【二四一《割り込めない絆の和》】:一
【割り込めない絆の和】
今日は、一日みんなで遊ぶ日になっているのだが、この前の一件があったからか、仲間内なのに微妙に距離を感じる。特に、理緒さんと里奈さんの間に溝のようなものを感じた。
「ほらほらみんな! 着いたよ!」
先頭を歩いていた真弥さんが人一倍明るい声でそう言って振り返る。その真弥さんの後ろには、屋内アミューズメント施設があった。
何度か行ったことがあるボーリングやら屋内テニス場やらゲームセンターやらカラオケが一カ所に集まった施設で、今日はそこで一日遊ぶことになった。ただ、この屋内アミューズメント施設の遊び場は大体体を動かす系の施設が多いから、明日は筋肉痛を覚悟しないといけない。
「今日帰ったら、筋肉痛にならないように私がマッサージしてあげる」
隣で腕を抱いた凛恋が、俺の耳元でそう囁く。
「じゃあ、今日は少し張り切ろうかな」
「いつも通りで良いよ。私は凡人と楽しく遊べれば良いんだから」
優しくそう言ってくれた凛恋に笑い返し、俺は先に入って行ったみんなの後を追う。
夏休み真っ盛りの屋内アミューズメント施設は、受付に行列が出来ていて大勢の利用客で賑わっている。
「とりあえず、ボウリングに行こうよ」
みんなで受付を済ませると、里奈さんがそう提案してボウリング場に向かう。
ボウリングシューズを借りて、割り当てられたレーンのベンチに座ると、トップバッターになった栄次からゲームを始める。
「飲み物買ってくるから、みんな教えてくれ」
スマートフォンを取り出しみんなの希望の飲み物を聞いて、俺はジュースを買いに行くためにベンチから立ち上がる。すると、凛恋も一緒に立ち上がった。
「私も一緒に行く」
「私も行くよ。凡人くんと八戸さんだけじゃ持ち切れないだろうし」
凛恋に続いて真弥さんもベンチから立ち上がり、三人でボウリング場の中にある売店へ飲み物を買いに行く。
メモの通りに飲み物を注文し、飲み物が出来上がるまで待っていると、ボウリング場の入り口がざわついているのが見えた。そして、ボウリング場に入って来た一団を見て顔をしかめる。
ワイワイ賑わうボウリング場の雰囲気とは不釣り合いの、きっちりとスーツを着たがたいの良い外国人男性達。そして、その外国人男性達に守られるように立っていた金髪の爽やかイケメンが、俺――ではなく、凛恋の方に爽やかな笑顔を向けて手を挙げた。
「凛恋さん!」
「ロ、ロニー王子……」
凛恋はロニー王子の顔を見た途端、一瞬困った表情をした。でも、すぐに作り笑顔を浮かべてロニー王子に軽く頭を下げた。
「昨日はお忙しかったですか? 何度か電話をしたんですが繋がらなくて」
「すみません。彼と過ごしていたので、電源を入れてなかったんです」
凛恋が俺の手を握りながら、俺の存在を視線でロニー王子に示す。すると、ロニー王子は爽やかで完璧な愛想笑いを俺に向けた。
「多野さんこんにちは。後ろの女性も、キャンプ場でお会いした以来ですね」
「こんにちは」
真弥さんはロニー王子に丁寧に頭を下げながらも、ロニー王子の後ろに控えている数人の外国人男性を見る。だが、誰だって今の状況では外国人男性達の威圧感が気になっても仕方がない。
「今日はなんでここに?」
「色んなレクリエーションが楽しめる場所があると聞いて、一度来てみたかったんです」
ロニー王子は爽やかな笑顔を崩さずに言う。どうやら、あくまでも“偶然”だと言い張る気らしい。
ロニー王子は一人ではない。でも、一緒に居るのは明らかにロニー王子のボディーガードの人達だ。その人達とボウリングを一緒にやるとは思えない。だから、ロニー王子は実質的に一人で遊びに来たことになる。それなのに、数ある施設の中で真っ先にボウリング場に来たのはおかしい。ボウリングが一人で出来ないスポーツだとは言えないが、一人でボウリングをする人は少ないだろう。その少数のボウリング好きにロニー王子は見えない。
ロニー王子の魂胆は分かり切っている。
「良かったら一緒に遊びませんか?」
爽やかな笑顔でサラリとロニー王子は魂胆が丸見えの言葉を凛恋に言う。その言葉に、凛恋は俺の方を見て戸惑っていた。
「すみません。もう地元の友人達とゲームを始めているので」
「係員の方にお願いすれば、途中で凛恋さんを抜けるように手配出来ると思います」
「「「は?」」」
ロニー王子の発した言葉に、俺と凛恋、そして真弥さんが同時に戸惑って声を発する。
俺は、ロニー王子が俺達のゲームに交ざろうとしてくると思っていた。でも、ロニー王子が言った言葉はそうじゃない。ロニー王子は、凛恋と二人でボウリングをやろうとしたのだ。
「すみません。夏休みに帰ってきて、久しぶりにみんなと会ってるんです」
「でも、先日皆さんでキャンプをされてましたよね? それに、私も凛恋さんと遊びたいんです。この前はシャワークライミングをご一緒出来ませんでしたし」
ロニー王子はと毒気の感じられない語調で棘のある言葉を俺に言う。それは、明らかに俺がキャンプの時にロニー王子と一緒に行動するのを嫌って拒否したことを揶揄(やゆ)しているのだ。
「では、皆さんで一緒に遊びませんか? それなら問題ないですよね?」
その言葉で、ロニー王子が凛恋と二人っきりで遊ぼうと提案した理由が分かった。
凛恋と二人っきりにするなんて俺が許す訳がない。だから、俺はみんなで遊んでいることを理由にしてロニー王子の申し出を断る。そこですかさず、みんなで遊べば問題ないと言って、俺が断る理由にしたことを利用して、凛恋と一緒に遊ぼうとしているのだ。
普通の人間なら、ここで断るのは他人から見た印象が悪く映る。だから、大抵の人はここで折れてしまうだろう。でも、俺はそういう意味では普通の人間じゃない。
「すみません。仲間内で気楽にやってるんです。そこにロニー王子が入ると、みんなリラックス出来ないので」
「私のことは気にしないでください。ただの同い年の学生ですから」
一国の王子であるロニー王子を、ただの学生なんて思える訳がない。本人がたとえフランクに接してきたとしても、周囲に居るボディーガードや周囲で見ている店員や他の利用客の目もある。それに、どこの世界に、好きな女性の居場所を調べて偶然を装い現れて近付こうとするただの学生が居るのだ。
「君、ちょっと良いか?」
俺がロニー王子に視線を返していると、ロニー王子のボディーガード達の後ろから、細身の日本人男性が歩み出る。そして、俺だけをロニー王子達から離れた場所に連れて行った。
「なんですか? 今、俺達は――」
「私はこういう者だ」
日本人男性が差し出した名刺には『外務省 欧州局 中・東欧課 フォリア王国室 要人係 要人交流企画班』という長ったらしい肩書きが書かれている。
「外務省の人が俺に何の用ですか?」
「日本とフォリア王国の友好関係を損なわないために、ロニー第一王子の申し出を受けなさい」
「なるほど。国同士の友好関係のために、一般庶民は自分達の楽しい時間を強制されるってことですか」
「ただ、ボウリングを楽しむだけだ。一人増えるも同じだろう」
外務省の人は、淡々と、まるで頭に蛆(うじ)でも湧いたようなことを言う。
外務省の人が俺に言っていることは、公園で遊んでいる子供達に別の子供が一緒に交ぜてほしいとお願いしているのとは訳が違う。頼み事なんかではなく、ただの一般人の俺に外交なんて大きな事柄を盾にして強要してきている。
外交は勝手に国同士でやってれば良い。俺達庶民がやることは外交じゃなくて友好だ。でも、俺はロニー王子とは友好関係を築ける気がしない。ロニー王子は、俺から凛恋を奪うと宣言したんだ。そんなやつと楽しくニコニコ遊べる訳がない。
「フォリア王国の国王から、ロニー第一王子のことはくれぐれもよろしく頼むように言われている。外務省だけではなく、警察もそれを前提に動いている」
「それを頼まれたのは俺じゃない」
「君は塔成大の学生だったな。これ以上、押し問答を続けるなら大学側に抗議させてもらうが?」
「失礼かと思いますが、その押し問答になるような話を始めたのはそっちでしょ。それに、国家権力が一学生に対してそういう態度を取るのはどうかと思いますが? それ、完全に脅迫でしょう」
外務省という後ろ盾でも要求が通用しないと判断したら、今度は大学に抗議するという脅しを掛けてきた。しかし、別に大学に抗議したって大学に出来ることは、せいぜい俺を呼び出して小一時間小言を言うくらいだ。それで、もし停学やら退学やらなんて処分をした方が問題になる。それに、今は地元に帰ってきているから、大学側も夏休みが終わるまで俺には何も出来ない。
「凡人……」
「凛恋、みんなのところに」
「みんなに話してきた。いいよ、ボウリングくらい付き合っても」
俺の腕を掴んだ凛恋が、チラッと外務省の人を見てからそう呟く。どうやら、外務省の人の話を聞いていたらしい。
外務省の人は、凛恋の言葉を聞くと黙ってロニー王子の方に戻って行く。その方向に視線を向けると、既にロニー王子のボディーガードが俺達が遊んでいるレーン周辺に配置され、ロニー王子はニコニコ笑いながら俺達に近付いて来た。
「凛恋さん、日本でボウリングをするのは初めてで、シューズの借り方を教えてくれませんか?」
「ボウリングシューズの借り方は店員さんに尋ねれば教えてくれます。俺と凛恋はレーンに戻ってるので」
全く悪びれた様子もなく、凛恋に声を掛けてきたロニー王子にそう言葉を返して、俺は凛恋の手を引っ張ってみんなのところに戻る。そして、凛恋とは握っていない手を、俺は力一杯握り締めて唇を噛んだ。
ボウリングを一ゲーム一緒に遊ぶだけでは済まない。そんなこと、ロニー王子が一緒に遊ぶことを提案してきた時点で分かり切っていることだった。
ロニー王子はボウリングが終わっても、俺達と一緒に行動してきた。そして、持ち前の運動神経の良さで卓球もテニスも、ダーツもビリヤードもスリーオンスリーもフットサルも大活躍をした。特に、サッカーが好きだと言っていたから、フットサルも敵無しで、俺は手も足も出なかった。でも、端から運動で張り合おうと思っていないから、精神的なダメージは大きくは無い。だけど、凛恋の前でずっと負け続けるのは、凛恋の彼氏としてのプライドをズタボロにされた。
もちろん分かっている。ロニー王子は凛恋の目の前で、自分の方が俺より優れていると凛恋に見せ付けたかったんだ。そんなの分かり切ってるし、そんなことで凛恋の心が揺れないのも分かっている。でも……それでも凛恋の前で、凛恋を奪おうとするロニー王子に負けるのは悔しかった。
「ロニー王子って凄く運動神経が良いんですね」
「体を動かすのは好きで。サッカーは得意なスポーツですが、他はそうでもないんです」
いつの間にかロニー王子と打ち解けた瀬名が、タオルで汗を拭きながらニコニコ笑ってロニー王子と話している。ただ、瀬名以外の反応は良くはない。
里奈さんと真弥さん、それから栄次は比較的ロニー王子と無難に接しようとしている印象がある。でも、凛恋と希さんはあまり積極的に関わる様子はない。そして、一番ロニー王子と距離を取っているのが理緒さんだった。
「次はどうする?」
「良かったら、昼食を一緒に食べませんか? ご一緒させてもらったお礼にご馳走させてください」
俺を振り返った瀬名の言葉に、ロニー王子が笑顔でみんなを見る。すると、真弥さんがロニー王子の前へ歩み出て首を横へ振った。
「お気遣いありがとうございます。でも、お昼をご馳走になることは出来ません。私達はロニー王子にお昼をご馳走になるために一緒に遊んだ訳ではないですから」
「露木さん、遠慮はしないでください。一緒に楽しませてもらって何もしないというのは申し訳ないんです」
丁寧にロニー王子の申し出を断った真弥さんに、ロニー王子は明るく笑って首を振る。そして、視線をボディーガードの外国人男性に向ける。
「フードコートに行って席を取っていてくれ」
「分かりました」
ボディーガードの男性が歩いて行くのを見送ったロニー王子は、俺と手を繋いでいる凛恋の隣に来て、相変わらずの爽やかな笑顔を向ける。
「凛恋さん、お昼に食べたい物はありますか?」
「そう……ですね。サンドイッチとかハンバーガーとか軽く食べられる物が良いと思います。私達はこの後カラオケに行くので」
「カラオケ、ですか」
凛恋と話をしていたロニー王子が、一瞬だけ眉をひそめた。しかし、すぐに爽やかな笑顔に表情を戻して首を傾げる。
「私も一緒に行って良いですか?」
もう、今日一日で何度も聞いたその言葉に、凛恋は小さく頷く。
「みんなが良ければ」
その言葉を聞いて、ロニー王子はみんなを見渡して無言で確認をする。その行動ももう何度も見た行動だ。
仕方なくロニー王子と共にフードコートに行くと、フードコートの一画にスーツを着た外国人男性が囲っているテーブルがある。俺は、その光景を見て小さくため息を吐く。これから、その異様な雰囲気の中心にあるテーブルで昼飯を食べないといけないのだ。憂うつになるなという方が無理な話だ。
フードコートに入った店で、俺達は一旦別行動をしてそれぞれ好きな食べ物を買いに行く。俺と凛恋はサンドイッチ店に行ったが、その横には当然のようにロニー王子も立っていた。
「凛恋さん、どれがおすすめですか?」
「一番人気なのはBLTサンドです」
「凛恋さんはどれを食べるんですか?」
「私は、卵サンドにしようと思ってます」
「じゃあ、私も凛恋さんと同じ卵サンドを食べてみようかな。すみません、卵サンド二つとアイスコーヒー――凛恋さんは飲み物は何にしますか?」
相も変わらず爽やかな笑みでそう言ったロニー王子は、店員に注文を始める。そして、凛恋に飲み物を尋ねた。
「ロニー王子、自分の分は自分で買いますから」
「いえ、ご馳走させてください。それに、女性に払わせたとなったらフォリア王国の王子として立場がありません」
「……じゃあ、アイスティーで」
「はい。多野さんはどうしますか?」
「俺は迷ってるので先に会計を済ませてください」
「そうですか。分かりました」
メニューを見ながらロニー王子に視線を向けずに答える。男としてちっちゃいと思われるのだろうが、意地でもロニー王子におごられたくなかった。
「凛恋さん、注文したサンドイッチは持って来させます。テーブルに戻っていましょう。多野さんはまだメニューを決められていないようですし」
「いえ、私は凡人を待ちます」
「そうですか。では、私も待ちます」
意地でも凛恋の側を離れないつもりなのか、ロニー王子は平然とその言葉を吐いて、俺がメニューを決めるまでずっと凛恋を待っていた。
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