【二三八《模範解答のない答え合わせ》】:一

【模範解答のない答え合わせ】


 ファミレスで目の前に座る栄次が俺を見て深く大きなため息を吐く。そして、その隣に居る希さんはため息は吐かないものの俺の隣を見て目を細めた。


「私は凛恋が悪いと思う。電話でも話したけど」


 口を開いた希さんは、細めた目で見た先に居る凛恋にそう言った。そして、俺の隣に居る凛恋は俯きながらも頷く。


「うん。連絡しなかった私が悪い」

「でも、凛恋さんはちゃんとカズに謝ったんだろ。それなのにまだ怒ってるカズは男らしくない」


 凛恋の言葉を聞いた栄次は、最初から変わらない呆れた表情のまま俺にそう言う。だが、俺はそれに何も答えず、氷が溶けてすっかり薄くなったアイスコーヒーを一口飲んだ。


「別に良いだろ。友達と一緒に飲みに行くくらい。それで連絡を忘れるくらい楽しんでただけだろ。カズが心配しすぎなんだよ」

「栄次。昔から言ってるけど、ちゃんと凡人くんの立場になって話してよ。凡人くんは昔から凛恋のことを凄く大切にしてるの。その凛恋とずっと連絡が付かなくて、それで連絡するのを忘れてたなんて言われたら怒って当然だよ」


 昨日、瀬名と理緒さんを比べて思ったが、どうやら俺の気持ちは同性よりも異性の方が理解してくれるらしい。


「私……忘れてなんて――」

「凛恋、その言い訳を凡人くんに言ったんでしょ。それも良くない。そんな言い訳通じる訳ないでしょ。交流会があったのが午前中でそれから学校主催のパーティー。それで、二次会が終わったのが二三時前だっけ? それまで一度も連絡出来るチャンスが無かったなんてあり得ない」


 ピシャリと凛恋の言葉を否定した希さんは、一度アイスティーを飲んで口を潤す。ただ、それは渇いた喉を潤すというよりも、一旦飲み物を飲んで落ち着くために見えた。


「凛恋が凡人くんの気持ちを分からないはずがないでしょ? 私なんかよりもずっとずっとよく分かってるはず。凡人くんがどれだけ凛恋のことを心配したか」

「希。でも、カズは心配し過ぎなんだって。凛恋さんも子供じゃないんだし、ちょっと遅く帰るくら――ッ!」


 凛恋と希さんの会話に栄次が口を挟むと、希さんは真横に居る栄次へ黙って視線を返す。だが、テーブルを挟んで反対側に居る俺でも、その視線を向けられていないのに背筋が凍った。


「栄次、さっきも言ったでしょ? 凡人くんの立場になって考えてって。凡人くんは凄く凄く凛恋のことを大切にしてる。それは、端から見たら過保護に見えるかもしれないけど、凛恋は今まで沢山辛い思いをしてきた。特に男の人には沢山傷付けられてきたの。それを、ずっと凛恋の一番近くで見てきた凡人くんに過保護になるなって言うのが無理な話だよ。だって……目の前で何度も自分の大切な人が傷付けられるのを見せられたんだよ? ……私だったら気が狂いそうだよ」

「希さん……」


 俺のために必死に話をしてくれていた希さんは、ポロポロと涙を溢して、その涙を何度も手の甲で拭う。


「凛恋は悪くない。凡人くんも悪くない。全部……凛恋と凡人くんを傷付けた人達が悪いの。そういう悪い人達のせいでそうなったの。それを、凡人くんが悪いなんて言うのは酷いよ……」

「の、希……ごめん……」


 希さんの涙を見て、栄次は目に見えて動揺しながら希さんの背中を擦る。

 希さんを泣かせてしまったことに、罪悪感に苛まれて俺は視線を落とす。

 今回のことで悪いのは俺なんだ。俺がロニー王子に嫉妬して、その嫉妬から冷静さを失って俺が怒ってしまった。それを希さんは知らないから、俺の味方をしてくれている。でもきっと、真実を知ったら考え方も変わるはずだ。それでも、申し訳なさを感じながらも嬉しかった。


「私、栄次は昔から凡人くんに対して遠慮がないって思ってたけど、今回のことで凛恋も凡人くんに遠慮がなさ過ぎると思った。確かに凛恋と凡人くんは遠慮をする間柄じゃないよ。でも、遠慮しなさ過ぎるのは良くない。きっと付き合い始めの頃の凛恋なら、凡人くんへの連絡を忘れるなんてしなかったはず」

「……ごめんなさい」

「私に謝っても仕方ないでしょ。謝る相手が違う」


 そう言われた凛恋は俺の方を向いて、涙目で頭を下げた。


「凡人、本当にごめんなさい。ちゃんと連絡しなかった私が本当に悪かった。だから……許して。私……凡人と仲直りしたい……」


 革張りのソファーの上にポトリポトリと凛恋の顔から涙が落ちて、俺は凛恋にハンカチを差し出す。


「……俺もついカッとなって悪かった。謝らなければいけないのは一方的に怒った俺で、ちゃんと連絡をしなかったことをパーティーの日に謝ってくれた凛恋じゃない。本当にごめん」

「ううん。凡人は私のことを心配して何度も電話もくれたし、大学にまで行ってくれた。それなのに連絡出来なかった私が悪い。本当にごめんなさい」


 まだ目に涙を浮かべている凛恋は、躊躇いがちに俺の両手を握る。その手を握り返すと、凛恋の目から涙が溢れた。


「良かった……凡人に許してもらえて……もし、凡人に許してもらえなかったらって思ったら怖くて……」


 俺の手を握った凛恋の手は震え、俺は躊躇いがちに凛恋と座る位置を近付けて凛恋の腰に手を回す。すると、正面から希さんがクスッと笑う声が聞こえた。


「二人が仲直り出来て良かった。これで、キャンプも問題なく行けそうだね」

「キャンプ? ……また、俺には何も言わずに決めたのか」


 俺は希さんの言葉を聞いて、凛恋、栄次、希さんを順番に見る。それに栄次と希さんは人の悪い笑みを返したが、凛恋は慌てた様子で俺の両手を強く握る。


「凡人! 私達は凡人を仲間外れにした訳じゃないの! 毎年凡人には言わずに出掛ける予定を決めて驚かせるっていうのが女子陣で恒例になっちゃってて――」

「凛恋、そんなに慌てなくても怒らないって」


 慌てる凛恋が、きっと俺がまた怒ってしまうのではないかと思ったのは簡単に分かった。だから、そんな不安になっている凛恋を落ち着かせるために背中を撫でる。


「まあ、俺のやることは目的地まで車の運転をするくらいなんだろ?」

「うん。一番大変だと思うけど、今年もお願いして良い?」

「ああ、もちろん」

「ありがとう」


 ホッと安心した様子で息を吐いた凛恋は、泣いて赤くした目でニッコリと微笑んだ。




 毎度のことながら、唯一免許を持っている俺が運転をして、後ろで寝息を立てているみんなの様子をルームミラー越しに見る。その状況が今回もやってきた。

 まあ寝てしまっていても無理ない。出発した時は、まだ日が昇っていなかったのだから。


 みんなは出来るだけ長くみんなと遊んでいたいからと、出発時間を早くした。だから、車で寝てしまうのも分からなくはない。しかし、一人で運転する俺は小さくため息を吐いた。ただ、凛恋とのことで、みんなに変な心配をさせたことを考えれば仕方ない。

 運転する車が目的地の山の中にあるキャンプ場にたどり着くと、俺はホッとして息を吐く。毎回、みんなを乗せると緊張する。今回も、事故もなく目的地に辿り着けて良かった。


「着いたぞ~」


 俺がそう声を出すと、隣に座っていた凛恋がピクッと体を跳ね上げて起きる。


「かずと……ごめん、ねちゃった……」


 寝ぼけ眼でそう言う凛恋は、シートから背中を離して微笑む。


「凡人、運転ご苦労様。ありがとう」

「どういたしまして」


 のそのそ起き出すみんなを放って置き、俺はキャンプ場の管理棟に行って受付を済ませ、予約していたコテージに向かう。

 毎度のことだが、俺は夏休みのみんなで集まる催しは直前まで知らされない。

 キャンプ場のようなレジャー施設は、夏休みは繁忙期になる。だから、かなり前から予約をしていないとすぐに予約で埋まってしまう。当然、凛恋達もかなり前から計画を立てて予約していたはずだ。


 俺に知らされない理由は、俺が外出するのが苦手で外出を回避しようとするかららしいが、もうみんなと夏休みに泊まり掛けで遊びに行くのが定番化しているのだから、俺だって覚悟している。それに、凛恋と付き合って長いのだから、付き合い始めの頃より外出に対する苦手意識も減っている。だから、別にもう予め言われても回避しようとなんてしない。そもそも、俺だってみんなと泊まり掛けで遊びに行くのは楽しいのだ。


「凡人くん、ありがとう」


 みんなの荷物をコテージに運んでいると、後ろから真弥さんに声を掛けられる。真弥さんは、ニッコリ笑ってコテージを見渡す。


「今年もみんなと遊びに来られて良かった~」


 背伸びをしながら荷物を持ってコテージの二階に上がる真弥さんを見送ると、今度は理緒さんに肩を叩かれる。


「凡人くん、いつも運転してくれてありがとう。寝ちゃってごめんね。凡人くんの運転だとぐっすり眠れて」

「良いよ。車の中だとやることもないし、眠くなるのも分かるから」

「ありがとう」


 理緒さんも俺が持ってきた荷物を二階に持って上がり、俺は振り返って残りの荷物を取りに戻ろうとする。すると、振り返った先に、栄次と瀬名が残りの荷物を持ってくるのが見えた。


「栄次、瀬名。荷物を置いたら手伝ってくれ。予約してあるバーベキュー道具一式を取りに行かないといけない」

「分かった」「うん」


 栄次と瀬名が荷物を置くのを待って歩き出すと、俺の隣に並んだ瀬名がニコニコと笑う。


「今年も来られて良かった」

「そうだよな。どこかのひねくれ者のせいでキャンプが流れるところだったし」

「俺の運転を当てにして場所を決めるのが悪い」


 ニヤニヤ笑いながら嫌味を言う栄次に言い返すと、栄次は笑ったまま肩をすくめた。


「場所を決めてるのは希達だし、俺に言われても困る」


 再び管理棟に行き、三人で手分けしてバーベキュー道具を持って帰ってくると、コテージの窓を開けて換気している凛恋と目が合う。

「三人ともありがとう」


 バーベキュー用具をコテージのウッドデッキの前に並べると、女性陣が集まり四人揃って座る。


「それで? ここでは何をして遊ぶんだ?」


 全くなんにも聞かされていない俺は、凛恋を見て尋ねる。すると、凛恋ではなく真弥さんが俺の疑問に答えた。


「ここはフィールドアスレチックがあるキャンプ場なの。だから、みんなでフィールドアスレチックに行って遊ぼう」


 フィールドアスレチックと言うと、丸太や木板、ロープで作られた障害物を越えていくアトラクションだ。確かに、山の中にあるキャンプ場は自然がいっぱいだから、その自然の中のフィールドアスレチックを遊ぶのは気持ちがいいのかもしれない。


「なるほど、それでみんな早々に寝てたのか」


 俺がそう呟くと、女性陣四人と俺以外の男二人がニヤッと笑う。

 確かに、車の中は退屈で朝も早かったからみんな寝るのは当然だった。しかし、みんなは車で移動し始めてすぐに寝たのだ。それを今思い出して納得する。ということは、俺は朝早く起きて車の運転もした上で、今からフィールドアスレチックを遊ぶということになる。


「大丈夫、そんなにハードなアスレチックじゃないから」


 俺の思考を読んだのか、真弥さんがそう付け加える。まあ、流石にキャンプ場にあるアスレチックだから、子供が遊ぶような簡単なものだろう。




 キャンプ場にあるアスレチックだから、子供が遊ぶような簡単なものだろう。そう思ってフィールドアスレチックを侮っていた自分に恨み節も言いたくなった。

 ここまで来る間に、俺は幾つもアスレチックを超えてきたが、どれもこれも幼い子供用ではく“大人用”のアスレチックだった。


 どうやら、俺が来たキャンプ場のフィールドアスレチックには、子供向けと大人向けの二つのコースがあるらしく、その大人用のコースはまるで軍隊の訓練で使われるかと思うほど高低差がありそれなりの体力を必要とするアスレチックだった。ただ、凛恋達女性陣でも越えられているから、大人の女性でも越えられるように作られているのかもしれない。


 俺は大人の男だから、本当なら軽々と越えなければならないのだが、自他共に認める運動音痴の俺にはかなりハードな道のりだった。そして、目の前に見える次のアスレチックにため息を吐く。

 綺麗に澄んだ池の上に、ロープで繋がれた丸太が三本浮かべられている。特に説明書きはないが、どうやらその丸太の上を飛び移って池を越えろということらしい。


「次は誰が最初に行く?」


 里奈さんがみんなを見渡して、最初にいかだの橋に挑戦する人を誰にしようか相談を始める。しかし、なぜか俺に視線が集中していた。


「じゃあ、凡人くんで」

「分かった」


 視線だけの多数決が終わり、俺は里奈さんに促されて目の前に見える丸太に向かって跳躍した。


「うおっ!」


 丸太に飛び乗った瞬間、全く安定しない丸太が揺れて俺は池の中に落っこちる。池は浅く溺れることはないが、思いっ切りお尻から落ちて全身がずぶ濡れになった。


「アハハハッ! 凡人くん失敗! やり直しね!」


 濡れて服が水を吸い込み、気持ち重くなった体を動かしてスタート地点に戻ると、ずぶ濡れになった俺を見てみんながクスクス笑う。


「じゃあ次は凡人くんが決めて」

「よし、じゃあ一番笑ってた里奈さんで」

「は~い。じゃあ、次私ね~」


 里奈さんはニコニコ笑いながら、俺と同じように池に掛けられた丸太の上に跳躍した。


「キャッ!」


 丸太の上に飛び移った瞬間、里奈さんの体は俺が落ちた方向とは逆方向に傾き、俺が落ちた時よりも激しい水しぶきを上げて池へ落っこちる。


「アハハハッ! これ絶対に無理だって~」


 全身ずぶ濡れになった里奈さんは楽しそうに笑いながら立ち上がる。すると、白いTシャツが濡れて体に貼り付き、下に着ているピンクのビキニが透けていた。


「ふごっ!」

「ペケ、一」


 横から凛恋に脇腹を肘で突かれてそう言われる。別にやましいことは考えていないのに酷い。


「じゃあ、次は露木先生ね~」

「分かった。でも、私も失敗しそう」


 里奈さんに指名された真弥さんが俺達と同じように丸太に向かって跳躍する。しかし、俺と里奈さんと同じように、真弥さんも丸太に飛び移った瞬間、バランスを崩して池の中に落ちた。


「きゃっ! 冷たい!」


 池の中に尻餅を突いた真弥さんは、黒いTシャツだから下に着ている水着は透けていない。しかし、女性らしく起伏のある体のラインが綺麗に浮き出――。


「ふがっ!」

「ペケ、二」


 また凛恋に脇腹を肘で突かれてそう言われる。本当にやましいことは考えていないのに酷い。

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