮に敵が仕掛けてくるなら、上からだろう。


 鉄骨とクレーンしかないビルの骸骨を、一つ一つ見つめていく。微かに鼓膜を震わせるのは、前方から聞こえてくる波音。このエルベリアで、唯一城壁が築かれていない区画だ。

 まともに交易を行っている方の港は、スライド式の巨大な門扉によって、必要時以外は封鎖されている。


 そういえば、俺は海というものを見たことがない。いつだか少年兵時代に、上官が青一色の不思議な写真を見せてくれたことがあったが、それが海を見た最初で最後の機会だ。


 そんな物思いに耽っていたからだろう。俺は視界の下方での異常に対して、反応が遅れた。


「チッ!」

《待って、デルタ伍長!》


 さっとヴァイオレットの腕が俺の眼前に掲げられる。


《彼らはホームレスよ。テロリストじゃないわ》


 その声に、俺はようやく拳銃を下ろした。紛らわしいな。こんなところで突然動かれては、こちらだって身構えてしまうではないか。


 しかし、既に俺たちは敵の罠に嵌っていた。

 今度は視界上方で、何かが光った。


「中尉!」


 叫びながら、俺は思いっきり自分の身体を後方へ跳ね飛ばす。キィン、という高い音を立てて、ヴァイオレットの装甲に傷がつく。明らかに、俺たちを狙った狙撃だった。


 俺は拳銃を投げ捨て、自動小銃を構えた。ヴァイオレットの背後で姿勢を整え、先ほどの光――十中八九マズルフラッシュだろう――の発せられたところへ、フルオートで弾丸を叩き込む。


《誘導ありがとう》


 そう聞こえるや否や、ドン、と短い、しかし重い発砲音がした。ヴァイオレット専用のリボルバー式拳銃が火を噴いたのだ。

 その先で、人型の何かがばっと飛び散るのを、俺ははっきりと見届けた。


 俺は増援を要請すべく、無線機のマイクを口元に寄せた。しかし、


「……⁉」


 聞こえない。砂嵐状態だ。こちらの声が届いているのか、向こうが何かを言っているのか、それすら分からない。

 これは前線基地で、敵が妨害電波を仕掛けてきた時と状況が似ているのではないか?


 無線機に怒号を叩き込む俺の横で、ヴァイオレットがぴたり、と立ち止まった。


「中尉、どうしたんです?」

《……》


 まさか、と冷や汗が背を伝う。

 手動操作でヴァイオレットのコクピットが展開され、自動小銃を構えた中尉が飛び出してきた。

 地面に足をつくや否や、わざと転ぶようにして体勢を低くする。俺も腹ばいになって、中尉の横に並んだ。


「操縦桿が利かないわ」


 やはりそうか。この短距離での無線通信も妨害されるなら、ステッパー内部の操縦系統が潰されてもおかしくはない。


「リアン中尉、一旦退きましょう。敵勢力の規模も分からないのに、ステッパーなしで殴り込むなんて……」

「駄目よ。今ここにヴァイオレットを置いていったら、敵に鹵獲されて研究材料にされる。私たちからの通信がないのに気づいた誰かが来てくれるのを待つしかないわ」


 ステッパーが電子的妨害を被った際、自動復旧には百五十秒ほどかかる。それまで二人で持ちこたえろということか。

 ヴァイオレットを破壊して撤退してしまうことも考えられたが、それも駄目だ。敵の側からして、どの部品がどの程度の価値を持つか分からない。仮に機体をばらばらにできたとしても、ネジ一本渡すことはできないのだ。


 さて、どうしたものか。

 次の瞬間、俺が即座に動けたのは、少年兵としての本能が呼び覚まされたからだ。視界の隅、前方約百メートルの鉄筋の山の向こうから、何者かがこちらを覗いている。

 自動小銃で追い払うか? いや、今は気づいていないふりをして――などと考えたのも束の間、新たな発見があった。


 敵の観測者が、何かを抱えている。直径二十センチほどの、円形の物体。ぎらりと光る銀色のざらついた外見に、俺は見覚えがある。あれはまさか。


「敵の通信傍受装置か?」


 ああ、間違いない。今は通信傍受ではなく、通信妨害を任務として機能しているのだ。あれさえ破壊できれば、増援を呼べる。


「リアン中尉、援護してください!」

「えっ? あっ、待ちなさい、デルタ伍長!」


 中尉の命令に反したのは、これが初めてかもしれない。俺は短い連射を繰り返し、わきの鉄筋群に身をひそめながら接敵した。我ながら凄まじい速さだったと思う。

 敵とてこの通信妨害の範疇にいれば、増援を望めやしないのだ。だったら、俺と中尉で。


 俺は姿勢を低くしながら疾駆。その勢いを殺さずに、鉄筋の山をよじ登った。

 もし敵が後方に潜んでいて、俺が背後から撃たれたら? いや、そんな事態は起こるまい。リアン中尉の援護があるのだ。彼女の精確な射撃があれば、心配不要だ。


 鉄筋の山の上で伏せた俺は、その場で自動小銃のスコープを覗き込んだ。視界は開けていて、通信妨害装置を持ったまま逃げていく敵の姿がよく見える。

 ふっと息をつくと同時、俺は自動小銃をセミオートに設定し直し、狙撃体勢に移った。決して腹ばいになっている床面が安定しているとは言えないが、仕方がない。

 俺は自らに『いつも通りに』と言いつけ、次に息を吐き切った瞬間に引き金を引いた。


 パァン、という軽い音がする。それが廃ビル群の中で反響する間に、逃走する敵の右足を貫通した。これは致命傷だが、最低限話はできるはず。

 自動小銃を腰元に抱え、一気に鉄筋の山を駆け降りる。敵は這いずるようにして俺から逃げようとしていたが、あまりにも遅い。

 追いついた俺は自動小銃を振り回し、そいつの側頭部を強打した。ゴッ、という鈍い音がする。


「ごはっ!」


 敵が悲鳴を上げるがそれは無視。俺はその場に膝をつき、敵の後ろ襟を引っ張り上げた。強引に振り向かせ、今度は左頬を殴りつけた。

 今更ながら気づいた。まだ若い男だ。俺よりは年上だろうが、それでも二十代前半だろう。


 口内から出血している様子だが、これもまた無視。俺は敵の両肩に手を載せ、ぐっと力を込めて尋ねた。


「答えろ。そうしたら助けてやる」

「ひっ!」

「単独犯ではないな。仲間はどこにいる? お前らのアジトを教えろ」


 しかし敵は、答える素振りを見せない。

 いや、答えられないのだ。視点は定まらず、全身は不吉な痙攣を起こしている。


「た、頼む! 伏せてくれ! 俺だってまだ死にたくない!」


 俺の心がざわり、と鳴った、次の瞬間だった。

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