【二三八《模範解答のない答え合わせ》】:三
夕食のバーベキューを終えて、残ったビールや缶チューハイを飲みながらの花火も終えた後、コテージの中に戻ってまた飲みが続く。
「そう言えば、凡人くんの大学に王子様が留学してるんでしょー? やっぱ格好良い?」
「男の俺でも格好良いと思うよ。実際、女子が毎日群がってる」
缶チューハイを片手に尋ねる里奈さんに言うと、目の前で理緒さんが首を傾げた。
「フォリア王国の王子だよね? 私、テレビで見たけどそんなに格好良いとは思わなかったな」
「私も筑摩さんと同じ。多分、王子って肩書きが女の子を惹き付けてるんじゃないかな?」
真弥さんも理緒さんに同意しながら缶ビールを飲む。話の内容も気にはなるが、それよりも真弥さんの飲んでる量も気になる。
「そういや、テレビで凛恋が王子と映ってたじゃん。肩まで組んでたけど?」
「嫌だったんだけど、相手は王子だしカメラもあったから押し退ける訳にはいかなくて……。悪い人ではないと思うんだけど……」
「まあ、ビンタとかしたら国際問題になりそうだしね」
凛恋の言葉を聞いてケタケタ笑う里奈さんは、空になった缶を置いて新しい缶チューハイを開ける。里奈さんも、真弥さんに負けず劣らずの酒豪だ。
俺はロニー王子について話す凛恋の表情を見る。その凛恋が困った表情をしていて安心し、その凛恋を見て安心した自分にため息を吐いた。
凛恋がロニー王子をほんの少し否定しただけでこれだけ喜んでしまうなんて、本当に俺という人間はなんて小さな人間なんだろう。
ロニー王子の話題はすぐに収まって、いつの間にか女性陣の話は別の話題に切り替わる。だが、俺の心の中にはロニー王子のことが残ったままだ。
俺はコテージのウッドデッキに出て、飲みかけの缶チューハイを傾けながら空を見上げた。
見上げた空には綺麗な星がいくつも見えて、空に散りばめられた星々の輝きをボーッと見上げる。
「カズ」
隣にあぐらを掻いた栄次は、一度俺が見上げていた星空を見上げた後、俺の顔に視線を戻して真っ直ぐ俺の目を見る。
「カズが凛恋さんと距離を取ったこと、話に出てたフォリア王国の王子と関係あるんだろ?」
「まあ、無いとは言わない」
真剣な表情の栄次は確信を持って聞いている。だから、俺は真剣にははぐらかさなかった。それが、必然的に栄次の質問への答えになる。
「何か言われたのか?」
「凛恋のことが好きなんだってさ。だから、凛恋が俺とロニー王子のどっちを選ぶか正々堂々と勝負しようって言ってた」
それを聞いた途端、栄次が視線を落としてから呟いた。
「カズ、ごめん。そんなことを言われたら、王子も参加してたパーティーに凛恋さんが参加したら焦るに決まってる。それなのに、俺は――」
「もう良いって。俺が意地張って言わなかっただけだから」
謝る栄次に軽く言うと、栄次は缶チューハイを一口飲む。
「凛恋さんは肩書きで人を好きになる人じゃないだろ。それに、凛恋さんだって肩を組まれて嫌だったって」
「ああ。でも、凛恋が初めてロニー王子と会った時、凛恋はロニー王子を怖がらなかったんだ」
俺は栄次に話しながらまた缶チューハイを飲む。
凛恋は俺以外を好きにならない。凛恋はずっと俺を好きで居てくれる。それを信じている俺も、あの時の、今まで俺以外の男と対面した時と違う凛恋の反応が頭に残っていた。
多分、凛恋がロニー王子に肩を組まれて嫌だったというのは事実だろう。だが、今まで会った男達の誰よりも凛恋はロニー王子を怖がらなかったんだ。それは明らかに、凛恋がロニー王子には絶対的な拒絶反応を示さなかったということだ。それが同時に、俺の経験したことのない大きな脅威になっている。
「凛恋さんにはフォリア王国の王子が凛恋さんを好きなことは言ってないんだな」
「ああ」
「俺は言っても良いと思うぞ」
「でも、言ったら俺は凛恋の彼氏って立場を利用して、ロニー王子の気持ちが凛恋に通じる道を遮ることになる」
「そんなの遮って当たり前だろ。自分の彼女にちょっかい掛けようとしてる男が居るんだから。相手がどこかの国の王子だって関係ない」
「でも、地位も名誉も財力も優れてる相手に、人格まで劣ったら俺には何も無くなるだろ」
もう分かっている。栄次に偽っても仕方がない。それに、俺は栄次には頼る訳ではない。栄次の答え合わせに付き合ってるだけだ。
「カズ以上に良いやつなんて早々居ない」
「その早々居ない良いやつがロニー王子だって可能性もあるだろ。それに実際、ロニー王子は女性に優しいからな。今まで凛恋を好きになった男達とは違って、ロニー王子はすぐに凛恋が男が苦手だって気付いた。それで、ゆっくり凛恋と仲良くなろうとしてる。本当に真剣に凛恋のことを考えてる」
「カズはそれで良いのか?」
「いや、このままロニー王子に好き勝手やらせるつもりはない」
「心配しなくても、カズには凛恋さんと過ごした時間と思い出から出来た絆があるだろ。その絆はいきなり現れた男に覆せるものじゃない」
「確かに俺と凛恋には絆がある。でも、ロニー王子は思ってる。自分なら凛恋を幸せに出来るって。俺よりも凛恋を幸せに出来るって自信があるんだ。その自信を砕けない限り、どんなに絆を見せ付けてもロニー王子は凛恋を諦めない」
そう言える根拠は、言うなれば男の勘としか言いようがない。でも、俺は確かにそう思う。
「カズは頭が良いだろ。旺峰大にも楽々行けるレベルで」
「俺と同じ塔成大に留学してきてるんだぞ。ロニー王子の詳細な成績を知ってる訳じゃないけど、学力は俺と同等って考えるのが自然だろ。それに、母国語じゃない日本語の講義を普通に理解してる。地頭なら負けてるかもしれない」
「カズはめちゃくちゃ優しいだろ」
栄次は俺を勇気づけてくれるようで、そうやって言葉を重ねてくれる。でも、その言葉は俺に親友の温かさは伝えてくれるが、ロニー王子を撃退出来る根拠にはならない。
「栄次は、希さんに優しくするか?」
「え? 優しくして当たり前だろ。希は俺の彼女なんだから」
「それで当たり前だ。好きな人に優しくしないなんて、好きな子にいたずらしてしまう小学生くらいだ。だから、優しいは恋愛では武器にはならない。みんな好きな人には優しくするんだからな」
「でも、カズは誰にでも優しいだろ?」
「そう言うなら、ロニー王子も誰にだって優しいぞ? 男女関係なく。俺にも丁寧だしな」
俺は、俺を元気付けようとする栄次に真っ向から反論する。でも、それは自分に対してネガティブになりすぎているからだとは思わなかった。俺は、自分でもびっくりするくらい冷静だと、今の自分を分析する。
「……命懸けで凛恋さんを守れるのは、カズだけだろ? きっと、フォリア王国の王子は自分の命までは懸けられないはずだ」
「そうかもしれないな。でも、そうじゃないかもしれない」
栄次の答えは、もしかしたら正解なのかも知れない。でも、それはまだ正解“なのかも知れない”という範ちゅうでしかない。
もしかしたら、ロニー王子は臆病でいざとなったら自分の命を最優先に考えるかも知れない。でも、もしかしたらロニー王子は自分の命を懸けて凛恋を守る男かも知れない。それは、確かめようがないから比べようがない。だから、ロニー王子に勝てる武器になり得るか俺には分からない。
「カズは運転出来るだろ。絶対にロニー王子は運転出来ない」
「プッ! 栄次、流石にそれはダメだ。もう他に何も無いってのがバレバレだぞ。それに、ロニー王子は持ってる財力で運転手を付けられる。だから、自分で運転する必要なんてないから免許を持ってないだけだ」
俺は笑って栄次にそう言う。
栄次は必死に俺の武器を探してくれている。でも、免許なんてものの話を持ち出した時点で、栄次が俺に提示出来るロニー王子に勝っているものが無くなったということだ。
「俺は凛恋がロニー王子に奪われて良いなんて思ってない。むしろ、凛恋を誰にも渡したくない気持ちがめちゃくちゃ強くなってる。今はこっちに帰ってきてるから大丈夫だけど、また大学が始まったらロニー王子は凛恋にアプローチを掛けてくる」
「俺に力になれることは?」
「栄次は力になってくれてる。俺のことを心配してくれたし、今だって俺を元気付けてくれただろ」
俺は栄次を肯定しながら否定した。栄次の取ってくれた行動は無駄ではない、俺にはちゃんと栄次の気持ちが届いていると肯定しながら、ロニー王子に関することで栄次の出来ることは無いと否定した。
「カズは何でも難しく考える節があるけど、今回はそれが酷いな。でも、男としては冷静では居られないよな。国の王子に自分の彼女を奪うなんて言われたら」
栄次は俺の性格を否定しながら俺の気持ちを肯定した。それに、俺は肩をすくめながら笑う。
「どっちにしても、絶対に凛恋は渡さない。もし、答えが見付からなくても、泥を被って地面を這いつくばっても凛恋にしがみつくよ。俺には、凛恋以外あり得ない」
「それは凛恋さんもだろ」
答え合わせの正解も武器探しの正解も曖昧なまま、俺と栄次は会話を途切れさせて夜空を見上げる。
見上げる星空に浮かぶ幾千幾万の星は、数えるのも馬鹿らしいくらい沢山浮かんでいる。俺はその幾千幾万の星を見て、まるで俺と栄次が見付けられない正解がその中にあるような、そんな途方もない気持ちになった。
夜遅く、俺は体を起こして目を擦りながらあくびを噛み殺す。
みんなで飲み会をして、それでいつ眠りに入ったかも分からないくらいぐっすり眠った。そのせいか、一度起きてしまって二度寝をする気になれなかった。
視線を横に布団を敷いて寝ている栄次と瀬名に向ける。二人とも気持ちよさそうに眠っていて起きる気配はない。
二度寝をする気は起きなかったが、二人を起こさないようにまた横になろうとしていた。しかし、俺が枕元に置いているスマートフォンの画面が点灯しているのが見えた。
夜中だからサイレントマナーモードにしている。でも、着信がくれば画面が点灯して俺に着信を知らせはする。その画面を見て、俺は眉をひそめた。
着信の相手はロニー王子だったのだ。
スマートフォンの画面に表示された時計は二時過ぎを示している。俺はフォリア王国の感覚を知らないが、こんな時間に電話をしてくるなんて非常識だ。
非常識な時間に電話を掛けてきているのだから無視してもばちは当たらない。そうは思ったが、今から寝る訳ではなく布団の中で横になるだけだし、着信を見てしまったのだから無視するというのは俺の心があまり気持ち良いとは感じない。
着信を知らせ続けるスマートフォンを持って、みんなを起こさないようにそっとコテージの外へ出る。そして、潮風の冷たい外のベンチに座って電話を受けた。
「もしもし」
『こんばんは』
電話の向こうからロニー王子の爽やかな声が聞こえる。夜中に電話をしてきてごめんの一言もないのかと思うと同時に、こんな夜中にも爽やかで居られることを不思議に思う。
「何か急用ですか?」
『はい。明日、そちらに飛行機で向かいます』
「は? すみません、ちょっと言ってる意味が分からないんですけど」
『正確には、明日の朝一〇時に多野さんと凛恋さんの地元に行きます』
「なんで、俺と凛恋の地元に? そもそも俺達がどこ出身かは知らないはずですよね」
『先日のパーティーで凛恋さんとお話した時に出身地についてお話をしたので、その時に聞きました。そちらに行こうと思うのは、凛恋さんとお会いしたいからです』
自分から正々堂々と勝負をすると言ったからか、ロニー王子は俺に対して全く隠すことなく凛恋へアプローチすると話す。しかし、それを素直に俺が受け入れる訳がない。
「今、地元の友達と遊んでるところです。なので――」
『では、私も仲間に入れてもらえませんか?』
「ロニー王子、御言葉ですけどそれは流石に図々しいですよ。俺達は久しぶりに会えてるんです。その和にいきなり入ってくるのは」
『ですが、パーティーで聞いていた日程より凛恋さんが予定より早く帰省されていて、夏休み中に凛恋さんとお話しする機会が無くなってしまったんです』
「それは俺に言われても困ります」
凛恋の帰省が早まったのは俺が帰ると言い出したからだ。でも、俺が帰省を早めたとしてもロニー王子には関係ない。
『多野さん、先日もお話ししましたが正々堂々いきましょう。なんだか、多野さんが私から凛恋さんを遠ざけているように感じます』
「遠ざけて当然でしょう。自分の彼女を奪うと言われたんですよ」
夜中に電話してきて謝りもせず、あまつさえ平然と凛恋を俺から奪う算段を話し続けるロニー王子に、俺は我慢出来ず語気を強めて言い返す。しかし、それでも聞こえてくるロニー王子の声は爽やかで落ち着いていた。
『多野さん。凛恋さんは多野さんの持ち物ではありません』
「別に俺はそんなこと言ってません」
『なら、なぜ私と凛恋さんの邪魔をするのですか』
「はぁ? 邪魔?」
『私は、凛恋さんが多野さんと私のどちらを選ぶか正々堂々勝負しましょうと言いました。でも、多野さんは凛恋さんと私が関わらないようにしています。それはフェアじゃありません』
「フェアじゃない? そもそもフェアじゃないでしょ。勝手にロニー王子の方から勝負をしようと言い出して、それで王子の立場を使ってパーティーを主催して凛恋と接点を持とうとして」
『私は一人の男として真摯に凛恋さんに私を好きになってもらおうとしているだけです。交流会は大勢で会えば凛恋さんもリラックス出来ると思ったからですし、パーティーを主催したのも凛恋さんに喜んでほしいと思ったからです。それは凛恋さんを好きな一人の男として間違ってるでしょうか?』
「王子の立場を使って成華女子大全体を動かして、王子の立場で持ってる財力を使って豪華なパーティーを開いたでしょ。それが庶民の俺に出来ないのは分かってますよね? それでフェアだと言えますか?」
『一人の人間として私は多野さんと勝負しようとしています。私が持っている王子としての立場は、私の持っている武器です。私はそれを正々堂々と使っているのです。多野さんもご自身の武器を正々堂々使って向かってきて下さい』
もし、今の話をロニー王子が本気で言ってるなら、俺はロニー王子の神経を疑う。言ってることは最もらしいが、言っていることは暴論だ。
ロニー王子が言っていることは、木の棒しか持っていない相手に拳銃を向けて、正々堂々の勝負だと言っているようなものだ。
拳銃を持っているのは、確かにその人の実力なのかもしれない。でも、だからと言って木の棒しか持っていない相手に、大真面目に「俺が拳銃を持っているのは俺の実力だから、お前も自分の持ってる木の棒を使って掛かって来い」なんて言うのは明らかに頭がおかしい。
『多野さんは理性的でとても良い方だと思っていたのですが……』
電話の向こうから、ロニー王子の落胆した声が聞こえる。でも、勝手に落胆しているロニー王子には悪いが、俺にはその落胆が一ミリも理解出来なかった。
『分かりました』
ロニー王子は何が分かったのか分からないが、納得したようにそう言った。
『急にお電話をしてすみません。では、失礼します』
「はい」
その短い言葉を交わして電話が切れる。そして、俺は電話の切れたスマートフォンを握り締めて、大きく息を吸って星空を見上げながらゆっくりと吸った息を吐く。
今夜はもう、眠れそうにない。
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