【二二八《消えない傷跡》】:一

【消えない傷跡】


「ちょ、多野?」


 動き出したカウントダウンを見て、俺はモニターの近くに歩き出す。その俺の後ろからは、戸惑った飾磨の声が聞こえた。


「多分、ここのインターンは体感型ゲーム方式でやるんだろ。それで、参加者達の判断力とか適応力とかを見るんじゃないか?」

「多野……多野のそういうところがダメだぞ」

「何がダメなんだよ」

「そのノリが悪いところだ。こういう時は、ヤバイ! 早く脱出しないと! って焦ったり、きみのことは俺が守る! とか主人公っぽい台詞を吐いたりするものだろ」

「状況的に焦る要素は全く無いし、そんな台詞、死んでも飾磨には言いたくない」

「俺だって多野から格好良いアピールされたって気持ち悪い」


 憎まれ口を叩く飾磨と一緒にモニターの前に行く。しかし、カウントダウンが進んでいるだけで、モニター周囲に変なものはない。

 これが体感型ゲームを使ったインターンだとしたら、四時間ずっと俺達参加者を放っておくわけがない。


 おそらく、これはゲームとして爆発する前にこの部屋から出るか、爆発物を見付けてカウントダウンを止める。それがゲームクリアの目的になっているはずだ。でも、クリア目的は明かされていないからどっちなのか、それとも全く違う目的が設定されているのかも分からない。だが、目的をクリアするために解かなければいけない問題か何かが、この部屋のどこかに隠されているはずだ。


「多野くん」

「えっ? 空条さんと……宝田さんと鷹島さん?」


 モニターの近くに何かないか探していると、横から肩を叩かれて声を掛けられる。俺が視線を叩かれた肩の方に向けると、そこには目を丸くして俺を見ている空条さんと、空条さんの後ろに立っている宝田さんと鷹島さんが居た。


「千紗ちゃん、奈央ちゃん、由衣ちゃん、みんなスーツ似合うね!」


 俺が声を発する前に、空条さん達を見た飾磨がそんな話をし出す。飾磨らしいと言えば飾磨らしいが、今する必要のある話とは思えない。


「私達もスーツくらい着るわよ。っと、そうじゃなくて、多野くん達もここのインターン来てたんだね」


 空条さんは飾磨に目を細めて苦言を言うが、すぐに俺へ視線を向けて話をまともな話に戻した。


「今年は色んな企業のインターンに参加してみようと思ってて」

「そうなんだ。私は奈央と参加したんだけど、会場で待ってる時に鷹島さんに会って。それで、あのモニターの映像を近くで見ようと思って寄ってきたら多野くんを見付けたの」

「そうなんだ。でも、まさかこんなところで集まるとは思わなかった」

「奇遇だよね」

「ちょっとちょっと。呑気に話してて良いのか? あと四時間後に爆発するんだぜ?」


 モニターの前で話し込んでいた俺の肩に飾磨が手を置いて、目を細めながら言う。


「これ、どうすれば良いんだろうね。この部屋から出れば良いのか、それとも爆弾を見付けて止めれば良いのか」


 空条さんがモニターを見上げ、俺が思ったのと同じ疑問を口にして首を傾げる。俺がその空条さんと一緒にモニターを再び見上げると、今度は後ろから肩を叩かれる。


「な――……」

「引っ掛かった」


 俺が顔を後ろに向けると、頬に俺の肩に置かれた手の人さし指がめり込む。そして、その手の主である希さんが嬉しそうに笑っているのが見えた。


「希さんも来てたのか」

「うん。大学の同級生に誘われてね。本当は断るつもりだったんだけど、断り辛くて」


 困った表情をする希さんの後ろを見ると、俺の方を見て腕を組んでいる男達と、その男達の脇に立ってる女子達が見える。俺達との距離感と向けられている視線から、希さんの大学の同級生達であろうと思った。


「希さん、あの人達が希さんの同級生」

「うん。男の人達の名前はよく分からないけど」

「よく分からない人達と来たのか?」

「女の子の方に誘われてね。それで、来たら男の人も居て。栄次に謝らないと」

「まあ、一応話はしておいた方が良いと思うけど、謝るんじゃなくて女の子に誘われたら男が居たって愚痴にした方が良い。その方が栄次も安心するだろ」

「うん、ありがとう」


 希さんが俺の肩から手を外すと、希さんの同級生という男の一人が俺の方に歩いてきた。


「赤城さん、知り合い?」

「はい。高校からの親友です」


 慣れない相手だからか、希さんは敬語で男に答える。すると、男は俺の方に右手を差し出した。


「初めまして。来年度から旺峰大学医学部三年になる岡宮桂太郎(おかみやけいたろう)だ」

「初めまして。塔成大文学部の多野凡人だ」

「フッ……塔成大か」


 自己紹介をされたから自己紹介をしたら、塔成大と聞いて岡宮が笑う。それを見て、岡宮が大体どういった性格の人物かは理解出来た。お世辞にも良い性格の人間ではないようだ。


「赤城さん、これは体感型の脱出を目的としたゲームだよ。この部屋の中にヒントが隠されているはずだから探しに行こう」

「あの……私、彼と一緒に――」

「塔成大の男と居るより俺達と居た方が早くクリア出来る。そっちの女性達も俺達と一緒にクリアしないか。どっちも馬鹿そうだ」

「んだと?」


 俺達を見て岡宮が言った言葉に、飾磨が声を出して詰め寄ろうとする。しかし、俺は飾磨の腕を引っ張って引き戻す。


「飾磨、何熱くなってるんだ」

「そいつが人のことを小馬鹿にしてるからに決まってるだろ」

「小馬鹿になんてしてないよ。馬鹿にしてるんだ。塔成大なんていう二流大学にしか通えない男が俺達旺峰大に勝てるわけがない」


 飾磨の怒りを煽るようなことを言う岡宮は、また俺と飾磨を見て小さく口元を歪ませて笑う。


「生憎だけど、私達にも選ぶ権利ってのがあるから」

「空条さんの言う通りよ。それに、私は人を馬鹿にするような人と一緒に協力出来る気がしないわ」


 空条さんと鷹島さんが歩み出てきて、二人共に末恐ろしい視線を岡宮に向ける。その二人の視線に、岡宮は怯んで一歩後退りした。しかし、小さく咳払いして気を取り直す。


「まあ、その選択が間違っていたと後悔することになるよ。赤城さん、行こ――」

「私も、私の親友を悪く言う人とは組めません」

「なっ!」


 希さんも岡宮を拒絶し、岡宮はさっきよりも狼狽した表情をする。


「なあ、そもそもなんで対決することになってるんだ? 別に一番に出たチームに何か賞品があるわけじゃないし、みんなで協力した方が早いだろ」


 さっきから露骨に俺に対して対抗心を向けてくる岡宮に、俺はため息を吐きながら尋ねる。すると、岡宮は怒った様子で顔を真っ赤にしながら俺を指さした。


「何を言ってるんだ。競争力のない人間は社会に出ても落ちぶれるだけだ」

「言いたいことは分かるけど、協調性のないやつも世の中に出ていったら淘汰(とうた)されるぞ?」


 せっかく協力するという丸く収まる選択肢を提示しているのに断る岡宮に、俺は小さくため息を吐きながら牽制する。すると、俺の隣に立っている飾磨が「参ったか」とでも言いたげに胸を張った。


「岡宮、そっちの塔成大生の言う通りだ。協力した方が早く済む」


 岡宮の友人らしき男が岡宮に声を掛けて宥める。どうやら、他の学生は岡宮と同じような性格ではないらしい。


「まずは出るためのヒント探しだ。きっとこの部屋の中にあるだろ」


 俺はとりあえずモニター前から、部屋の壁沿いに歩き出す。

 部屋の中には椅子はおろか机もない。だだっ広い部屋の中に巨大なモニターがあるだけ。だから、ヒントがあるとしたら壁に紙か何かで貼り付けられているのかもしれない。

 グルリと部屋を壁沿いに一周してモニターの前まで戻って来た俺達は、全員で輪を作って顔を見合わせる。


「多野、ヒント何もなかったぞ?」

「そうだな」


 飾磨が俺に尋ねるが、俺もそうだなと返すしかない。

 部屋の中に、脱出や爆発物の場所に関する問題らしきものはなかった。

 俺達以外の参加者も、俺達と同じように問題を探してる様子だったが、誰かが問題を見付けられた様子はない。


 これが適応力や判断力を見るための催しだとしたら、この状況を脱することが出来る材料は必ず用意しているはず。もしそうでないとしたら、主催側はただ部屋の中に閉じ込めて観察しているだけでしかない。


「観察……上からカメラで撮られてるな」

「本当だ」


 俺がふと上を見上げると、部屋の四隅にカメラが設置されている。単なる防犯カメラの可能性もあるが、ここがテレビ局ということを考えると、部屋の中を撮影している可能性がある。

 俺はモニターの前に立って、部屋の中を右往左往している参加者達を見渡す。そして、参加者を見渡していた俺はゆっくりと歩き出す。


「凡人くん?」


 歩き出した俺の後ろから希さんが不思議そうな声を発しながら俺の後を追いかけてくる。その希さんを連れて、俺は一人の男性の目の前で立ち止まった。


「あの……」

「はい?」


 俺が声を掛けた男性は、首を傾げて不思議そうな顔をする。その男性に、俺は男性を見た瞬間に思ったことを尋ねた。


「インターンの参加者じゃないですよね?」

「どうしてそう思われたのですか?」

「着てるスーツがリクルートスーツっぽくないと思って。大体、リクルートスーツは無地の黒かネイビーです。でも、あなたが着ているのはカーキのチェック柄。柄物のスーツはリクルート向けではなくてビジネス向けです。インターンに来る大学生が着るようなスーツではないと思って」


 俺がそう言うと、男性はニッコリ笑って頷いた。


「確かに、あなたの指摘した通り、私はインターンの参加者ではなく人事部の職員です。これをどうぞ」


 男性は俺に何も答えず、俺に一枚のトランプを差し出す。そのトランプはスペードの一〇だった。


「貴方を含めてこの部屋の中から六名を選んで下さい。その方とチームを組んで次の問題に挑んでいただきます」

「六人ですか……」


 俺を含めて六人なら、希さん、空条さん、宝田さん、鷹島さん、飾磨、そして俺の六人しか選択肢はない。しかし、そうなると岡宮と揉めそうな気がする。

 俺は希さんと一緒にみんなのところに戻り、岡宮の男友達に近付いて耳打ちする。


「ビジネススーツを着た人が主催側の仕掛け人だ。その人に話し掛ければ、次に進める」

「そうなのか。ありがとう」

「それと、六人選べって言われたんだ。一人足りなくて希さんを連れて行きたいんだけど良いか?」

「まあ、ヒントももらったしな。それに、赤城さんも君と居たほうが楽しそうだし」

「ありがとう。じゃあ、そっちも頑張って」


 岡宮の男友達に承諾を得て希さんを連れて空条さん達と一緒に歩き出すと、ドアを抜ける時に周りから注目される。

 俺が声を掛けた男性の案内に従ってテレビ局の通路を歩くと、後ろから飾磨が俺の隣に並ぶ。


「あいつらに教えなくても良かったんじゃないか?」

「教えなくても問題ないけど、別に教えても問題ないだろ?」

「俺は、あの偉そうなやつが何も分からずリタイアするところが見たかったんだけどな~」


 よっぽど、さっき岡宮に言われたことを根に持っているのか、飾磨は唇を尖らせて不満を漏らす。


「そんなの見ても楽しくないだろ」

「飾磨と違って多野くんは優しいのよ。ねえ、多野くん?」


 後ろからクスッと笑って空条さんが俺を見る。それに、飾磨は大げさに肩を落とす。


「千紗ちゃん、それだと俺が優しくないみたいじゃないか。俺は女の子には優しくしてるつもりなんだけどなぁ~」

「飾磨は下心一〇〇パーセントの優しさはあるけど、多野くんは下心〇パーセントの優しさなの。女としては多野くんの優しさの方が安心出来るのよ」

「下心〇パーセントで男が女の子に優しくなんてしないぞ!」


 インターン中だということを忘れて話し続ける空条さんと飾磨の会話を聞きながら、俺はここのインターンには来なければ良かったと思った。

 どうやら、大学生に対するインターンを使ってテレビ局は何かしらのテレビ番組の企画にする気らしい。そうじゃないと、さっきの部屋にあったカメラと、通路の陰に隠れて俺達を撮ってるカメラマン達は必要ない。

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