第11話

 そう言えば――。

 俺はまだ、ルイスの過去というものを知らない。全く以て、分からない。


 ルイスは気が弱いから、無理に訊き出すこともできただろう。だが、それは俺が最も忌避する行為だ。

 ロンファは自分の口から、過去を語り聞かせた。だがルイスは、少なくとも俺の前でそれを話題にしたことがない。


 元少年兵たちの間で、過去を探り合うというのは重大な禁忌事項だ。トラウマを喚起したり、暴力沙汰の原因になったりする。俺たちのいた基地にも、元少年兵は何人もいた。そして毎年、少なくとも一人は命を落とす。自死行為によって。


 俺たちにとって、過去というものは一種の枷だ。自らを怯えさせ、闘争意欲を失わせる。それは士気の低下に繋がり、いざ実戦となった時に余計な死傷者を出すことになる。


 俺は、ぐったりと肩を落とすルイスを見遣った。その視線は曖昧で、どこにも瞳のピントが合っていないように見える。

 そして今更ながら、俺はリアン中尉の隣席だったことを思い出す。


「なあ、ルイス」

「ん、何だい、デルタ?」

「……何でもない」


 俺は無理やり目を逸らし、羨望の眼差しをルイスに気取られないように努めた。


         ※


 その日の深夜まで、トラックと装甲車は走り続けた。森林部の道なき道を抜け、現在は荒野を走っている。昼間、直に日光に晒されていたためか、太陽が没してしばらくしても蒸し暑さは拭えなかった。

 運転手の話では、食糧や水分、燃料補給のため、すぐ先にある旧市街でしばし停車するらしい。


「見えてきましたよ」


 運転手のその声で、全員がはっと意識を取り戻した。どうやら俺もうつらうつらしていたようだ。

 じとっとした眠気を振り払うべく、俺はロンファの姿勢を正してから立ち上がった。運転席に歩み寄り、ヘッドライトの照らす範囲を見渡す。照らし出されたのは、前を行くトラックだ。二台のステッパーが、ラックに固定されるようにして直立不動の姿勢を取っている。


「ここは……」

「旧市街地の中心部です。間もなく味方が――あ、ほら!」


 運転手の指さす方向には、穏やかな光を帯びた何かが漂っていた。あれは蛍光灯か。持ち主が腕をぶんぶん振り回している。どうやら彼らが、食糧と燃料の補給をしてくれるらしい。

 しかし俺は、一抹の違和感を覚えた。あの蛍光灯を持った誘導係――その目線を追ってみたが、それは俺たちのトラックや装甲車に向けられてはいなかった。

 俺たちの後方に向けられているように見える。そこまで分析して、俺ははっと息を飲んだ。


「すぐにトラックを発車させろ! 俺たちもすぐに逃げ出すぞ!」

「え? デルタ伍長、一体何を……?」


 運転手が言い終わる直前、凄まじい爆音と振動が装甲車を襲った。


「チッ!」


 やっぱりだ。あの誘導係は敵だ。俺たちがちょうど射程範囲に入ったことを、後方の味方に伝えていたのだ。

 そして攻撃は開始された。この装甲車に向かって。


「おい、一体何だってんだ⁉」

「ロンファ、援護するからドラゴンフライに搭乗してくれ。包囲されてる。ステッパーなしでは分が悪い」

「は、はあっ? デルタ、お前何を言って――」


 と言いかけたところで、二射目のロケット弾が装甲車を襲う。

 パイロットや運転手を皆殺しにして、ステッパーを奪うつもりなのか。


 こちらにはロクな武器がない。だが、相手もステッパー、またはそれに匹敵する兵器を用意していたわけではないらしい。


「お姉ちゃん、何? 何が起こってるの?」


 縋りつくリールを抱きしめながら、リアン中尉が呟く。


「待ち伏せか……。まんまと嵌ったわね、敵の作戦に」


 敵の攻撃は装甲車に集中している。今のところ致命傷はないが、長くはもつまい。

 俺は強引に、身体を補助運転席に滑り込ませた。


「なっ、何をする気です、デルタ伍長?」

「この装甲車上部を展開して、集束爆弾で敵歩兵部隊を一掃する!」


 集束爆弾とは、真上に打ち上げてからある程度の高度で爆発し、その破片や小型爆弾を周囲に降らせるというものだ。それで敵が怯んだ隙に、リアン中尉のヴァイオレット、及びロンファのドラゴンフライで敵を制圧する。


 俺は口早に作戦を説明した。頷くロンファたちに対し、ルイスとリールはシートの上でうずくまっている。情けない格好かもしれないが、今はちょうどいい。

 

 説明しながらも、俺はコンソール上の手を止めてはいなかった。集束爆弾の高度を設定し、躊躇いなく発射ボタンを押し込んだ。


 バシュン、という音と共に何かが舞い上がっていく気配。数秒後、バン、という破裂音が頭上で響き、集束爆弾は最大効果域で本領を発揮した。もちろん、ステッパーに傷がつくほどの威力ではないが。


 これで当面の敵は一掃できた。と思ったのは、俺の油断以外の何物でもなかった。

 装甲車の左右に面した建物が、一瞬で瓦礫となって降りかかってきたのだ。


「うおっ! 何だってんだよ!」


 前方のトラックに向かおうとしたロンファが怯み、装甲車に頭を引っ込める。

 がらんがらん、と瓦礫が装甲版を打ち、喧しい音を立てる。

 

 爆発物が使用されたようだが、地雷か? いや、だったらもっと早く爆破させているはず。それに、この爆発はやや遠距離から、水平方向に行われている様子だ。となると――。


「まずいぞ、戦車が来る!」

「は、はあ⁉ 何言ってんだよ、デルタ!」

「よく聞けロンファ! 敵の目的は何だ? ステッパーの奪取だろ? じゃあ、もしそれに失敗したら?」

「え? えーっと、ステッパーを破壊する……」

「その通りだよ」


 俺はロンファの目を覗き込んだ。


「敵はこの通りの左右から、戦車で接近しながら攻撃してきているんだ。歩兵部隊が二機のステッパーの奪取に失敗したから、俺たち諸共木端微塵にするつもりなんだよ」

「くそっ、好き勝手やりやがって!」

「悪態ついてる暇があったら、さっさとドラゴンフライに搭乗してくれ。歩兵携行装備では、戦車の相手は務まらない。ステッパーの力が必要だ」


 そこに割り込んできたのはリアン中尉だ。


「そうね。ここはステッパーで食い止めるしかないわ」


 唐突に甘い匂いに鼻腔を突かれ、俺は一瞬たじろいだ。が、すぐに自らの頬を叩いて意識を立て直す。


「俺に作戦がある。二十秒くれないか。その間、二人は装甲車内で待機していてくれればいい」

「あなたはどうするの、デルタ伍長?」

「敵の目を潰します」


 梯子を引っ張り下ろし、そこに両手をかけながら俺は答えた。焼夷弾を込めたロケット砲を一門背負っている。


「この暗い中、敵は光学ではなく熱源を頼りに攻撃を仕掛けています。だから高熱を発する焼夷弾を使えば、熱源での我々の動きを探知することは困難になります。その有効時間が、ざっと二十秒といったところです」


 俺の言葉を飲み込もうと苦心しているロンファに対し、リアン中尉は大きく頷いて見せた。


 集束爆弾と違い、焼夷弾は装甲車の外壁に設置されている装備ではない。俺が直に外に出て、打ち上げなければならないのだ。

 梯子を上りきり、俺はそっと頭を出した。以前銃弾が掠めた上腕が痛んだが、気にしてはいられない。


「頼んだぞ……」


 そう呟いて、俺は焼夷弾を打ち上げた。

 俺は空になったロケット砲を放り出し、慌てて頭を引っ込めた。上部ハッチをしっかりと閉める。

 きっかり二十秒後、バァン、という破裂音が響いた。先ほどの集束爆弾よりも、随分と派手な音だ。どうやら音響爆弾としての効果もあったらしい。


 好都合だ。俺は後部ハッチを開き、リアン中尉とロンファの二人に向かって出ていくように促した。ヘルメットを手渡すことも忘れない。万が一、灼熱の破片が降り注いできたら只事では済まないからだ。


 敵の砲撃の間隙を縫って、二人は素早く自らの愛機に乗り込んだ。


《こちらリアン、起動シークエンス完了!》

《ロンファ、いつでもいけるぞ!》

「超音波探知レーダーを使ってください。熱光学カメラでは、こちらも敵を捕捉できませんから」


 超音波探知は、蝙蝠などが使う位置の特定法だ。超音波を発し、その反響で周囲の状況を把握する。最新型に改造された、二人の専用機にのみ搭載されたシステムだ。


 俺は再び補助運転席に乗り込んで、装甲車からも超音波を発するよう運転手に命じた。ただし、混乱を避けるため、周波数の異なる超音波を。

 理由は単純で、俺がリアン中尉とロンファの戦いぶりを見たかったからだ。


 ここで戦車を殲滅しなければ、朝になってより多くの敵に包囲されかねない。

 超音波という必殺兵器を有するこちらが、一機に戦車隊を殲滅するしかないのだ。

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