第16話


「これが首都か……」


 俺はエルベリアのメインストリートを眺めながら、ぽつりと呟いた。

 車窓から見えるのは、ただの街並みや商店街ではない。普通の家屋も存在はしている。が、それよりも目を引くのは、銀色に輝く煙突や鉄塔群だった。

 それらが七色にネオンを煌めかせ、さらに光が反射して、低く広がったスモッグをカラフルに照らし出しているのだ。この城壁内部がどれほど巨大な工業都市となっているのか、実によく分かる。

 夜間戦闘に特化した特殊部隊なら、むしろ動きにくいだろうな。


「すっげぇな、首都ってのは」


 俺同様にお上りさんであるロンファもまた、この光景に圧倒されていた。運転は先ほどの男性が担当し、助手席にロンファ、後部座席に俺とリアン中尉が乗っている。

 中尉には見慣れた光景なのだろうか。となると、リールにとってはより馴染みのある光景だということになる。


「とんでもないところに住んでるんだな……」


 俺やロンファの呟きに応えるように、運転手は説明を試みた。


「この街は、元々鉱山都市だったんです。ほら、城壁の向こう側にランプが見えるでしょう? あそこが鉱山の山頂部なんです。ここで超高硬度の金属が採取できるから、我が国もステッパーの製造を――」


 しかし、彼の説明の続きを聞くことは叶わなかった。

 唐突な爆音と共に、車両が後方に吹っ飛ばされたからだ。


「うおわあっ⁉」


 俺は全身をぐわんぐわんと揺さぶられ、意味不明な絶叫を上げた。シートベルトをしていなかったら、全身打撲は避けられなかっただろう。

 気づいた時には、俺は上下さかさまになっていた。車両が縦に一回転したのか。


 すぐに四肢に神経が通っているか、臓器が傷ついていないか、それを確かめた。

 どうやら俺は無事らしい。

 

 次に気を払ったのは、リアン中尉のことだ。


「げほっ……中尉、ご無事ですか?」

「ええ、なんとかね……。デルタくんも無事のようね」


 その言葉を聞いているうちに、強烈な火薬臭さが鼻孔を占めた。一時的に耳が聞こえづらくなっていることも把握される。


「爆弾事件、いえ、テロね……けほっ、標的はきっと、私たち……」

「そのようですね……」


 苦労してシートベルトを外し、俺と中尉は軽く頭を床(車両の天井)に打ちつけながら体勢を正した。屈みながら後部座席から這い出す。

 周辺の一般車両が防犯ブザーを一斉に鳴らし、ざわざわと落ち着きのない気配があたりを満たす。


「運転手さん、無事ですか?」


 俺は運転席側に回った。そして、ぎょっとして立ち竦んだ。

 そこにいたのは運転手ではない。辛うじて原型を留めている人型の肉塊だ。死亡していることは疑いようがない。


「ちょっと、ロンファくん! ロンファくんってば!」


 俺と反対側に回ったリアン中尉の声が響く。俺は急いでそちら側に駆け寄った。

そこには、ロンファがいた。息がある。代わりに、両足と右腕がなかった。


「待ってください中尉、今動かしたら、彼は死にます!」


 そう言って中尉の腕を握った、次の瞬間。


「何だ、地震か?」


 破砕された窓ガラスが震える。アスファルトに亀裂がみしみしと走る。そして突き上げられるような衝撃と共に、俺たちはその場から吹っ飛ばされた。

 その眼前に立ち現れたのは――。


「ステッパー……!」


 敵国のステッパーだった。濃緑色の迷彩に、角ばった厳ついフォルム。足元から水を噴出させながら、それは軽くスラスターを噴射。軽く飛び上がってからズズン、と着地した。


 五年前のことが思い起こされる。塹壕で、仲間たちが呆気なく殺された時のことだ。

 しかし、俺は狂騒に駆られる自身の心を、ステッパーの分析という脳作用で強制的に落ち着かせた。


 敵の数は四機。対して、こちらのステッパーは二機。しかしどちらも輸送車諸共横転し、すぐに起動できる状態ではない。

 敵は動体探知機を備えているだろうから、どれだけ息をつめても俺やリアン中尉、それにロンファは見つかってしまう。

 どうしたらいい――?


 そんな俺の逡巡を断ち切るように、敵は手持ちのナイフを振り回し始めた。


「うあっ!」


 狙いは精確だ。俺の足元に深々と、ナイフが突き刺さる。無理やり引き抜かれたナイフは、今度は横薙ぎに振るわれる。なんとか後方に転倒するような格好で、俺はこれを回避した。

 敵のリーチからして、もう二、三撃しか回避できない。どうすれば――。


 その時だった。広い道路の端に追いやられた俺は、自分がいつの間にか武器に囲まれているのを察した。ここは重火器の専門店か。


 もちろん、ここにある武器でステッパーに太刀打ちなどできはしまい。だが、それは撃破しようとすればの話だ。リアン中尉もロンファも離れているようだし、援軍はすぐに来るはず。それまで間を持たせればいい。


 俺は匍匐前進で、敵機から距離を取った。頭上を掠めたナイフの切っ先が商品棚を破壊し、奥にある武器庫を露出させる。


「あれか!」


 たくさんの火器に驚いたのか、敵機の動きが鈍る。その隙に、俺は武器庫に駆け込み、あるものを手に取った。閃光手榴弾だ。

 すぐさまピンを抜き、俺はそれを敵機の足元に転がした。直後、バシュッ、と音を立てて、あたりは熱を帯びた白光に包まれた。


 地面から水が噴出したのを見て、俺は思ったのだ。水道管が通っているなら、ガス管が通っていてもおかしくないのでは、と。事実、僅かながらガス臭さを感じてもいた。

 ならば、これを活かさない手はない。閃光手榴弾の一瞬の熱波をガスに引火させ、ステッパーの目潰しをしたのだ。

 昨夜の戦車に通用するなら、ステッパーにも通じるはず。


 俺の狙いは的中した。敵機は両腕をコクピット前面に翳し、後ずさりしたのだ。

 あとはこの十数秒の間に、味方が来てくれるかどうか。もし来てくれなければ――。

 だが、それは杞憂だった。


 キィン、と耳鳴りがしたかと思ったら、敵機が勢いよく真横に吹っ飛ばされるところだった。どうやら援軍は、敵機を撃破した際の爆発四散を防ぐべく、火薬の籠っていない弾丸を射出したらしい。

 

 こんな大口径の金属塊を、これほどの速度で射出するとは。戦車か? しかし、それでは分が悪すぎる。残り三機とはいえ、相手はステッパーだ。自在に四肢を駆使できる敵機を前に、戦車は為す術もあるまい。


 そんな予想が外れていたことに気づいたのは、実際に『それ』が視界に入ってきた時だ。


「ステッパー……なのか?」


 それは、ステッパーと呼ぶにはあまりに小型で、曲線的で、威圧感が欠けていた。だが、それでも分かる。

 最新型の熱光学探知システムに、小型化された高出力スラスター。四肢の関節部は柔軟に捻りを利かせ、コクピットのある胴体部分には『プロトタイプ』の文字。


《伍長にお姉ちゃ……じゃない、リアン中尉は道を空けなさい! あたしが片を付けるわ!》

「今の声……リールか⁉」


 俺の驚きが声になる前に、敵機のうち二機目が撃破されていた。一機目と同じ要領で。

 爆発四散は免れたが、パイロットはミンチになっているだろう。


 すると、ゴウッ! という風切り音が俺の頬を叩いた。振り向こうとしたが、俺よりも味方機の挙動の方が速かった。

 あっという間に俺の眼前を通過し、フェンシングのレイピアのような近接戦闘武器を背部から引き抜く。

 

 薄い桃色に輝くレイピアは、軽くしなって三機目の敵の胸部に刺突した。ステッパー自体の速度も相まって、敵には回避する暇もない。

 味方機がレイピアを引き抜く頃には、敵機はコクピットを貫通され、脚部をついて前方に倒れ込むところだった。


 自棄を起こしたのだろう、最後の敵機がナイフを放り投げた。が、しかし。


「なっ!」


 味方機は易々とその柄を握り、そのまま投げ返した。

 慌てて回避する敵機。しかしその先は、既に味方機とレイピアが待っていた。信じられないほどの機動性能だ。


 今回もまた、敵機が爆発するようなことはなかった。見事にコクピット、すなわちパイロットだけを仕留め、ジェネレーターには触れていないのだ。


 これをあの少女が? こんな機体、ヴァイオレットとドラゴンフライが同時に相手をしても、三十秒ともたないだろう。


「す、すげぇ……」


 俺は呆気に取られて、この味方機を見つめていた。まるで蝶が舞うような、それでいて感情を一切感じさせない、まさに戦姫とでも呼ぶべき活躍だった。


《状況終了! お姉ちゃん、無事?》

「ええ、大丈夫よ」


 落ち着いた口調であるところから、俺は判断した。リアン中尉がこの機体の存在を知っていたのだと。

 そしてそれを扱い得るのは、リールだけなのだと。

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