第10話


         ※


 基地の敷地内は、相変わらず騒がしかった。

 昨日の敵歩兵部隊襲撃に比べれば、被害は少ない。だが、再び死傷者が出てしまったことに変わりはない。


 俺は整備ドックに引っ込んでいた。次に使うパイロットがより安全に戦えるように、自分が使ったステッパーを再調整していたのだ。

 特に問題はなかった。あるとすれば、整備している俺の方だ。むざむざ味方を死なせてしまった。スランバーグ大佐までも。


 俺は首都で作戦を練っている連中を軽蔑していた。俺たち少年兵の命を盾に、安全地帯でのうのうと正義を語る卑怯者たち。それを思うだけで、どす黒い感情が腹の底から頭頂部へと湧き上がってくる。


 だが、大佐は違った。自らが前線で戦い、片足を失うという過去を背負ってまでも、国を守るための最善策を模索していた。


 こんなところで命を落とすべき人ではなかった。

 そう思うだけで、レンチを握った手に余計な力が加わってしまう。掌に痣ができるほどに。

 預かったカメラ型機材は、既に俺のリュックサックに入れてある。防弾使用の特殊素材に包んだ上でだ。


 俺はしばし、自分の手が止まっていることに気づかなかった。そしてそれは、『そいつ』にとっては絶好の機会だった。


「ちょっと! 待ちなさい、ロンファ伍長!」


 リアン中尉の声がした。はっとして振り返ると、しかし眼前にいたのは中尉ではない。思いっきり拳を振りかざしたロンファだった。

 側頭部から響く鈍痛と共に、俺はバランスを失って転倒した。


「おいデルタ! 俺と中尉がいない間に、なんてザマだ! 大佐を守れなかったことを、何とも思わねえのか!」


 なるほど、ロンファも大佐について思うところはあったわけか。


 リアン中尉とロンファは、先ほどまでこの場にいなかった。二人の愛機、ヴァイオレットとドラゴンフライを大型トラックに積載するのを見守っていたのだ。

 二人がいてくれれば、被害はもっと少なく済んだかもしれない。だが、敵はその隙をついて攻撃を仕掛けてきた可能性もあるのだ。一方的に責められる謂われはない。


「なんとか言えよ、デル――おわっ!」


 俺はロンファの脛を蹴っ飛ばした。俺に向かって倒れ込むロンファの頭部を握り締め、額に頭突きを食らわせる。


「俺だって……俺だって大佐を守りたかったんだ! その無念、あの時現場にいなかったお前に分かるもんか!」

「んだとてめぇ! 整備兵の分際で……!」


 その時、ちょうど仲裁が入った。リアン中尉がロンファの後ろ襟を引っ掴み、ルイスが俺にヘッドロックをかける要領で引き留めたのだ。


「止めなさい、二人共! 命令よ!」

「そ、そうだよ! 仲間割れしてる場合じゃない!」


 俺とロンファはそれぞれ拳を下ろし、吐き棄てるような溜息をついた。

 そんな剣呑な雰囲気は一瞬で破砕された。


「死んだ人はもう、生き返らないのよ」


 という、リアン中尉の言葉で。

 しばしの沈黙。整備機材の機械音が騒々しく響き渡っているはずのドック内で、俺たち四人のいる場所だけ、空気が凍りついてしまったかのようだ。


「ねーねー、お姉ちゃん」


 はっと顔を上げると、いつの間に来ていたのか、リールがリアン中尉の袖を引いていた。


「もう出発するって。だから、トラックに乗ってくれって」


 ん? トラック?


「どういう意味だ? ……じゃない、どういう意味ですか、リール軍曹?」


 言い間違えた俺をキッと睨んでから、リールは語り出した。


「ヘリには囮になってもらう。敵にはもう、私たちがヘリで移動する予定だってことがバレちゃってるからね。それに、陸路だったら、敵襲に遭ってもすぐにステッパーで迎撃できるし」

「そ、それは……」


 俺は反論しかけた。これでは、スランバーグ大佐が命を捨てて守ったヘリの存在が無駄になってしまうではないか。

 最初から陸路で行くと決めていたら、大佐は死なずにすんだ可能性だってある。


 俺は、先ほどとは違う冷たい溜息をついて、『了解です』と小声で答えて肩を上下させた。


「ちょっと、デルタ伍長! 今は上官であるあたしが話してあげてるのよ! なに気を抜いてるの! しゃんとなさい!」

「黙りなさい、リール軍曹」

「だってお姉ちゃん! デルタ伍長はあたしの話を――」


 すると、リアン中尉は振り返って、がしりとリールの肩を掴んだ。腰を折って視線を合わせる。


「黙れと言ったのよ、軍曹」


 俺には見えた。リアン中尉の気迫に満ちた顔と、リールのびくり、と跳ねる両肩が。

 未だかつてない中尉の姿を目にして、動揺しなかったと言えば嘘になる。だが、きっとリールに向かっている時の表情こそ、中尉の本心の表れなのだ。家族でも何でもない俺が、どうこう言える筋ではない。


「さあ皆、人員輸送用のトラックも手配できたようだし、早速首都に向かうわよ。荷物はもうまとめてあるわね。早く宿舎から取ってきなさい。三分後に整備ドックの裏口に集合。以上」


 おおっと、これは明確な命令だ。俺はさっと敬礼し、一早く宿舎へ駆け戻った。


         ※


 きっかり三分後。


 俺は荷物をそっとトラックの荷台に入れた。私物はどうでもいいが、大佐から預かったカメラ型機材は丁重に扱わねばなるまい。これこそ、大佐の、大佐による、孫娘のための、最高のプレゼント――そして慰め――になるだろうから。


 念のため、拳銃は腰に差しておいた。反対側には、長めのベルトに弾倉を三つ挟んでいる。

 リアン中尉とロンファもまた、同じように武装を施している。


 トラックの荷台に上がり込むと、中は真っ暗だった。

 理由は簡単で、これはただのトラックではなく装甲車だからだ。左右に長いシートがあり、俺たちは適当に腰を下ろす。

 その頃になって、ようやく車内灯が点灯した。それも、裸電球一つ分程度だったが。


 リアン中尉が点呼を取り、全員の搭乗完了を運転手に伝える。


「首都には明日の夕刻に到着する予定です。乗り心地は保証できませんが、ごゆっくりなさってください」


 随分と腰の低い運転手だな。悪い気はしないけれど。


「それでは、出発します。前方の、ステッパー輸送用トラックについていきます」


 がたん、と軽い振動を伴って、装甲車は動き出した。確かに、尾骶骨から伝わってくる振動は心地よいとは言えない。

 これにあと丸一日以上揺られるのか……。俺は細くて長い溜息をついた。


「ん? どうした、ルイス? って、ああ……」


 ルイスが挙動不審だ。そちらを見ると、なるほど、ロンファに寄りかかられているせいだ。

 ロンファはぐったりと姿勢を崩し、爆睡している。何をどうすればこんな図太い神経を持てるのやら。


 しかし、俺は知っている。こんなロンファにだって、忘れたい過去があることを。


         ※


 四年前。

 ある地方都市で爆弾テロが発生した。建設中のビルを倒壊させることを目的とした、敵国の準軍事組織による犯行だ。ロンファの父親は、低賃金労働者でいわば下働きの身の上だった。真っ先に巻き込まれたのは言うまでもない。


 問題は二つ。

 一つは、そのビルが自国の情報処理中枢施設として建設され、しかし現場の人間に知らされていなかったこと。

 その地方都市はテロの頻発する地域だったのだから、そんなところに政府直轄の建築物を造るなら、もっと警戒網が敷かれて当然だったはず。しかし実際は、現場監督者すら何のためのビルなのかを知らされていなかった。


 もう一つは、ロンファの母親が病弱だったことだ。未亡人となった彼女の容態は急速に悪化し、爆弾テロの一ヶ月後には命を落としてしまった。


 身寄りのなかったロンファは、俺のように少年兵となり、辛うじて食い扶持を確保した。だが、国のために戦おうとしているわけでは決してなかった。

 いや、それを言ったら俺だってそうかもしれない。違いがあるとすれば、ロンファの場合、父親の死に責任を持たなかった自国の首脳部を憎んでいた。俺よりも葛藤は大きかったかもしれない。


 だからこそ、スランバーグ大佐のような『死地を歩んできた司令官』の姿に憧れを抱いたのだろう。現場の人間の気持ちを知っている、数少ないお偉いさんだ。

 彼を守り切れなかった俺に対して怒りをぶつけてきたのも、不思議なことではないのかもしれない。


         ※


「……デルタ」

「……」

「デルタってば!」

「ん? あ、お、おう」


 俺が思索の池から出ると、ルイスが眉をハの字にして困惑顔を浮かべていた。

 その時、既にロンファの体重はほとんどルイスに支えられていた。ロンファが目覚める気配はない。

 俺はやれやれと肩を竦め、ロンファの枕係を交代してやることにした。


「ごめんね、デルタ……」

「いや、気にするな」


 俺が座りなおすのを見て、ルイスは肩を回しながら俺のいた席に腰を下ろした。

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