第9話
前部ハッチが下りてきて、光学ディスプレイが輝き出す。電力は十分、機能不全を起こしているパーツもない。
俺は動き出す前に、整備兵用の通信端末と連携を試みた。現在、既に数機の味方ステッパーが出撃している。どんな武器が残っているのか、確かめてみよう。
「ん……」
俺は思わず顔を顰めた。対空装備がごまんと余っていたのだ。
やはり皆、対空戦闘は慣れていないものとみえる。仕方ない。整備兵の身分で恐縮だが、俺が模範を示さなければなるまい。
腕や足をぐるぐる回してみると、ちょうど俺の動きに追随するように、機体のパーツも駆動した。
それを確認した俺は、胸中で他の整備兵に詫びながら、思いっきり眼前の壁をぶん殴った。
鉄筋コンクリート製の壁は、呆気なく破砕された。その先には、ステッパー専用の兵器が並んでいる。俺の目当ては地対空ロケット砲だ。
この基地は、敵からの空襲に備えた装備が脆弱だ。ロケット砲にも対空追尾性能はない模様。だが、機関砲より威力があるのは間違いない。
俺はたった今空けた穴に腕を突っ込み、ロケット砲をそっと、しかし素早く数本取り出した。両腕でわきに抱え込むようにして、ありったけのロケット砲を担ぎ、跳躍。
「おっと……」
シミュレーターとはやや違うが、俺はそれを手先で修正。電力供給状態にある他機の頭上を飛び越えて、味方機が戦っているドック入口へと舞い降りた。
「本基地防衛中のステッパー各機! 地対空ロケット砲を用意した! 使ってくれ!」
機外スピーカーを大音量で震わせながら、俺は一本のロケット砲を担ぎ上げた。
「こうやって使うんだ、よっと!」
自機の火器管制システムが、ロケット砲に同調する。緑色の赤外線映像の中央に、機関砲を唸らせる敵のヘリを捕捉。
「くらえっ!」
バシュン、と勢いよく射出されたロケットは、僅かな白煙を残して飛び立った。誘導式ではないが、この距離ならば。
おおっ、というどよめきが起こった。俺の放ったロケット砲が命中したのだ。見事に敵機のコクピットを直撃、機体を爆発四散させた。
「残り二機だ! 叩き落としてやれ!」
俺は、高揚感に紛れて失われそうになる冷静さを辛うじて引き留めた。
ステッパーたちは我先にとロケット砲に手を伸ばす。俺はそれを援護すべく、空になった砲身を捨てて重機関砲を構えた。
俺には『愛機』と呼べる機体はないが、とにかくこいつの性能を信じた。ドォッ、という爆音を響かせ、垂直に飛び上がる。ヘリに対して、同高度から真っ直ぐに機関銃を構える。
コクピットを蜂の巣にするつもりだった。
引き金にかけた指に力を込めようとした、まさにその直前。
「どわっ!」
凄まじい風圧に、機体が揺さぶられた。スラスターを吹かし、なんとか姿勢を制御。はっとして振り返ると、四機目のヘリが真っ直ぐに宿舎へ向かっていくところだった。先ほどの報告にはなかったはずだ。
「レーダージャミングか!」
今朝回収した、黒い円盤状の物体が思い出された。その技術を応用して、敵はレーダーに反応しない機体を造ったのだろう。
このままでは、俺たちを首都へ護送するためのヘリも、宿舎内で安静を保っている負傷者たちも危険だ。
「くっそおおお!」
何としてでも阻止しなければ。四機目の敵機の機関砲が唸りを上げる前に。
俺は再び跳躍し、整備デッキの屋上に足をついて機関砲を構えた。しかし、敵機を挟んですぐ向こうには宿舎がある。これでは、撃てない。
俺が奥歯をぎゅっと噛み締めた、その時だった。意外な人物の姿が、屋上に見えた。
「スランバーグ大佐?」
あの歩き方は、間違いなく大佐だ。だが、顔はよく分からない。赤外線ゴーグルをかけているのか? すると大佐は背後から、小振りの、人間用のロケット砲を取り上げた。そして無造作に発砲。
するとたちまち、屋上は濛々とした白煙に包まれた。俺には、敵機が怯んだのがよく見えた。
ぐらり、と体勢を崩す敵機。
そうか。大佐は敵の視界を塞いだ上で、対空機銃を浴びせかけたのだ。狙いは的確で、主回転翼の接続部を狙っていた。
敵機はたちまちバランスを崩す。なんとか着陸を試みているようだ。その間に、どんどん高度は落ちていく。
俺ははっとして、再びマイクに口を寄せた。
「大佐! 逃げてください! 早く逃げて!」
この距離で聞こえるはずもなかった。しかし、少なくとも覚悟はできていたのだろう。白煙の向こうから、大佐による対空砲火の止む気配はない。
やがて敵機はぐるぐると回転を始め、宿舎の屋上を掠めるように降下。白煙で状況は分からない。だが、大佐や味方のヘリに接触した恐れもある。
敵機は屋上を滑るように移動し、宿舎の向こう側に消えた。
「くっ!」
俺は振り返り、地対空ロケット砲が飛び交っているのを確認。これなら俺がこの場を離れても、十分迎撃できるだろう。
俺が為すべきは、宿舎屋上の状況確認だ。
「大佐、どうかご無事で……!」
※
俺は白煙を突っ切って、整備ドックの屋上から宿舎へと飛び移った。ガシュン、と脚部が衝撃を吸収し、足元から軽い振動が伝わってくる。
俺は前部ハッチを開放し、勢いよく飛び出した。
「大佐! スランバーグ大佐!」
「ここだ、デルタ伍長」
明朗な声に、俺は首がねじ切れるかという勢いで振り返った。
白煙の向こうから姿を現したのは、やはりスランバーグ大佐だった。赤外線ゴーグルを外し、その場に放り捨てる。
「大佐! ご無事だったんで――」
と言いかけて、俺は息を飲んだ。大佐の脇腹から、酷い出血が見られたのだ。
「ああ、誰か来てくれるとは思っていたが、やはり君だったか」
そう言うや否や、大佐はがっくりと膝を折り、その場にばったりと倒れ込んだ。
「大佐ッ!」
駆け寄ろうとした俺を、しかし大佐は鋭い声で押し留めた。
「ヘリの状態を確認しろ、伍長。私よりも先に……。命令だ」
命令と言われてしまってはどうしようもない。俺は白煙をかき分け、ヘリの止まっていた方へ向かった。だんだんと視界が戻ってくる。
気づいた時には、ヘリは目と鼻の先だった。ばんばんと叩きながら、前方に回る。
「パイロット! 無事か!」
すると、両腕を掲げてヘルメットを被った人影が見えた。のっそりと顔を上げる。俺と目が合って、ほっと一息ついた様子だ。
そんなパイロットには悪いが、俺はすぐさま踵を返し、大佐の下へと駆け戻った。
「大佐、ヘリは無事です! すぐに離陸できます、早く最寄りの医療施設へ――」
「いや、構わん。放って、おけ……」
「え……? 何を仰ってるんです、大佐!」
「君も、分かっているだろう、デルタ伍長? 私など、もう手遅れだ……」
少年兵時代に、嫌というほど見てきただろう? ――そう言われて、俺は黙り込むしかなかった。俺が見てきた仲間の死は、二回や三回ではない。当時を思い返してみれば、確かに大佐に助かる見込みはない。
おれがぐっと唾を飲むと、大佐はこんな言葉をかけてきた。
「デルタ伍長、命令ではなく、頼みが、ある」
「は、はッ!」
「これを、孫娘に渡してやってくれ」
大佐が懐から取り出したのは、件の高感度カメラだった。
「我ながら……よく撮れていると、思うのだが」
そう言って咳き込む大佐。鮮血が口元から溢れ出る。それを見て、俺は何も言葉にすることができなかった。
カメラを載せた手が震える。命令ではなく頼みだと言われたことが、余計に俺の胸を締めつけた。頼んでくれたということは、俺を個人的に信頼してくれているからだと思ったのだ。
俺はがばっと顔を上げ、大佐と視線を合わせ、大きく頷こうとして――やめた。
大佐は、既に事切れていたからだ。
「あ、ああ……」
俺には最早、大佐を揺すったり、声をかけたりする余裕はなかった。ぎゅっと、しかし柔らかくカメラを握り締める。
どうして現場の俺たちのことを知ってくれている人が、こんな死に方をしなければならなかったのだろう? いや、現場の人間だからこそ、あるべき死に様を見せてくれたのかもしれない。
しかし、悲嘆に暮れている場合ではなかった。俺はぐいっと目元を拭い、自らのステッパーへ駆けだした。敵のヘリの乗員が生きている可能性がある。まだ戦う気があるなら、とどめを刺さなければ。
白煙がだいぶ晴れてきたので、視界はクリアだ。俺は大佐の遺体のそばを駆け抜け、ヘリが不時着したと思しきグラウンドを見渡した。
いた。やや傾いてはいるが、墜落はしていない。
あいつらが、大佐を殺したのだ。そう思うと、意外なほど頭がすっ、と涼やかになった。
俺は無言で機関砲を構え、情け容赦なく銃撃した。数秒間の斉射の後、ヘリは爆炎に包まれた。脱出を試みていた乗員と共に。
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