【二四二《強者でも恋愛と戦争で手段を選ばない》】一

【強者でも恋愛と戦争で手段を選ばない】


 いつも夏休みには互いの実家に泊まり合っている俺達は、昨日から八戸家で一緒に過ごしていた。そして、帰省していた優愛ちゃんも交えてゲームをしながら宅飲みをした次の日、八戸家に来客があった。だが、その来客に友好的な印象を持てなかった。


 八戸家を訪ねてきたのは、俺達が遊びに出たアミューズメント施設で俺に話をして来た外務省の人だった。

 今は、一階のリビングでお母さんが外務省の人の話を聞いている。外務省の人がなぜ凛恋の家を知ってるかなんて考えるのも無駄だ。でも、凛恋の家を訪ねてきた理由は気になる。

 ロニー王子絡みなのは間違いない。それに、あの外務省の人間が良い話を持って来る訳がない。


「では、よろしくお願いします」


 外務省の人のその声が聞こえた直後、玄関ドアが閉まる音が聞こえる。すると、階段を上る足音が聞こえて、部屋のドアがノックされた。


「凛恋、凡人くん、入っても良い?」

「うん」

「はい」


 俺と凛恋が返事をすると、お母さんが俺と凛恋の前に座って、テーブルの上に作りの良い二つ折りにされた紙を置く。その紙を凛恋が手に取って開くと、キュッと唇を噛んだ。


「ロニー王子からよ。リゾートホテルの大宴会場で開かれるパーティーの招待状。私達家族を招待したいとロニー王子がおっしゃっている。そう言われたわ」

「行きたくない」


 テーブルの上に招待状を戻した凛恋が、首を横に振って拒否する。しかし、お母さんの表情は良いものではなかった。


「外務省の人には、くれぐれも断らないようにしてほしいと言われたわ。詳しくは分からないけれど、外務省にフォリア王国からお話があったそうよ。ロニー王子から有意義な留学が出来ていないって」


 その話は、凛恋のお母さんには全く関係ない話だ。ロニー王子が自分が納得した留学が出来ていないからと言って、凛恋のお母さんが何か頭を悩ませるようなことじゃない。それにそもそも、そんなことを外務省の人がお母さんに言う必要なんて一ミリもない。


「お父さんに相談してみるわ」

「私、絶対に嫌だから」


 凛恋は頑なに拒否をする。その凛恋の手を握りながら、俺はロニー王子が今まで以上になりふり構わなくなったことに怒りを覚えた。

 きっと、この前のカラオケで下手な歌を歌わされたということがロニー王子のプライドを傷付けたのだろう。しかし、それは誰かが悪い訳ではない。悪い人間は、そんなことで怒ったロニー王子の方だ。


「ただいま」


 お母さんの話が途切れた時、帰って来たお父さんの声が家に響く。その声に、お母さんは凛恋の部屋を出て階段を下りていく。そのお母さんの後を、俺と凛恋も追った。


「あなた、おかえりなさい」

「ただいま。少し話があるんだ。凛恋、優愛を呼んできてくれるか?」

「うん。ちょっと待ってて」


 凛恋はすぐにリビングから二階に上がって優愛ちゃんを呼んで戻ってくる。


「俺、上に行ってます」


 凛恋と優愛ちゃんが戻って来た後、お父さんが黙って俺に視線を向ける。それが、席を外してほしいという視線なのは分かった。


「凡人も一緒で良いじゃん」

「凛恋。家族だけで話さないといけないこともあるんだぞ?」

「凡人はもううちの家族だし!」


 リビングを出ようとする俺から手を離さず引っ張る凛恋に、俺は笑顔を向けて頭を撫でる。


「分かってるって。でも、それでも俺が聞いちゃいけない話もあるんだよ」

「凡人くん、ありがとう」

「いえ、ゆっくり話してて下さい。少し外に出て来ます」


 凛恋の手を丁寧に自分の手から外すと、お父さんが申し訳なさそうにお礼を言う。俺はそのお父さんに笑顔を向けて首を振り、二階に行って鞄を持ってから八戸家を出る。

 お父さんの雰囲気的に話はかなり複雑なものになりそうだった。だから、一時間くらい時間を潰してきた方が良いだろう。


 目的地を凛恋が好きなケーキ屋に決めて歩き出した俺は、八戸家を訪ねてきた外務省の人とロニー王子のことを考える。

 ロニー王子は八戸家に外務省を使ってパーティーの誘いをしてきた。正体相手が凛恋だけじゃないのは、凛恋の精神的なハードルを下げるためなのかもしれない。いや、もしかしたら家族全員参加という状況を作って断り辛くしているのかもしれない。


 最初、ロニー王子と出会った頃に、ロニー王子を良い人だと思っていた自分の人の見る目の無さに呆れる。

 人は必ず暗い一面を持っている。ロニー王子のその暗い一面を見抜けなかった自分が情けない。でも、凛恋は断固として拒否していたから、パーティーに参加することはないだろう。




 ケーキ屋に行って帰って来る間に丁度一時間経ち、俺は八戸家のインターホンを鳴らす。すると、出て来たのは随分困った顔をした優愛ちゃんだった。


「凡人さん、お帰りなさい」

「優愛ちゃん、ただいま。ケーキ買ってきたよ」

「ありがとう」


 ケーキの箱を受け取った優愛ちゃんの表情はまだ暗い。いつもなら、パッと明るく笑って喜んでくれるのに。


「優愛ちゃん、何かあったの?」

「えっと……とりあえず上がって下さい。ケーキを冷蔵庫に仕舞ってから、私の部屋で話します」


 優愛ちゃんの歯切れの悪い様子に戸惑いながらも、俺は優愛ちゃんが冷蔵庫にケーキを仕舞うのを見てから一緒に二階にある優愛ちゃんの部屋に入る。そして、床にあぐらを掻いて座ると、優愛ちゃんが俺の前に座って大きくため息を吐いた。


「今日、パパが会社からロニー王子のパーティーに参加するように言われたらしいんです」

「お父さんが!? どうしてそんなことに」

「ロニー王子が開くパーティーの会場になってるホテルが、パパの会社の取引先らしくて。それで、ホテルからパパの会社にパーティーへ必ず家族で参加するようにって言われたみたいなんです」


 困った表情の優愛ちゃんに、俺は言葉を返せず黙ってしまう。

 まさか、お父さんの会社にまで手を回しているとは思わなかった。


「なんで、私達がパーティーに誘われたか分からないんですけど――」

「ロニー王子が凛恋のことを好きなんだ」

「……やっぱり、そうだったんだ」


 優愛ちゃんは俺の言葉を聞いても驚かなかった。それどころか、腑に落ちたという様子で小さく頷いた。


「ロニー王子、大学のパーティーでもずっとお姉ちゃんの近くに居ましたし、今回も沢山居る社員の中でパパを名指しして、しかも家族全員で参加なんて怪しいですし、それに……私達が参加しなかったらパーティーは中止になるって」


 視線を床に落として、両手の拳を握る。


 お父さんは今回のパーティーを断ることは出来ない。お父さんの会社とホテルの関係はどのようなものか分からない。でも、取引先ということは、お父さんの会社はホテル側に何かしらのサービスを提供して利益を得ている。その大切な顧客の機嫌を損ねるようなことはしない。もしそれが、賄賂のような犯罪まがいのことなら躊躇うのかもしれないが、求められているのは一社員の家族がパーティーに参加すること。それで取引先の機嫌が取れるなら、やらないという選択肢はない。それに、お父さんは会社でも高い立場にある人だ。高い立場にあるからこそ、今回の誘いは断ることは出来ないだろう。


「でも、心配しなくてもお姉ちゃんは凡人さん大好き人間ですから、ロニー王子のことなんてなんとも思ってませんよ」

「それは分かってるし、凛恋を信じてる。でも、ロニー王子は自分が持ってる力を全て使って、凛恋と距離を縮めて俺から奪おうとしてる」


 俺を安心させようと優愛ちゃんは優しい言葉を掛けてくれた。それに感謝をするが、事情を聞いた俺はやらないといけないことがある。


「凛恋と話をしてくる」

「はい」


 立ち上がって優愛ちゃんの部屋から出ると、すぐに俺は凛恋の部屋の前に行く。そして、ゆっくり手を持ち上げてドアをノックした。


「凛恋、俺だ」


 ノックして凛恋の返事は聞こえなかったが、ゆっくりとドアが開く。その少し開いたドアの隙間から見えた凛恋の目は真っ赤に泣き腫らしていた。


「凛恋……」

「行きたくない……」

「…………でも、お父さんの会社が関係してるんだろ?」


 本音では、絶対にロニー王子のパーティーに凛恋を行かせたくない。でも、パーティーの誘いを断れば、お父さんの仕事に影響が出るかもしれない。


 パーティーに参加するように言っているのは、お父さんの会社が取り引きをしているホテルで、それに半ば強制的に行けと言っているのはお父さんの会社の方だろう。その状況では断れない。もし、状況がそうでなかったら、凛恋が泣いてまで拒否しているのにお父さんがパーティーに凛恋を連れて行こうとする訳がない。だけど、誰の目にも見えている。取引先のホテルでもなく、お父さんの会社でもないもう一つの影が。


 全て、ロニー王子の意思なのだ。ロニー王子が手を回しているのは分かり切っている。でも、ロニー王子が強制したなんて話は出ていない。全て、ホテル側からの要求を会社が無条件で飲んで、それに社員のお父さんが従わざるを得ないという状況だ。そんな状況を平然と作り出して、それなのに自分はその状況の首謀者だと見せようとしない。俺はそんなロニー王子の態度に、途方もなく大きく冷たい軽蔑を抱いた。


 何が正々堂々と勝負をしようだ。こんな、沢山の人達の思惑を絡めさせて、状況を自分の思い通りの結果に動かすやり方なんて、お世辞にも正々堂々なんて言えない。


「行きたくない……」

「凛恋……」

「……誕生日なのに……誕生日は凡人とずっと一緒に居たかったのに……」

「えっ……――ッ!」


 俺は、凛恋の漏らした悲痛な声を聞いて、冷静さを失い凛恋の部屋を飛び出しリビングに行く。リビングでは、お父さんとお母さんが並んでソファーに座っていて、そのソファーの上にあるテーブルには、外務省の人が持ってきたパーティーの招待状が置かれている。その招待状を開いて見て、俺はその招待状を握り潰したい気持ちになった。


 パーティーの開催日は凛恋の誕生日。パーティーが一日中行われている訳じゃない。でも、凛恋の誕生日をロニー王子が狙ってパーティーを開いたのは間違いない。

 大きな国の第一王子が、小さな島国の一般人に対して、ここまで本気で潰しに来る。それに王子としてのプライドや余裕はないのかと思う。しかし、それで分かることもある。

 そうしてまでも、ロニー王子は凛恋を俺から奪い取りたいのだ。それくらい、ロニー王子は凛恋に対して本気になっている。いや、俺がロニー王子を本気にさせた。


 俺に、ロニー王子から凛恋を守る手段が徹底的な隔離しかなかったから、そんな手段しか出来ない弱い人間だから、ロニー王子はその俺の弱さなんて軽くひねり潰す強さを使ってきた。

 もし、俺がロニー王子よりも権力を持っていれば、ロニー王子が俺に従うしかないほど力を持っていれば、簡単に今の状況を叩き潰してロニー王子を黙らせられる。でも現実は……。

 力がないのは俺の方だ。

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