【二三四《バースデープレゼント》】:一

【バースデープレゼント】


 ロニー王子に招待されたパーティーの後、何度か俺はロニー王子から食事やお茶に誘われた。しかし、その誘いを俺は理由を色々と付けて断った。その自分の行動に、本当に自分が小さい人間だと思う。

 俺はロニー王子と会うのを避けていた。だが、それはロニー王子が悪いわけではなく、俺自身が小さく酷く大人げない人間だからだ。


 ロニー王子と凛恋がダンスをしただけで、俺はロニー王子に嫉妬してロニー王子を避けている。もちろん、大学でロニー王子から話し掛けられれば会話はする。でも、遊びの誘いには乗らない。それは、これ以上ロニー王子と関わる時間が増えて、自分がロニー王子に男として劣っていることを認識したくないからだ。だが、そうやって心で思いロニー王子を避けている時点で、ロニー王子よりも劣っている。


 一国の王子様に対抗意識を燃やしたって仕方がない。それは分かっているし、俺はロニー王子に勝ちたいと思っているわけではない。でも……俺はロニー王子よりも劣っていると感じている。それは、ロニー王子より自分が優れていなかったことが悔しいと思っているからなのではないか? そんな自分に対する疑問が浮かぶ。


「おい、凡人。せっかく飲んでるのにその辛気くさい顔を何とかしろよ」


 隣には、カクテルグラスを傾ける真井さんが座っていて、その真井さんは眉をひそめて俺を見る。

 今日は、久しぶりに真井さんから「一緒に飲むぞ」と呼び出され、真井さん行きつけのバーでカウンター席に並んで座りながら飲んでいる。


「顔が良くてモテる真井さんには、俺の気持ちは分かりませんよ」

「うわぁ~……今度は卑屈になりやがった。どうした? 俺に話してみろ」


 俺の背中を真井さんが叩き、俺の口から悩みを吐き出させようとする。

 話しても仕方ないことなのは分かっている。でも、話せば楽になれるかも知れない。だけど、凛恋に話すなんて絶対に嫌だし……だったら、隣に座って居る真井さんしか居ない。


「真井さん、フォリア王国のロニー王子って知ってます?」

「ああ。凡人の大学に留学してきてる王子様だろ? その王子様がどうした?」

「ロニー王子に大学の友人として大使館のパーティーに招待されたんですけど、そこでロニー王子が一緒に招待した大学の女友達二人と凛恋とダンスを踊ったんです。それで……ロニー王子と凛恋が踊るのを見たくないって思って……それに、ロニー王子が凛恋の腰に手を回すのが嫌だって思って……」

「なるほどな。それで凡人は王子様に嫉妬したってわけか」

「分かるんですか?」

「分かるに決まってるだろ。俺だって、どこぞの王子様が優愛の腰抱いてダンスし始めたらムカつく」


 空のカクテルグラスを軽く振りながら眉をひそめる真井さんは、また俺の背中を叩いた。


「嫉妬を恥ずかしがってたら人を好きになんてなれないぞ。本気になればなるほど、嫉妬しやすくなるに決まってるんだから」

「でも、相手は一国の王子ですよ? そんな相手に庶民の俺が――」

「金を持ってるとか地位があるとか、そんなもんは関係ないだろ。凡人は八戸さんのことを本気で好きで、八戸さんを誰にも渡したくない。そう思うから、相手が王子様だろうが何だろうが関係なく嫉妬する。それの何がダメだって言うんだ?」

「それは……」

「逆に想像してみろ。八戸さんが凡人の女友達とか、凡人に声を掛けてきた女性に嫉妬したら凡人はどう思う?」


「心配しなくても、俺は凛恋のことが好きだって思います」

「だろ? それに、嫉妬されると可愛く見えないか?」

「まあ……確かに」

「なら、凡人も八戸さんに嫉妬してるところ見せろよ」

「だけど……王子が凛恋とダンスをしたのは、男が苦手な凛恋が後のダンスの誘いを断り易くするためだったって」

「確かにそれはまともな理由かもしれない。だけど、それで凡人は王子様に食って掛かったわけじゃないだろ? 凡人なら、せいぜい距離を取るくらいしかしないだろうしな。それなら、別に気を遣ってくれた王子様に八つ当たりしてるわけじゃないんだから気にするな」

「…………」

「って言っても、凡人は優しいやつだからな。気にするなって方が無理か。マスター、おかわり」


 真井さんはフッと笑いながらカクテルのおかわりを頼む。そして、おかわりのカクテルに口を付けてから俺を見た。


「凡人ってボーッとしてるっていうか冷めてるって感じだったけど、八戸さんにはちゃんと本気なんだな。そりゃあ、あの美人の八戸さんが惚れるわけだ。自信持て、あれだけ美人の八戸さんが惚れてるのは凡人なんだぞ? しかも、高一からずっと付き合ってるんだろ? そこを割っては入れるやつなんてどこにも居ないって」

「誰にも割って入らせる気なんてありません」

「おう、その意気その意気。マスター、凡人にもおかわりを」


 真井さんがそう言うと、目の前にバーのマスターが手際よく作ってブラックルシアンのグラスを置く。そのブラックルシアンを、俺は話をして少しスッキリした胸の中に流し込んだ。




 誕生日だからと言って、何かあるわけではないという決まり文句を使わなくなったのは、凛恋と付き合い始めてからだった。

 凛恋と付き合い始めてから、誕生日を祝ってくれる人が爺ちゃん婆ちゃん以外に出来た。そしてその和は、凛恋と仲良くなればなるほど増えていき、今は家族以外の沢山の人達が俺の誕生日を祝ってくれる。


 きっと、俺は一人だったら誕生日なんてものに特別な感慨なんて抱かなかった。ただ、書類に書き込む年齢が一つ増えるようになる境の日でしか無かった。

 今日は、古跡さんの「誕生日くらい休んで楽しみなさい」という計らいでアルバイトは休みになっている。だが、俺は大学終わりから暇な時間が出来ている。それは、凛恋に帰ってくる時間を指定されているからだ。その指定された時間まで外で時間を潰さないといけない。


 大学の食堂で、アイスコーヒーを飲みながらレポートの仕上げをしていた俺は、隣に人が座る気配がして視線を向ける。


「多野くん、お誕生日おめでとう」

「え? あ、ありがとう、空条さん」


 隣に座った空条さんは、綺麗にラッピングされた箱を俺に差し出す。俺に誕生日を祝ってくれて誕生日プレゼントまで用意してくれたようだ。


「わざわざ、ありがとう。気を遣わせちゃってごめん」

「ううん。多野くんにはいつもお世話になってるし」


 誕生日プレゼントは受け取ったが、流石に大学の食堂で開けるわけにもいかず鞄の中に仕舞う。


「この前のパーティーから元気ないけど、八戸さんがロニー王子と踊ったことを気にしてる?」

「…………そう見える?」

「ううん。元気がない理由はいくつか想像出来るけど、パーティーの後からだったからそうかなって」

「まあ、そうなんだけど、俺が勝手に凹んでるだけだから誰も悪くないんだ」

「ううん。私はロニー王子が悪いと思う」

「え?」


 俺は空条さんの言葉に思わず声をあげて聞き返してしまう。

 ロニー王子は凛恋のためを思って踊りに誘った。だから、ロニー王子は何も悪いことをしてなかった。だけど、空条さんは明確な言葉でロニー王子を批判した。その理由が全く分からない。


「ロニー王子が気を回さなくたって、八戸さんのことは多野くんが守ってた。だから、ロニー王子の行動は大きなお世話だって私は思う。別に、恋人が居る女性をダンスに誘っちゃいけないって決まりがあるわけじゃないけど、ロニー王子はそこに気を遣ってない。八戸さんが断り易いようにするよりも、まず八戸さんと多野くんの二人に気を遣うべきだったって私は思うから」

「……でもまあ、終わったことだしね」


 空条さんの話は、俺の感覚では全面的に肯定出来る。確かに、ロニー王子は女性の凛恋に気を遣うことを考えすぎて、俺の方に気を遣うことをおろそかにしていたかもしれない。


「まあ……個人的にロニー王子のことがあまり好きじゃないって理由が大きいんだけどね」

「え? どうして? ロニー王子って見た目とか家柄を抜きにしても、性格は良いと思うけど?」

「確かに、紳士的で常にレディーファーストだし、感情的になることもない。それに誰に対してもフランクに話し掛けて、王族ってことを周りに感じさせないフレンドリーさがある。だけど、ロニー王子には“他人を立てる”って気持ちが欠片も感じられないの。それが、私はあまり好きじゃない」

「他人を、立てる?」


 俺は空条さんの言葉を聞いて、ロニー王子の行動を思い返してみる。しかし、ロニー王子とあまり行動を共にすることが無いから、ロニー王子が他人を立てていないか判断する材料がない。


「良い意味で言えば平等に人を扱うって言えるのかもしれないけど、身を引くところは引くべきだと思うの。ロニー王子がわざわざ出てくる必要がないことって沢山あるの。なんか、ロニー王子は郷に入っては郷に従うってことが出来てないのがね……」

「まあ、日本人じゃないし、そういうことを要求するのは難しいかもね」


 日本人は、海外の人から『礼儀正しい』と表現されることもあるが、それと同じくらい『周りの人に合わせて気を遣う』とか『本音と建て前が存在する』なんて表現をされる。俺は国民性の研究をしたわけではないが、そういう話を聞くということは、逆に言えば海外の人は『周りの人に合わせて気を遣わない』『本音と建て前が存在しない』国民性だと言えるのかもしれない。


 もちろん、全ての海外の人がそうであるわけではないし、周りに合わせて気を遣わないのではなく、自分の意思や意見がはっきりしているとか、本音と建て前が存在しないのではなく、本音を遠慮無しにズバズバ言える意気がある人が多いのだろう。


 俺は、どちらも別に悪いことではないと思う。それは、国民性という大きな括りで考えるべきではなく、その人個人の個性であると判断するのが正しいのだ。だから、空条さんがロニー王子に抱く他人を立てないというイメージを悪いとは思わないし正しいとも思わない。それもやっぱり、人それぞれという言葉で片付けられてしまう。


 人には必ず相性というものが存在する。たとえ、万人に良い人だと言われる人でも、ごく一部の人にとっては悪い人だという印象を持たれることだってある。

 それを上手くやっていくために、人は妥協する。もしかしたら、その妥協するという考え方も日本人特有のものなのかもしれないが、それでもきっと全世界の人が大なり小なり妥協して人と関わっていることはあるはずだ。


「もちろん、ロニー王子と性格が合わないからと言ってどうってことはないんだけど、流石に八戸さんと多野くんに対して気遣いが足りないのは、二人の友達として良い気はしないかな」


 空条さんは少し唇を尖らせてそう呟く。俺は、その空条さんに笑顔を返した。


「ありがとう。空条さんがそう思ってくれて、俺も凛恋も嬉しい。俺も凛恋も良い友達を持ったよ」

「わ、私は自分が嫌だって思うことを話しただけだよ」


 俺がお礼を言うと、空条さんは照れて頬を赤くしてわざとらしく視線を逸らす。でも、空条さんみたいに俺と凛恋のことを大切に考えてくれる人が居るというのは、俺と凛恋にとってありがたく貴重なことだ。


「あっ! 多野さん!」


 空条さんとの会話が途切れたタイミングで、食堂内に響く声で名前を呼ばれる。その声の方向に視線を向けると、右手を挙げて俺に近付いてくるロニー王子の姿が見えた。


「多野さん、これから時間ありますか?」

「まあ、今日はアルバイトもないですし」


 ついこの間までなら、何かに理由を付けてロニー王子の誘いは断る俺だった。でも、真井さんに別に嫉妬しても良いと励まされたし、俺が良い気がしていなかったロニー王子の行動を理解してくれる人として空条さんが居たことで、俺の心には変なわだかまりはほとんど無くなっていた。もちろん、凛恋の腰を抱いたことを許したというか、飲み込んだわけではない。あれは、今思い出しても嫌な気持ちになる。


「良かった。ずっと多野さんと都合が合わなくて困ってたんです」


 ロニー王子はホッとため息を吐きながら胸に手を置く。それを聞いて、俺は少し冗談めかして首を傾げた。


「またパーティーですか?」

「いいえ、いくら何でもそんなに頻繁にパーティーは開きませんよ」


 俺の冗談にロニー王子は爽やかに笑って首を振る。そして、その爽やかな表情を崩さずに答える。


「とても重要な話で。多野さんと二人きりで話したいと思っていて」

「重要な話?」


 俺がまた首を傾げると、ロニー王子は俺の隣に座る空条さんに視線を向ける。


「空条さん、多野さんを連れて行っても良いですか?」

「はい。私の用事は終わったので。じゃあ多野くん、また明日」

「ああ。ありがとう、また明日」

「ロニー王子も、また明日」

「はい。また明日」

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