第15話


         ※


「ヴァイオレット、右腕部異常なし。ルイス、念のためお前もチェックしてもらえるか?」

「ああ、了解。じゃあデルタ、君はドラゴンフライを」


 メディの整備ドックで、俺とルイスは淡々と作業を進めていた。

 リアン中尉の操縦技術は、流石としか言いようがなかった。損傷が少ない。

 ロンファも確かなテクニックを有しているが、やはりまだ操縦が荒いのだろう。ルイスが配線の整備に手間取っていた。


 俺たちは互いに交代を繰り返しながら、両ステッパー各部を精査していった。

 ちなみに、ドック内が妙に静まり返っているのは、常駐している整備兵たちが絶賛失業中だからだ。

 どこか恨みがましいような、苦々しいような視線を四方から感じる。あまり慣れたものではないが、無視できないほどではない。それよりも気になったのは、俺たちの背後から注がれる複雑な視線だ。


「両腕部異常なし、ヴァイオレット、電力供給を開始するぞ」

「こちらも異常なし、ドラゴンフライ、電力の供給を始めます」


 床面に配されたハッチを開放し、太いケーブルをステッパーに接続。十分距離を取ってから、壁面の電力流入スイッチを操作。グゥン、という低い音と共に、二機に対して電力が流れ出した。


 さて、手が空いた。俺は、複雑な視線の発信源であるところの人物を見返した。


「さっきからどうしたんだ、ロンファ?」


 ロンファは壁際の長いソファの端に腰かけ、つまらなそうな顔で俺とルイスを見ている。だが、それが飽くまで『そういうポーズ』を取っているだけであることは明白だった。


「まあ座れや、二人共」


 ぽんぽんとソファの隣席を叩くロンファ。何事かとこちらを見返すルイスに頷き、俺は素直にロンファの誘いに乗った。


「何か整備上問題でもあったか?」

「そ、そんなんじゃねぇよ……」


 わざと憎まれ口を叩いてみたが、ロンファはそれをさっさと否定する。


「じゃあ一体何の用だ? どういう風の吹き回し――」

「いつもすまねえな、俺、操縦荒いだろ」

「……え?」


 呆気にとられる俺を前に、ロンファはやや頬を朱に染めながら『だから!』と仕切り直した。


「かっ、感謝してんだよ、お前とルイスには! いや、他の整備の連中もだが……専らドラゴンフライの面倒見てくれてんのはお前らだろ? だから、その……あ、ありがとよ」


 それだけ言って、ロンファはふっと顔を逸らし、立ち上がってふらふらと立ち去ってしまった。


「なあルイス、ロンファの奴、一体どうしたんだ?」

「た、たぶん、素直になってくれたってことじゃないかな。たぶんね」


 ふむ。自分の生まれ故郷――そして両親を喪った地に帰ってきて、思うところがあったのだろうか。


 曖昧な表情のルイスから目を逸らし、向こう側を見ると、そこにはリアン中尉がいた。注射と栄養剤ですっかり元気を取り戻したリールも一緒だ。

 リールは仏頂面でこの整備ドックの設備を見て回っていた。

『あのガキ、ちょっと愛嬌があるからって偉そうに……』という批判の目が殺到しているのを感じる。

 それでも、リールがエースパイロットであるという噂は広まっているらしい。まさか人体改造を施されている、なんてことは知られていないだろうが。


「あの、リアン中尉」

「ん?」


 気づけば、俺は中尉の前に立っていた。いつも微笑を浮かべているはずの中尉は、しかしやや顔を引き攣らせていた。


「先ほどは、申し訳ありませんでした」

「な、何のことかしら」


 この人、実は話を誤魔化すのが滅茶苦茶下手なんじゃないか? 

 だが、中尉が俺との会話を望まないなら、俺にどうこう言う資格はない。


「何でもありません。失礼しま――」

「待って、デルタくん」


 俺は返事もできずに立ち止まった。デルタ『伍長』ではなくデルタ『くん』ときたか。

 ふっと肩の力を抜き、ゆっくりと振り返る。


「何でしょうか、リアン中尉?」

「さっき喚き散らしたこと、謝るわ。ごめんなさい」

「え?」


 唐突に綺麗なお辞儀をされ、俺はどぎまぎした。

 確かに、突然謝罪された驚きもある。だが、角度的に中尉の胸元が強調されて見えてしまって頭に血が上った、という不純な理由もあった。

 照れ隠しに、俺は後頭部に手を遣った。


「そ、それは……。俺もつい感情的になっちゃって、すみませんでした」

「あなたが謝ることはないのよ、デルタくん」


 顔を上げ、じっと俺と目を合わせる中尉。


「いや、だって俺が無知だったから、中尉に酷いことを……」

「いいえ、本当に酷いのはこの戦争よ」


 中尉はばっさりと言い切った。


「戦争さえなかったら、あなたのご両親は健在で、家族仲良く暮らしていられたかもしれないんだもの」


 心臓を鷲掴みにされた思いがした。

 それは俺が、常に脳みその隅に追いやりながらも、ずっと抹消できずにいた考えだ。


「でも、デルタくんは家族の温もりから隔絶されて生きてきた。それに比べて、私はリールが生きていてくれるだけで幸せなのよ。そんなことも考えずに、あなたに一方的に感情をぶつけてしまって……」

「いえ、それは仕方のないことです」


 俺は自分に『落ち着け』と言い聞かせながら言葉を紡ぐ。


「自分は家族の温もりを知りません。でも、中尉だって、なまじ『家族がいた』という記憶があるから、苦しいんじゃないですか?」

「そう……。ええ、そうかもしれないわね」

「だからお互い様なんです。さっさと戦争が終わればいいだけの話で」


 随分と軽い口を叩いているな、とは我ながら思ったこと。しかし、それがあながち間違っているとも思えなかった。


「おーいデルタ! 電力の供給が完了したよ!」

「おう、了解だ」


 振り返って、ルイスに応じる。


「今後もご活躍とご無事を祈念しています、リアン・ガーベラ中尉」

「え、ええ」


 ぽかんと目を見開いた中尉に背を向け、俺はステッパーの最終点検に入った。


         ※


 夕日がすっかり沈んだ、その日の夜。

 俺たちは首都・エルベリアの城壁前にいた。城壁というといかにも厳めしいが、事実そうなのだから仕方がない。

 高さ二十メートルほどの分厚い金属製の板が、綺麗に湾曲するようにして街一つをまるまる覆っている。通常弾頭のミサイル程度であれば、難なく防ぎきるだろう。

 これを見せつけられては、住民の危機意識が緩んでしまうのも仕方あるまい。


 この期に及んで、俺はようやく自分たちが前線に立つ必要がなくなったのだと自覚した。

 実感はないが、事実として頭では認識できる。俺はルイスのサポート役として、新型ステッパーの開発に携わるのだ。


 首都への出入りが許可され、ステッパーの輸送車と俺たちの乗った装甲車がゆっくりと城門を潜っていく。しかし、入門時に再び二台は停車した。


「どうしたんだ?」


 ロンファが眠たげな声を上げる。すると、サイドドアがスライドし、紳士服に身を包んだ男性が入ってきた。長身痩躯な彼は、名乗って身分証を見せた後、こんなことを言い出した。


「お持ちのステッパー二機は、直ちに整備ドックを兼ねたラボへ搬送致します。皆様方におかれましては、来賓用の最高級車をご用意致しておりますので、どうぞそちらをご利用ください」


 装甲車から一般車両へ? 俺の脳裏に、微かに危険信号が走った。だが、あの城壁のことを思い出し、心配は霧散した。外部から俺たちを狙った攻撃を仕掛けるのは極めて困難なのだ。

 それに、一日中神経が張り詰めていたせいか、疲労も感じる。ここはお言葉に甘えよう。


 そのことに異を唱えたのは、リールだった。


「ねえ! あたしのステッパー、早く見たいんだけど! あたしもラボに行く!」

「ちょっと、駄目よリール軍曹。今は指示に従うべき――」

「なら、僕が同伴します」


 リアン中尉の言葉を遮り、名乗りを上げたのはルイスだ。


「そんな、悪いわよルイス伍長」

「いいんです、中尉。僕も、早く最新型のステッパーを見てみたいですから」

「ま、まあ、リール軍曹が一人っきりにならないのであれば構わないけれど……」

「決まりですね」


 おやおや、ルイスにしては珍しく積極的ですこと。まあ、彼の研究熱心さを直に見てきた俺からすれば、すぐに納得できてしまうことではあるが。


「では、リール軍曹、ルイス伍長はこちらへ。リアン中尉とデルタ伍長、ロンファ伍長のお三方はこちらの高級車両へ」


 うーーーん、と伸びをするロンファを横目に、俺は一旦装甲車から降りた。そしてふと空を見上げ、顔を顰めた。


「スランバーグ大佐の仰っていた通りだな……」


 真夜中であるにもかかわらず、厚く、着色された雲が空を覆っていた。これではまともに日も差すまい。俺はリュックサックから、件の高感度カメラを取り出し、じっと見入った。


「これが、本当の夜空なのにな」

「おい、何見てんだデルタ。さっさと行こうぜ」


 ロンファに背を押され、俺は高級車へ歩み出した。

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