第20話

 唐突に出てきた『形見』という言葉に、俺は足が竦む思いがした。

 そうか。ステラは未亡人で、アイルは父親を亡くした哀れな少女というわけか。


「ちょっとアイル! 貸してみなさい、あたしが使い方を調べるから!」

「あーっ! リールちゃん! それ、お父さんのカメラだよ!」

「だからあんたが壊さないように、あたしが安全に使えるようにするって言ってんの!」


 そう言って、リールは俺の手からカメラもどきを引っ手繰った。


「あっ、おい!」

「どれどれ……。うわあ、凄い!」

「リールちゃん、私にも見せてよう! 私、この街から出たことないんだから!」


 さりげないアイルの一言に、俺は再び動揺した。

 この街・エルベリアから出たことがない、と? いくらなんでも窮屈すぎやしないだろうか。


 いや、それは俺が外部の人間だからそう思うだけか。人間には、一人一人に適した世界観、広大さとでもいうべきものがある。そう思って自分を納得させ、俺はかぶりを振った。しゃがみ込んでアイルと目線を合わせる。


「アイルちゃん、君のおじいちゃんは君に星空を見せてあげたくて、このカメラを僕に託したんだ。作りは頑丈のようだけど、取り扱いには注意してね」

「あ、うん。じゃなくて、はい!」


 元気よく返事をするアイル。リールにもこんな可愛げがあればよかったのに。


「リール軍曹、アイルちゃんがお待ちですので、カメラを彼女に」

「えーっ? 仕方ないわね。はい、アイルちゃん」

「わあ、ありがとう! でもこれ、どうやって使うの?」

「このボタンを押すと、画面上に――ほら」


 リールはベストショットと思われる画像を表示し、アイルに返してやる。

 次の瞬間、沈黙が夜風に乗って吹き抜けていった。


「……凄い! お母さん、凄いよ、この空! ぴかぴか光るものが、たくさん浮いてる!」

「そうね、そうですとも。世界は広いのよ、アイル。戦争が終わったら、星のよく見えるところに連れて行ってあげる」

「本当に? 本当だね、お母さん!」


 ステラはそっとアイルの髪を撫で、どこか憂いを帯びた笑顔で頷いた。

 だったら俺がいた前線基地がちょうどいいのでは、などと思った。が、流石にあんなところに民間人を連れてはいけない。

 もっと手近なところがあればいいのだが。まあ、それはおいおい考えるとしよう。


「ではお母様、自分はこれで失礼致します」

「分かりました。義父の最期を看取ってくださって、本当にありがとうございました」


 笑顔を崩さず、再び綺麗なお辞儀をするステラ。

 その背後では、リールとアイルが仲良くカメラもどきに記録された画像に見入っている。


 その時、俺は急に胴体が空っぽになったような虚無感に囚われた。

 アイルは父親と祖父を既に亡くしているのだ。元々家族のいなかった俺には計り知れない寂しさ、悲しさに苛まれているかもしれない。

 今は気丈に振る舞っているが、大丈夫だろうか。そしてこの疑問は、母親であるステラにも当てはまる。


 だが、当事者でない俺に答えなど出せないだろう。

 俺は踵を返しながら呟いた。


「……家族、か」


         ※


 俺は宮殿の隣にある、不愛想な四角い建物に足を踏み入れた。技術開発部員のための宿舎だ。

 中は広々としていて、俺に与えられた部屋も広かった。まさか自分一人のために、こんな清潔で広い部屋が与えられようとは思ってもみなかった。


 俺はシャワーを浴び、これまた清潔なパジャマを着こんで、やや広めのベッドに横たわった。鞭打ちのせいで全身の皮膚がじりじりと痛んだが、確かに筋肉や内臓、骨格に異常はない。あの大尉も、器用なことができるものだ。


 そんなことを考えながら、俺は自分の意識を手離した。


 目を覚ましたのは、聞きなれない機械音声が聞こえたからだ。


「なんだ? 敵襲か?」


 枕元に置いてあった拳銃を手に取り、がばりと上半身を起こす。が、それは俺の勘違いだった。


《これより、昨日の爆弾テロに伴う首都内の警戒警備活動について、作戦会議を執り行う。全戦闘員は、直ちに一階、大会議室へ集合せよ。繰り返す――》


 ああ、そういうことか。

 俺は急いで立ち上がったが、すぐに全身を弛緩させた。大会議室の場所は知らないが、人の流れに従っていけば自ずと辿り着くだろう。


 と、考えたのも束の間。


「俺って戦闘員なのか……?」


 自分にとって、前線での戦いが性に合っていることは痛いほど分かっている。だが、今の俺はルイスという整備兵の指揮下にある。いや、兵というより研究員か。

 なんとも違和感のある捉え方だが、今はそれこそ、周囲の流れに自分の身を任せるしかない。ひとまず、行ってから考えよう。


         ※


 会議で決定されたこと。それは、ツーマンセルによる市街地の警備任務の実施と、それに伴うペアの割り当てだった。

 当初は、俺とリアン中尉は役割から外されていた。自分で言うのもなんだが、俺たちはわざわざ前線基地から招き入れられた貴重な人材なのだ。死傷されては困るだろう。


 それを分かったうえで、俺は敢えて、自分を警備任務に投入するよう要請した。

 呆気に取られる周囲の皆、そして司会役の大尉。だが、その沈黙を破ったのはヴァインルード中将だった。


《デルタ伍長の戦闘に懸ける熱意には、驚くべきものがある。特別に出撃許可を――》


 どうやら俺も戦えるらしい。必ずやロンファの仇を討ってやる。そういって鼻息を荒くしたのも束の間、中将が言葉を言い終える前に、すっと俺の隣で挙手が為された。


《何かね、リアン・ガーベラ中尉?》

「自分にも出撃許可を。お願いします」


 二人目の志願者に、再び会議室はざわついた。しかし、誰よりも心を揺さぶられたのは俺だったはずだ。


「ちょ、ちょっとリアン中尉! これは危険な任務です! テロリストがこの街のどこに潜んでいるか、分かったもんじゃない! あなたが出撃しなくても……」

「デルタ伍長、あなたが私に命令する権利はないわ」


 俺はギリッと奥歯を噛み締め、言い返す。


「じゃあ命令じゃなくてお願いします。中尉は安全な市街地中心部にいらしてください。警備任務に就くなんて言わずに!」

「何故?」

「え? な、何故、って……」

「何故あなたは私の身を案じるの? そんなに私の操縦が荒い? そんなに私の腕前が信頼できない?」

「ち、違います! それは、その……」


 この会議に出席しているのが初対面の人間ばかりで幸いだった。もし、少なからず俺と中尉の間柄を見ていた人間がいたら、確信していただろう。俺が中尉に好意を抱いているということを。それ故、彼女を戦場から引き離そうとしているのだということも。


 しかし同時に、それは無理な相談だった。中尉が自ら意志を曲げない限り、中将は即座に出撃許可を出すだろう。

 昨日の牢での話し合いで、俺は少しはヴァインルード中将という人間のことを分かったつもりでいた。だからこそ言える。


 やはり彼には、前線のことが分かっていない。もしかしたら、この首都・エルベリアでさえもが戦場と化すであろうということも。


《リアン中尉に言いたいことはそれだけか、デルタ伍長?》


 無感情な響きに、俺は黙り込む。俺の負けだ。


《では、リアン・ガーベラ中尉にも市街地警備任務に加わってもらう。組むのはデルタ伍長、君でよろしいか?》

「……」

《デルタ伍長?》

「は、はッ!」

《うむ、了解した。では――》


 こうして割り当てられた、俺と中尉の警備場所。それは、開発途中で放棄された廃棄区画だった。人口密集度の高い市街地よりは安全、というか敵が戦闘行動に移る可能性が低いと判断されたのだ。

 ロンファが殺された爆弾テロも、エルベリアの中心市街地で発生している。敵もこの国の国民を震え上がらせようと必死なのだ。


 会議後、俺はリアン中尉を一瞥することもなく会議室を出た。整備ドックにある、ステッパーのシミュレーターへと向かう。その途中、見慣れた背中を発見し、俺はその肩に手をかけた。


「おう、ルイス。お前も来てたのか」


 恥ずかしいところを見られてしまった。そう告げようとして、俺はぎょっとした。何故なら、ルイスもまた目を丸くして身を引いたからだ。


「どうした? 大丈夫か?」

「あ、ああ、デルタ……」

「顔色が悪いぞ、何かあったのか? って、そうだよな、俺がわざわざ警備任務に志願したから……」


 人並以上に仲間思いのルイスのことだ。俺やリアン中尉のことを心配して、気分が悪くなったのだろう。

 そんな俺の予想は、見事に当たっていた。当たりすぎていた。ルイスは急に顔を引き攣らせ始めたのだ。白かった顔色は土気色になり、震えは全身に広がっている。


「気分悪いのか? だったら医務室に――」

「いや、いいんだ、僕は大丈夫……」


 そう言って俺の手を軽く払い、ルイスはのろのろと人混みに紛れていった。

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