【二三八《模範解答のない答え合わせ》】:二
「じゃあ、次は小鳥くんね」
「はい! 頑張るぞ~!」
真弥さんに指名された瀬名が気合いを入れ、助走を付けて丸太に飛び移る。そして、その助走の勢いのまま、丸太の上を走り出した。
「うわっ!」
先に挑戦した俺達三人よりも先へ進んだ瀬名だったが、丸太の半分を超えた辺りで不安定に揺れる丸太に振り落とされ、前のめりに池へ落っこちた。
挑戦したのは俺を含めて四人だが、丸太の不安定さから考えるに、このアトラクションはあえて池に落ちるように作られている。アスレチックを始める前に『濡れても良い格好で挑戦して下さい』という注意書きがあったのは、これが原因だろう。
これが真冬だったら堪ったものではないが、今のような真夏の暑い時期には、水に濡れると気持ちが良い。それに、丁度ここまで来る間に掻いた汗が流れて爽快感がある。だから、その爽快感も想定してアスレチックは作られているのかもしれない。
「ふぎゃっ!」
「ペケ、三」
「なんでだよ!」
またまた凛恋に脇腹を肘で突かれてそう言われ、流石に俺は凛恋に反論する。里奈さんと真弥さんに関してペケを付けられるのは分からなくもないが、瀬名でも付けられるのは納得がいかない。
「瀬名くん、女の子っぽくて可愛いから」
「どういう理由だよ。流石に、俺は瀬名にやましい気持ちなんてない」
「え? じゃあ、凡人くんは私を見てやましい気持ちになってくれたの?」
「ふぎゅっ!」
真弥さんがからかうように言った直後、四度目の肘打ちが脇腹に入る。そして、目を吊り上げた凛恋が俺に言った。
「ペケ、一〇〇!」
凛恋がペケを一〇〇に増やした直後、周囲に居るみんながまたクスクス笑い始める。もう、こいつらは俺をからかって完全に楽しんでやがる……。
その後、残る全員仲良く池に一度ずつ落ちて、俺達は残りのアスレチックもみんなで一緒に遊んだ。そして、アスレチックが終わると、コテージに戻って女性陣に先にシャワーを浴びさせる。
「はぁ~、疲れた……」
ウッドデッキの前に敷かれた芝生の上に座り込む俺は、芝生の葉を見下ろして大きくため息を吐いた。
「カズ、だらしないぞ」
「そうだよ、凡人」
アスレチックを終えても元気そうな栄次と瀬名に言われるが、朝、車の中で寝ていた二人に言われたくない。俺はただでも体力がないのに、体力を消耗していたのだ。それでアスレチックを完走出来たことの方が奇跡だ。
「フィールドアスレチック楽しかったな。子供の頃の遊具遊びを思い出した」
「うんうん! ジャングルジムとかレンジャーロープとかね」
栄次と瀬名はそんな話をするが、小学校時代は遊具遊びなんてほとんどやらなかった俺には懐かしさは皆無だ。ただ、疲れはしたがみんなでワイワイ話しながらアスレチックを越えていくのは楽しかった。
「ありがとう。男子三人、シャワー浴びて良いよ~」
短パンTシャツ姿の里奈さんがウッドデッキに出てきて、俺達三人に声を掛ける。
「カズ、先に浴びて来いよ」
「うん、僕も凡人が先で良いよ」
「サンキュー、じゃあ先に浴びてくる」
栄次と瀬名に勧められ、俺はコテージのシャワールームに入る。
「凡人くん、シャワー浴びた後で車を出してもらえない? ちょっと買い忘れた物があって、山のふもとのスーパーに行きたいんだけど」
シャワールームに入ってシャワーを浴び始めてすぐ、ドアの向こう側から真弥さんに声を掛けられる。
「良いですよ~」
「ありがとう。急がないから、ゆっくり浴びてて良いからね」
「はい」
真弥さんのその言葉を聞いたが、俺は手早くシャワーを浴びて着替え、コテージのダイニングに戻る。すると、台所でバーベキューの下ごしらえをしている凛恋達の輪に居た真弥さんを見た。
「八戸さん、凡人くん借りるよ」
「は~い」
真弥さんは下ごしらえの輪を抜けて俺の隣に来ると、クスッと笑って俺の顔を横から見上げた。
「行こっか」
「はい」
俺と真弥さんはコテージを出て乗って来た車に乗り込む。俺は当然運転席だが、真弥さんは助手席に座った。
「凡人くん、ちゃんと八戸さんと仲直り出来たんだね」
「別に、喧嘩してた訳じゃないんです。俺が一方的に怒ってしまっただけで」
車を走り出させてすぐ、真弥さんがニッコリ笑って助手席から話し掛ける。
「でも、ちょっと残念だな~。私にもチャンスが来たと思ったのに」
真弥さんはそう俺をからかうように言ってまた微笑んだ。
「何かあったの?」
「まあ」
「そっか。私には話してくれないんだね。でも、八戸さんにも何も言わなかったんだから、私に話してくれる訳はないか」
特に落ち込んだ様子はないが、真弥さんは残念そうに呟く。真弥さんも分かっているのだ、俺が何の理由も無しに一人の時間が欲しいなんて言い出さないことくらい。
「私の予測では、凡人くんが自分にまた自信を無くしちゃったかなって思ってるけど」
俺はハンドルを握りながら、俺の心の中をほぼ言い当てる真弥さんの話を黙って聞く。
「もしそうだとしたら、それは凡人くんの考えすぎだよ。確かに、八戸さんは可愛いし性格も凄く良い。女性として凄く魅力のある子だと思う。だけど、私は八戸さん以上に、凡人くんの方が魅力があると思うよ」
「それは無いですよ」
「ううん。凡人くんは見た目も背が高くてスタイルが良くて格好良いけど、それ以上に性格が素晴らしいから。物事を悲観的に捉えるのと、何でも自分でどうにかしようとする性格は凡人くんの欠点だけど、それも凡人くん全体を見れば数少ない欠点でしかない。凡人くんは優しいし男らしいし、ここぞという時にどんな男性よりも頼りになる。もう、高校生の頃からずっとそうだった」
助手席で両手を腿の上で組みながらそう言う真弥さんは、何かを思い出すようにクスッと笑う。
「学校行事でも、俺は興味無いし面倒くさいです~って雰囲気なのに、いざ参加が決まったらみんなが面倒くさくてやりたがらない雑用をいつの間にかやってるし、みんなが忘れちゃうような細々した仕事をちょくちょくやってちゃんと見てないと分からないくらい自然にフォローしてくれてる。文化祭の時に、備品の管理をしっかりやってたよね」
「そんなこと、よく覚えてますね」
「覚えてるよ。だって、好きな人のことだからね」
その言葉を真弥さんがからかって言っているのは分かる。でも、真弥さんはからかいに見せて本気でそういうことを言う人だというのも分かる。だから、心の中で申し訳ない気持ちになった。
「困ってる困ってる」
クスクス笑う真弥さんが、隣から俺の頬を人さし指でツンツンと突く。それに顔をしかめると、また真弥さんがクスッと笑うのが聞こえた。
キャンプ場から山のふもとにあるスーパーに着き、俺は真弥さんと一緒にスーパーの中に入る。そして、俺は買い物カゴを持って真弥さんの隣をついて行く。
「何を買うんですか?」
「うん。手持ち花火を買おうかなって。一応買ってきた物にあるけど、量がちょっと少ないかなって思ったから。あとは、みんなで飲むお酒」
「真弥さん、お酒好きですよね」
「うん。特に、みんなで飲むお酒は美味しいからね」
真っ先にアルコールコーナーへ歩いて行く真弥さんは、俺の持っているカゴに次々と缶チューハイや缶ビールを入れていく。
「おい、あの子可愛くね?」
「ダメだって、左手の小指見ろよ」
アルコールコーナーの先に居る、色黒の男二人が真弥さんを見ながらそんな話をする。すると、真弥さんが俺を見てニヤッと笑った。
「ねえねえ、凡人~」
「ちょっ、真弥さん?」
いきなり甘えたような猫撫で声を発する真弥さんが、俺の腕を抱きながら俺を呼び捨てにする。明らかに俺をからかっている言動だが、視線は真弥さんを見ていた男二人の方を向いていた。
男二人は、真弥さんが俺の腕に抱き付くと足早にアルコールコーナーを離れていく。
「男避け効果抜群」
クスッと笑った真弥さんは、左手の小指を立てて小指にはめたピンキーリングを俺に見せる。
「真弥さん、離れてください」
「え~、やだよ~。八戸さんが居るところじゃ絶対に出来ないし」
「離れてください」
「は~い」
一度は拒否した真弥さんだったが、俺が再び離れるように頼むと笑いながら俺の腕から手を解いた。
アルコールコーナーを離れて手持ち花火のコーナーで手持ち花火のセットを二つ手に取り、会計を済ませてスーパーの外に出る。
「切山さんも一緒に来られたら良かったのにな~」
再び車に乗って走り出すと、真弥さんがそう呟く。
フランスで就職した萌夏さんは、今頃マルセイユの新店舗で頑張っている。本当は俺も萌夏さんに帰って来てほしいという気持ちはあったが、大学生で暇な俺と違って萌夏さんはパティシエールとしての仕事がある。
「萌夏さんも来たかったとは思いますけどね」
「まあ、お仕事があるから仕方ないよね。それに、距離もあるし。でも、みんなが就職すると、もっとみんなで会える機会は少なくなっちゃうよね」
「そうですね。それこそ、年末年始くらいになるかもしれませんね」
山道を走りながら、俺は真弥さんの言葉にそう同意する。
真弥さんの言うとおり、俺達が就職すればみんなで集まれる機会は減る。お盆の時期や年末年始に長期休みのある企業がほとんどだが、だからと言ってみんながピッタリ同じ時期に休めるとは限らない。仕事によれば、みんなが休むような時期が稼ぎ時の仕事もある。萌夏さんのような小売業はまさにそれだし、俺達が今日遊びに来ているキャンプ場もそうだ。
「でもね。会う機会が減るのは残念だけど全然不安じゃないんだ。私達は絶対、会う機会が減っても変わらず友達なんだろうなって思うの」
「俺もそう思いますよ。会うのが年末年始だけになってもあまり不安はありません」
「私の方は不思議だって思うよ? だって、みんなは同い年なのに私だけ歳が離れてるし」
「別に年齢なんて関係ないでしょ。真弥さんは俺達の大切な友達ですよ」
「ありがとう。みんなに出会えて良かった。こんなに肩の力抜いて話せる友達が社会人になって増えるなんて思ってなかったし」
「そういうものですかね」
「そうだよ。特に教職員って出会いの幅が狭いからね。でも、凡人くん達ほど仲良くなれる子達とは出会わないな~」
「でも、真弥さんって生徒から慕われるから、仲の良い生徒は居るんじゃないですか?」
真弥さんが俺の高校時代と同じ接し方をしていたら、友達感覚で慕ってくる生徒も多そうに思う。
「うん、よく一緒にお昼食べる女子生徒が居るよ。でも、男子は居ないかな」
「まあ、男子は真弥さんを友達って言うより恋愛対象に見るんじゃないですか?」
俺がからかってそう言うと、真弥さんが渋い顔をする。どうやら、あまり良くない話を思い出したようだ。
「何かあったんですか?」
「うん、まあね……」
「話し辛いことなら良いですけど」
「話し辛くはないんだけど、夏休み前に男子生徒から告白されちゃって」
「あ~夏休み前って、俺が高校の時にも女子に告白する男子は多かったですからね」
夏休みは、海にプールに花火大会に夏祭りと、色々と恋人と過ごすようなイベントが多い。だから、恋人の居ない男子が夏休みを楽しく過ごすために告白するという話が、俺が中学高校の頃もあった。真弥さんに告白した男子生徒達も、きっとそういう理由で告白したのだろう。
「凡人くんに買ってもらったピンキーリングで男避けばっちりだと思ったんだけどな~」
「それ、男子生徒に対しての物だったんですね」
「まあ、それだけじゃないけど、男子生徒に対してもあるかな。男子生徒に告白されたり、男子生徒から恋愛対象に見られたりしてるって話が広まると、職員間でも結構問題になるし保護者の方から苦情が来ることもあって……。男子生徒の保護者から、うちの子をたぶらかさないで下さいって何度言われたことか……はぁ~」
深く大きなため息を吐いた真弥さんを横目で見て、真弥さんも大変だと心の底から思った。
自分はその気はなくても、周りの男子生徒が勝手に真弥さんを好きになって、それで他の職員や生徒の保護者が真弥さんに苦言を言ってくる。それは理不尽なことだ。
「沢山の人から告白されると大変ですね」
「うーん……毎回断るのが凄く申し訳ないかな。特に真剣さが伝わってくる子はね」
真剣さが伝わってくる子、そう真弥さんが言ったということは、真剣に告白しない人も居るということだ。でも、真弥さんくらいモテる人なら色んな人に好かれる。だから、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると告白する輩が居ても仕方がない。でも、真剣さが伝わる告白を断るのが申し訳ないと思う気持ちは分かる。
俺に告白してくれた人は皆、俺にはもったいないくらい良い人達ばかりで、そして、その全ての人が真剣に俺のことを好きになってくれた。だから、その真剣な気持ちに応えられないと言うのは申し訳ない気持ちになる。真弥さんも、俺と同じだったんだろう。
「今、私に告白して私が受けられるのは凡人くんだけだからね」
少し湿っぽくなった雰囲気を掻き消すように、フロントガラスに映る真弥さんは舌を出しておどけて言う。
「すみません。俺が好きなのは凛恋だけですから」
「残念。でも、私は諦めないよ」
何度も繰り返したそのやり取りは、何度繰り返しても結果は変わらない。でも、繰り返す数が重なるに連れて真弥さんの反応は変わっていた。
重なる数が少ない時は、反応に悲しさが多かった。でも、今は悲しさよりも俺をからかう楽しさが増えた。それは、真弥さんも俺の答えが分かり切っているからだろう。でも、それでも答える俺に申し訳なさが残っているのは、からかう真弥さんの言葉の中に、確かな真弥さんの真剣さがあるからだ。
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