第5話
「もしかして、さっきの説教にあったお偉いさんのことか……?」
もしそうなら、ごく近距離に自国の軍の高官がいることになる。敵がそれに気づいているか否かは不明だが、食い止めなければ。
「ルイス、お前はここにいろ!」
「えっ、あっ、デルタ?」
俺はその場にあった弾倉を無理やりリュックサックに詰め込み、がばっと背負って通信室を飛び出した。
「デルタ、上腕の傷はどうするんだ⁉」
というルイスの言葉は無視した。そのまま、匍匐前進でドック内を進む。正面に敵の本隊がいるというなら、別動隊が横合いから攻め込んでくる恐れがある。
整備兵としての観察眼が幸いしたのか、このドックの隔壁の脆い部分は把握している。敵がそれを知っているか? 知ったこっちゃない。最悪の事態を想定して動かなければ。
俺は電力供給中のステッパーの下に潜り込んだ。うつ伏せで、自動小銃のストックを肩に当て、隔壁の弱い部分に狙いを定める。敵を正面から迎撃できる位置だ。
それから待つこと約五秒。俺が唾を飲むのに、ちょうどいい時間だった。ドォン、という短く、腹の底を震わせるような爆音が響いた。隔壁を破壊するだけの、強力な爆薬が炸裂した模様だ。
黒煙と粉塵が舞い散る中、俺は腰元から別な武器を取り出した。手榴弾だ。ピンを抜き、二秒待つ。
「いけっ!」
軽く呟き、転がすように正面へ投擲する。すると、ちょうど最大効果域に入った手榴弾が敵の足元を薙ぎ払った。ぐしゃり、と肉片の飛散する音がする。
やや煙が晴れたところで、俺は容赦なく銃撃した。足止めでいい。あとは味方のステッパーたちが片をつけてくれる。
しかし猶予はない。俺は既に、反対側の隔壁が爆砕されたことに気づいていた。早く向かわなければ。外で戦闘中のステッパーと、ドック内で待機中のステッパー。敵がその隙間につけ込んでくると厄介だ。
俺は、我ながら巧みにステッパーを遮蔽物にしながらドック内を駆けた。
先ほど通信室から拝借したヘッドセットに声を吹き込む。
「ロンファ、聞こえるか! 前方の敵はリアン中尉たちに任せて、お前は側面を守れ!」
《あん? 何だって?》
「ドック西側だ! 隔壁を破られた! 急いで敵を横合いから叩いてくれ!」
《分かったよ! 貸し一つだからな!》
ふん。この非常時に、一体何の貸し借りがあるというのか。俺はこちらから通信を切り、西側隔壁の損壊部分に銃口を向けて――固まった。
その光景に、そしてその美麗さに、心を奪われたのだ。
そこに立っていたのは、一人の少女。俺たちよりずっと若い。十一、二歳といったところか。銃弾の飛び交うドックの中で、ただ一人そこに立って、ステッパーに手を触れている。
これが都市部の基地だったら、おかしな光景ではない。戦意高揚のためのイベントが開催されて、その一環として、幼児が実物のステッパーに手を触れる機会もあるだろう。
しかし、言うまでもなくここは立派な戦場なのだ。
金髪のツインテールに真っ白なワンピースという姿は、あまりにもこの場に不似合いだ。
彼女を守らなければ。しかし身体が動かない。まるで彼女の発する気迫、オーラというべきものに魅入られてしまったかのようだ。
「お、お前は……」
俺が声を上げかけた、まさにその直後。ドックの天井がぶち抜かれた。落下してくる無数のコンクリート片。
すると少女はくるり、と俺に振り向き、驚異的速度で接近。地面すれすれを滑空するかのような速度で、俺にタックルを食らわせた。
「がッ!」
空腹だったのは幸いだ。俺の反吐で、彼女のワンピースを汚したくはない。
少女は俺の腰に抱き着いたまま、無感情な瞳で俺を見つめた。
「上方にも注意して、デルタ伍長」
「は、はあっ⁉」
俺は状況も忘れて、呆気にとられた。
「ど、どうしてお前が俺の名前を……?」
「ここのステッパー、基地に認識されたパイロットでないと起動できないのね。面倒なの」
「いや、面倒って……。っていうかお前、まさか戦うつもりだったのか?」
「ええ。まどろっこしくてやってられないから、助太刀しようと思って」
その言葉に、俺の混迷の度合いは一気に増した。
彼女はこの歳で、ステッパーを操縦できるのか?
「ところでデルタ伍長」
「な、何だよ?」
「いい加減、私のお尻から手をどけてくれる? セクハラよ」
「うわっ! す、すまない……」
ゆっくり周囲を見渡してから立ち上がった少女に従い、俺も膝立ちになる。
だが、俺は何か既視感のようなものを覚えていた。彼女の雰囲気、どこかで……?
「ぼうっと突っ立ってる場合じゃないわよ、デルタ伍長。こちらのステッパーが一機、敵に乗っ取られたみたい」
「何だって? だってお前、さっきは『この基地のパイロットでないと起動できない』って――、あ」
俺は目にしてしまった。パイロットの遺体から切り取ったのであろう手。それを、ステッパーの承認システムに押し当てる敵の兵士の姿を。
さっと乗り込む、というより着込む。そんな素早い所作を見て、俺はこの敵兵士がベテランであると悟った。
このままでは、我が軍の最新技術が敵の手に渡ってしまう。何とか食い止めなければ。
しかし、他の兵士たちは白兵戦で手一杯だ。こうなったら――。
「お前はここにいろ。うずくまって、耳に手を当てて――」
「冗談。戦うわ。あなた、整備士よね。指紋承認システムの他にも、パスワードでステッパーを起動させること、できるんじゃない?」
「あ、ああ……」
完全に会話の流れを持っていかれている。だが、そんなことに頓着している暇はない。
「これにするわ」
こんこん、と一般兵用のステッパーの装甲版を叩く少女。
「おい、まだ電力供給が十二パーセントしか――」
「フル稼働で五分、ってとこかしら。構わないわ。起動して頂戴。この子が一番、関節部の調子がいいみたいだから」
そこで再び、俺は不思議な光景を目にする。
少女は、うっとりとした目でステッパーを見つめていたのだ。ちょうど花や草木を愛でるように。
――まさか、相当な使い手なのか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。彼女が戦力になるというなら、働いてもらおう。
俺は非常用パスコードを外部パネルに打ち込み、ハッチを解放させた。
「よっと」
軽く跳躍し、コクピットに収まる少女。先ほどの天井崩落の件といい、今の身のこなしといい、間違いなく彼女は場慣れしている。『戦場』という、似つかわしくない場所に。
すぐそばにある武器のラックから、拳銃を手に取る少女。左手には既に、小振りのサーベルが握られている。
「取り敢えず、奪取された一般機は私が仕留める。あなたは引き続き、味方の援護を」
「わ、分かった!」
俺の返答も待たずに、少女は停止中のステッパーの頭部を軽く踏みつけ、乗っ取られた機体に向かって発砲した。
勝負は一瞬だった。少女の放った弾丸は、三連射で敵機の前部装甲を破砕。あのステッパーの装甲を破るには、ほぼ同位置に撃ち込む必要がある。それを、少女は易々とやってのけたのだ。
グワン、と機体を翻し、今度はサーベル刺し込む。少女の腕がよかったのか、これもまた装甲を貫通し、斜め上方から下方に斬り裂いた。
とどめとばかりに、敵機を蹴倒す少女。
「す、すげぇ……」
俺が息を飲んでいると、
《二機目、乗っ取られた。続きはあなたに任せるわね》
と告げられた。
「は、はあっ⁉ 俺は生身だぞ!」
《こっちも電力切れ。これが精一杯》
ちょうどスピーカーからの音声が途切れる直前、少女はサーベルを投擲した。ギィン、と鋭利な音を立てて、敵機のキャノピーに突き刺さるサーベル。
反射的にそれを引き抜く敵機。パイロットは無事なようだが、装甲はその役割を果たせなくなった。
「なるほどな」
そう呟いて、俺はジグザグに駆けつつ自動小銃で銃撃した。
サーベルの刺さった箇所を中心に、ひび割れが生じている。装甲の強度は格段に下がっているし、メインディスプレイもまともに機能していないはずだ。
滅茶苦茶にサーベルを振り回す敵機だが、その斬撃は空を切るばかり。
「とっ!」
俺は階段状に並んだコンテナを駆け上がり、焼夷手榴弾をまとめて投げつけた。
俺がコンテナの反対側に飛び降りると同時、バァン、と弾けるような音が連続し、凄まじい熱気が俺の頭上を掠めていく。。
「はあっ!」
一旦肺の中の空気を交換し、工作用ドリルを担いで敵機の側面から近づく。
しかし、ドリルの出番はなかった。敵機のキャノピーは破砕され、肉塊と化したパイロットのバラバラ死体が床にへばりついている。
ステッパーもまた、脚部、腕部共に損傷し、修復不可能なまでになっていた。
これなら、敵にこちらのステッパーのデータを奪われる危険はないだろう。
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