第4話

《総員に告ぐ! 哨戒中の自軍ステッパーが急襲された! 繰り返す! 哨戒機が急襲された! 戦闘員は直ちにステッパーに搭乗し、迎撃態勢に入れ! 手隙の者は、対空機銃の銃座に着け!》

「な、なん……?」


 俺は口ごもった。ステッパーが急襲された? 馬鹿な。ステッパーの相手ができるのは、現在のところステッパーだけだ。戦車では遅すぎるし、戦闘ヘリではすぐに基地の高性能レーダーに探知されてしまう。


「おーい、デルタ!」

「ルイス、今の情報は本当なのか?」

「あ、ああ、そうみたいだ……」


 いつも通り、歯切れの悪いルイス。


「整備兵! ドラゴンフライの調整は済んでるんだろ? さっさと出撃させろ!」


 ロンファが喚き散らしている。しかし、今はまだ状況が把握しきれていない。エースパイロットといっても、常時搭乗していればいいというわけではない。


「おい待てロンファ! まだ敵勢力の規模も分かっていないんだ、無茶をするな!」

「ああん? デルタ、俺を何様だと思っていやがる? これでも撃墜スコアは五つ以上――」


 とロンファが言いかけた瞬間。俺の後頭部が痺れた。殺気を感じたのだ。

 

「お前ら、伏せろ!」


 俺は両腕を広げ、ラリアットの要領でルイスとロンファを押し倒した。


「うわっ!」

「いてっ! 何しやがるんだ、デル――」


 とロンファが言いかけた直後、大口径の銃弾が、整備ドックのハッチから飛び込んできた。

 俺の勘も鈍ってはいなかったらしい。

 文句を言われながらも、俺は二人の後頭部を床に押しつけ続けた。ステッパーに当たって跳弾した弾丸が、人を殺すことだって十分あり得る。

 周囲の床が真っ赤に染まったのを目にして、流石のロンファもごくり、と唾を飲んだ。


『大口径の銃弾』と予想したのは正解だったようだ。ステッパーたちの損傷は軽微だが、撃たれた整備兵たちは酷い有様だった。


 否応なしに、五年前のあの日を思い出す。だが、


「違う……。ここにいるのはアルファたちじゃない……。俺だって、五年前の俺じゃないッ……」


 俺はそう呻くように言って、匍匐前進を開始。振り返ると、ルイスとロンファが大人しく丸まっているのが見えた。

 自身の無事を確認した俺は、冷静であれと念じながら、ドック内に配された自動小銃へと手を伸ばした。その間も、ずっと銃弾は飛び込んできている。対人には有効で、対機動兵器にしては弱すぎる銃弾が。


「どういうわけだ……? いや」


 考えるのは後回し。俺はドックの外壁に背を預け、しゃがみ込んだまま自動小銃を操作した。初弾装填、セーフティ解除、フルオート。

 ごろり、と壁面の陰から出て、敵の気配を見計らう。そして気づかぬうちに、口角が上がった。


「ありがとよ、太陽さん」


 今まで散々暑さを振りまいていた太陽。しかし今は、これ以上ない援軍といえた。

 敵が攻めてきているのは、暗い森林部からだ。当然、こちらから狙いはつけにくい。だが、日差しの具合でちょうど敵の姿が見えた。


 真正面から攻め込んできているのは総勢五名。先頭の一人が重機関銃を手にし、残り四人が彼を援護すべく標準的な自動小銃を構えている。


 俺はふっと息をつき、肩から先を脱力させながら銃撃した。真一文字に、弾丸をばら撒くように。

 敵は面白いように倒れていった。呆気ないものだ。死んではいないだろうが、まともに動けやしまい。

 しかし――。


 弾倉を取り換えながら、俺は今度こそ考えた。敵の狙いは何なのか。

 すると、俺が開いた活路の向こうからステッパーが現れた。ぎょっと身を引いてしまう。敵にステッパーはいないのではなかったのか?


 嫌な汗が滲んだのも束の間、それが友軍機であることに俺は気づいた。

 きっと、急襲されたという味方だろう。自力で戻ってこられたのか。ということは、やはり敵の目的はこちらのステッパーの破壊ではない、ということになるが――。


「デ、デルタ……」

「ルイス! 馬鹿、お前もロンファを見習って、丸くなってろ!」

「待って! 聞いてくれ! 僕の仮説なんだけれど――」


 そんなものは後にしろ、と一蹴するのは簡単だった。が、できなかった。ルイスの瞳に揺らぐ『何か』が、俺を引き留めたのだ。

 怒りではない。悲しみ? いや、それにしては複雑だ。後悔? いや、違うのか?


「ええい!」

「どわっ⁉」


 面倒だ。俺はルイスの襟首を引っ掴み、ごろんと半回転して、安全である内壁の陰に引きずり込んだ。


「聞かせろ、お前の仮説を!」

「あ、ああ……! えっと、その……」


 俺は軽くルイスを引っ叩いた。


「はっきりしろ! 明確に言え!」

「そ、そうだ! 敵の目的は、この基地のステッパーの奪取だ!」

「何?」

「考えてみてくれ、デルタ。敵は対人火器しか装備していない! ステッパーに敵うはずがないのに! だったらこれは、人間だけを排除する作戦なんだ! ステッパー強奪作戦なんだよ! 哨戒中のこちらのステッパーが出し抜かれたのにも理由があるはずだ!」

「ルイス、お前……」


 まるで見てきたような口ぶりだ。それだけこの仮説に自信がある、ということなのだろう。俺もそれ以上、追求はしなかった。


《皆、下がって! リアン・ガーベラ中尉、ヴァイオレット、出撃します!》


 唐突に響いた、凛とした声。リアン中尉だ。ヴァイオレットに搭乗した彼女は、手前の一般機を軽々と飛び越えて、一気に鉄扉の向こう、日の当たる森林部に斬り込んでいった。

 もしできることなら、敬礼したかった。そして伝えたかった。どうぞご無事で、と。だが、そんな悠長なことはやっていられない。


《ロンファ・ホーバス伍長、ドラゴンフライ、出るぞ!》


 いつの間に搭乗していたのか、ロンファの声が響き渡る。

 ドラゴンフライは、圧倒的な近接パワー型だ。脚部の先端を一般機に掠らせながら、俺たちの頭上を通過していく。


「くそっ!」


 俺がついた悪態は、ロンファに対してではない。自分がステッパーに搭乗できず、リアン中尉やロンファと共に戦えないのが悔しかった、という理由からだ。

 かといって、自分が操縦する立場に追い込まれるのでは、という恐怖心は拭いきれない。


「整備ドック前方の守りは大丈夫だ。ルイス、俺たちはドック後方に退避するぞ!」

「……」

「何やってる、ルイス!」

「え? あ、わあっ!」


 ルイスを引っ張りながら匍匐前進するという、なかなかの過重労働に見舞われながら、俺はドック後方を目指した。今のルイスの仮説を、お偉方に伝えなければならない。


         ※


 五年前に救出されて以来、俺はほとんどの時間をこの整備ドックで過ごしてきた。

 だが、入口から最奥部までの距離を、こんなに長く感じたことはなかった。


 理由は単純で、ドック側面に回った敵が窓ガラスを割って、銃撃を仕掛けてきたからだ。

 僅かに上腕を掠める弾丸。灼熱感に似た痛み。


「野郎!」


 俺は自動小銃を持ち換え、横向きに銃撃しながらドック内を駆けた。ジグザグに、ステッパーを盾にしながら。少しばかり敵を倒せていればいいのだが。

 ここまで引きずってきていたルイスを引っ張り起こし、怒鳴りつける。


「怪我はないか⁉」

「あっ、う、うん!」


 いつになく情緒不安定に思えるが……まあ、それはいい。ルイスには、先ほどの仮説をお偉方に披露してもらう必要がある。俺が代わってもよかったのかもしれないが、提唱した本人に話をさせるのが一番だ。


 この整備ドック後方には、非常用の通信装備がある。これで官舎にいるお偉方と通話できる。

 ここで具体的に、敵の狙いは我が軍のステッパー強奪だ、と提唱したところで、俺たち自身がどうしたらいいのかは分からない。だからこそ、命令を求めなければ。


 スイッチを入れ、ダイヤルを調整。テーブルに固定されたマイクに口を寄せ、声を張り上げた。


「こちら整備ドック緊急通信室! 官舎司令部、応答願います!」

《……》

「誰か! 司令部応答を!」

《……》


 まったく、何をやっているんだ。まさか緊急ケーブルまで切られたわけでもあるまいに。


《こ……司令……そちら……》

「こちらはデルタ伍長、及びルイス・ローデン伍長! 聞こえますか!」

《あー、こちら官舎司令部、通信が混線していた。大丈夫だ、聞こえている》


 そう応じたのは、基地司令である少佐だった。


「ほら、ルイス!」


 俺は半ば突き飛ばすようにして、ルイスをマイクの前に立たせた。銃声に負けないように、大声で話してもらわねばならない。


「しょ、少佐殿! 実は――」


 先ほど俺に説明したことを繰り返すルイス。だが、司令部の対応は冷ややかだった。


《根拠は何か?》

「そっ……それは……」


 ルイスも言い淀んでしまう。しかし、司令部の方から別な声が割り込んだ。


《デルタ伍長、それにルイス伍長。一理ある意見だ。少佐、戦闘経験のある整備兵たちには、対人携行火器で対処させろ。敵勢力の、ステッパーに対する接近を防ぐんだ》

《し、しかし大佐……》

《責任は私が取る。はやく指示を出したまえ、少佐》


 すると間もなく、少佐の声で件の命令が整備ドックに下された。

 それはいいのだが、彼の懸念を払拭した『大佐』とは何者だ?

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