【二四一《割り込めない絆の和》】:二

 昼食を終えて、カラオケに移動した俺達は、ロニー王子が勝手に手配したパーティールームに通された。ロニー王子が手配したせいで、既にカラオケ代は支払われていて、きっと注文する飲み物や食べ物代もロニー王子が支払ってしまうのだろう。だから、俺は追加の注文をせずにカラオケの料金に付いているドリンクバーの薄いアイスコーヒーに口を付ける。


 視線の先では、凛恋が希さんと一緒に女性アイドルの曲を歌っていて、それをソファーに座ったロニー王子が爽やかな笑顔で見ている。

 きっと、この世の中で厚顔無恥という言葉がこれだけ似合う人は居ない。


 本来なら、まだカラオケには来ない予定だった。だが、ロニー王子が一緒に居るせいで、アミューズメント施設での遊びはあまり盛り上がらなかった。

 スポーツ系の施設は全てロニー王子の独壇場で、ロニー王子は遊びをする訳ではなく、自分の良さを凛恋に見せ付ける場にしていた。そこに気軽さはなく、ロニー王子が居る側が必ず圧勝する。そんなの、見ていてもやっていても楽しいものじゃなかった。


 それでみんなでロニー王子に悟られないようにメッセージのやりとりをして話し合い、アミューズメント施設を切り上げてロニー王子と別れようとした。でも、ロニー王子はカラオケ店にまで付いて来た。

 本来は、夕方までアミューズメント施設で遊んで、その後に夕食を食べてから夜遅くまでカラオケで歌う予定だった。でも、その予定を全部ロニー王子のせいでぶち壊されたのだ。


「ロニー王子は歌わないんですか?」


 凛恋と希さんの歌が終わった直後、瀬名がカラオケのリモコンを差し出しながらロニー王子に尋ねる。それに、ロニー王子は笑顔で肩をすくめた。


「日本の歌はあまりよく知らなくて」

「洋楽も沢山ありますよ? 一曲くらいどうですか?」


 そう言ってリモコンを突き出す瀬名からリモコンを受け取ったロニー王子は、タッチペンで曲を選んでマイクを持つ。そして、画面によく分からない英語のタイトルが表示されて曲が流れ始め、画面に映る歌詞に従ってロニー王子が歌い始めた。その歌を聴いた瞬間、俺は思わず顔をしかめる。


 耳を塞ぎたくなるような酷い歌声ではない。でも、歌っている曲が英語歌詞の洋楽だとしても、音を絶妙に外しているのが分かるくらい音痴だった。


 天は人に二物を与えずということわざは嘘だが、人には必ず一つ欠点があるというのは本当だったらしい。その一つの欠点が、ロニー王子の場合は歌だった。

 絶妙な音痴具合の歌を終えて、ロニー王子がソファーに座る。そのロニー王子にみんなは拍手をしたりタンバリンを叩いたり盛り上げてはいたが表情が硬い。そして、ロニー王子に歌うことを勧めた張本人である瀬名は困った表情で拍手をしていた。


「次、カズな」


 ロニー王子が歌い終わった後、すかさずリモコンを手に取った栄次がそう言いながら勝手に曲を入れ始める。そして、俺を見てニヤッと口を歪めた。


「この曲、デュエット曲じゃん。ほれほれ、凡人くんとのデュエットの相手は一人しか居ないでしょ」


 栄次が入れた曲のタイトルが画面に表示された瞬間、里奈さんが余ったマイクを凛恋に差し出す。


「ほら、二人ともステージ立って」


 仕舞いには希さんが俺と凛恋にステージに上がるように言い、俺と凛恋は並んでステージに上がる。

 歌う曲はみんなと行くカラオケで決まって歌う曲で、その度に凛恋と一緒に歌っている曲。だから、今更画面の歌詞を目で追わなくても歌える曲だった。


 歌詞を見なくても歌えるのは凛恋も同じで、俺と凛恋は画面を見ずに互いの顔を見ながら歌う。その歌の最中、凛恋がパチッとウインクをするのを見て、俺は一瞬自分が歌っていることを忘れそうになった。


「凡人くんは本当に歌が上手いよね~」


 歌を終えると、真弥さんがマラカスをシャカシャカ振りながらからかうような笑みで言う。それに苦笑いを返してソファーに座ろうとすると、俺の視界にロニー王子の姿が見えた。そのロニー王子は、ソファーに座りながら視線をテーブルの上に落としていた。

 俺と凛恋がデュエットしてから、ほとんど女性陣でカラオケの順番は回り、俺はソファーに座ってその曲を聴くといういつも通りの流れになっていた。

 そのカラオケの途中で、トイレに行くために部屋を出た俺は、トイレの帰りの通路でロニー王子に出くわした。


「多野さん、歌が上手だったなんて知りませんでした」

「自分では上手いと思ってません。人前で歌うのは苦手ですし」


 ロニー王子との会話を切り上げて部屋に戻ろうとすると、ロニー王子は壁に手を突いて俺の行く手を遮る。その行動に、俺は改めてロニー王子に視線を向けた。


「凛恋さんに、私の電話に出ないように言ったんですね」

「何の話ですか?」

「凛恋さんに電話をしても出てくれませんでした。電源を切ったと言っていましたが、途中までは呼び出しが出来ていました。電源が入っていないというアナウンスが流れたのは途中からです。明らかに、私の電話を受けてからスマートフォンの電源を切ってます」

「凛恋がロニー王子に俺との時間を邪魔されたくないからって切ったんです」

「違うでしょう。多野さんが切らせたんです」

「なんで俺がそんなことをするんですか」

「多野さんは、私が凛恋さんと仲良くなることを邪魔しているからです」


 珍しくロニー王子の顔と声に怒りを感じた。そして、その怒りは更に明確なものに変わる。


「それに、凛恋さんの前で歌わせて恥を掻かせた」

「ロニー王子に歌うように勧めたのは俺じゃなくて瀬名です。それに、凛恋はたとえ歌が上手くなくても人を馬鹿にするような人じゃありません。だから、別に恥を掻いたと思う必要はないと思いますけど」

「今まで、女性の前でこれほど屈辱的な思いをしたことはありません」

「良いじゃないですか。スポーツで十分活躍してたんですから」


 謂われのない因縁を付けてくるロニー王子に皮肉を返す。

 ロニー王子が、アミューズメント施設でやった全てのスポーツで徹底的に俺を攻め立ててきた。そして、持ち前の運動神経で俺に圧倒的な勝利を得ていた。それが、凛恋の目の前で俺を負かせる意図があったのは分かる。正直、ありとあらゆるスポーツで負かされた俺の方が屈辱的な思いをしたと思う。


「多野さんは何が気に入らないんですか?」

「そりゃあ、自分の恋人にアプローチをするなんて宣戦布告を受けたら、誰だって気に入らないと思いますよ?」

「どちらが凛恋さんに相応しい男か決めてもらうというだけでしょう? 正々堂々と争えば良いだけのはずです。それを――」

「凛恋の居場所を調べるようなことをして、正々堂々と言えるんですかね」

「普通に会おうとしても、多野さんは私と凛恋さんが会うことをさせません。だから、仕方がないんです。私も出来ればやりたくありません。ですが、凛恋さんに私を好きになってもらうためには、他に方法がありません」

「凛恋は以前ストーカーに遭ってます。だから、付きまとうようなことをするのは逆効果ですよ」

「多野さん、私が凛恋さんのストーカーだと言うんですか?」

「好きな女性の居場所を調べて付きまとう、立派なストーカーだと思いますけど?」


 俺は事実を並べ、その事実から感じた率直な感想を返す。その感想に、ロニー王子は爽やかさのない怒りに震える表情で俺を睨み返す。


「不愉快です。訂正してください」

「訂正しませんよ。事実を言っただけですから」


 一切視線を逸らさずに、真っ直ぐ言葉をぶつける。それに、ロニー王子が先に俺へ背中を向けて視線を逸らした。


「貴方みたいな人が凛恋さんの恋人だというのが信じられない。凛恋さんにはもっと紳士的で理性的な男性が相応しい」

「同感ですね。俺も、好きな女性に付きまとうような、理性も紳士さの欠片も感じられない行動をしない男性が凛恋に相応しいと思います」


 俺の返した言葉に僅かに顔を後ろに向けたロニー王子の目は鋭かった。


「私はこれで失礼します」

「そうですか。気を付けて帰ってください」


 俺は丁寧に頭を下げて、ボディーガードを連れ立って歩き去って行くロニー王子を見送る。そして、深く長く息を吐いてから部屋に戻った。


「凡人くん、ロニー王子帰るって」


 部屋に戻ってすぐ、ソファーの背もたれに背中を付けた里奈さんがだらけた声でコーラを飲みながら言う。そして、小さくため息を吐いてから俺が入って来たドアの方を見た。


「なんか、テレビで見てた時と全然イメージ違う。なんなん? あいつ。キャンプ場といい今日といい、完全に凛恋のストーカーじゃん」

「うん。流石にあり得ないよ」


 里奈さんの呟きに希さんが同意する。その声の直後、カンッ! というグラスがテーブルに激しく置かれる音が響いた。


「本当にあの人、最低だね。スポーツしてる時、ずっと凡人くんばっかり狙ってた。あんな陰湿な人が王子の国なんて、私は日本人として友好的になんてなれない」


 理緒さんが怒りを露わにして言った言葉に、部屋の中が静まり返る。しかし、その静けさを破ったのは里奈さんだった。


「でもさ、凛恋と凡人くんの歌を聴いたあいつの顔見た? めっちゃ悔しそうだったし。しかも、あいつめっちゃ下手くそだったしさー。あれ見た瞬間、ちょっとスカッとしたわ~」


 実に人の悪い笑みで言う里奈さんだったが、すぐに表情を普通に戻してみんなを見る。


「一旦カラオケ出てご飯食べに行かない? それでちょっとお酒飲んでまたカラオケ行こうよ」

「そうだね。お腹も空いたし、ちょっと腹ごしらえしてこようか」


 里奈さんの提案に乗った真弥さんが明るい声で立ち上がる。それにみんなも従ってカラオケ店を出た。




 日付が変わって空も薄明るくなった頃、俺はすっかり酔って寝てしまった凛恋を背負って朝方で涼しく人通りのない道を歩く。

 凛恋はいつもより飲む量が多かった。それはきっとロニー王子が関係していたのは間違いない。


 凛恋は夕飯を食べに行った時、みんなに謝っていた。みんなでの楽しい時間を壊してしまったのは自分のせいだと。でも、誰も凛恋のせいになんてしなかったし、思ってもいなかった。


 悪いのは、凛恋のことを考えずに俺達の和に割り込んで来たロニー王子だ。

 俺達の関係は一朝一夕で出来上がったものじゃない。長い時間を掛けて、様々なトラブルを乗り越えて出来上がった絆の和だ。

 遊び始めの時は若干の溝があった里奈さんと理緒さんも、遊び始めればその溝もすぐに埋まっていつも通りに遊べていた。そういう関係性の和に、いきなり現れた人が交ざって上手くやろうとする方が無理だ。


 ロニー王子は自分が嫌われるなんてことは想定していない。だから、ああも強引に人の和にズカズカ入り込んで来る。今まではそれで通用していたのかもしれないが、今回はそうならなかった。


「うっ……うーん……かずと……ごめん、寝ちゃった」

「気にするな。可愛い彼女をおんぶ出来て幸せだから」

「ありがとう。私も格好良い彼氏におんぶされてチョー幸せ」


 背中からギュッと俺を抱きしめる凛恋は、俺の耳元で小さくあくびをする。


「今すぐエッチしたいところだけど、ちょっと寝てからが良いな。まだ、騒いだ疲れが残ってる」

「飯食った後のカラオケははっちゃけてたもんな」

「そりゃそうよ。やっぱり、いつものメンバーだけの方がチョー盛り上がれる。……凡人、ごめんね」

「凛恋が謝る必要なんて無いって言っただろ?」

「でも、私のせいでせっかくの遊びを台無しにしちゃったし……それに……凡人に嫌な思いをさせた」

「凛恋が謝ることはなにもないだろ?」

「だって……ロニー王子が私達の遊びに交ざろうとしたのは、きっと私が目的だから。それに……凡人をスポーツで負かしたのも、私に凡人よりロニー王子がスポーツ出来るってロニー王子が見せたかったからでしょ。…………でも、本当にめちゃくちゃムカついた。マジで、私の凡人になにすんのよ……」

「たとえそうだとしても、凛恋が謝ることなんて何一つない。それに、凛恋が怒ってくれてスッキリした。ありがとう」


 凛恋にお礼を言うと、後ろから凛恋が頬にキスをしてくれた。


「凡人、自分で歩けるから良いよ」

「ダメだ。凛恋をおんぶして家まで連れて帰る」

「え~、おんぶされてたら口にチュー出来ないじゃん」

「家に帰るまでお預けだ」

「え~ん、凡人のいじわるぅ~」


 背中から凛恋のクスクス笑う声が聞こえて、俺は凛恋に悟られないように帰る足をほんの少しだけ速めた。

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