【二二七《ダウト》】:一

【ダウト】


 大学は冬休みが明けてから約二週間後には春休みになる。その春休み中、俺はインターンシップを受けることにした。

 レディーナリー編集部にはかなり名残惜しさを感じる。古跡さん達が何とかしようとしてくれては居るらしいが、それをただ待っているのも時間の使い方としては勿体ない。


 インターンは何も長期だけではない。一週間二週間くらいで終わるものから、一日で終わるものもある。だから俺は、就職活動が解禁されるまで、色んなインターンシップや短期のバイトをやろうと考えていた。


 今年一年で色んな仕事をして、卒業後に就く仕事の判断材料にする。インターンやバイトをすれば、自分に合っている仕事と合っていない仕事が分かるはずだ。それに、俺は萌夏さんみたいに将来の夢があるわけじゃない。だからもしかしたら、色んなところでインターンをやっている間に、俺の将来の夢も見付かるかもしれない。

 そう思って、俺は春休み前に大学でインターンの情報をかき集めてきた。今日は、そのかき集めた中の一社のインターンに参加する、のだが……。


「なんで飾磨が居るんだ」

「タノタノ~、そんな冷たい目で見ないでくれよ~」


 インターンをしてくれる企業の会議室で待っている俺は、隣でニヤニヤしながら周囲を見ている飾磨に小声で話し掛ける。だが、俺は小声で話し掛けたのに、飾磨は普通の声で言葉を返してきた。そのせいで、周囲に居る同じインターンを受ける大学生達に視線を向けられた。


「俺もインターンをやってみようかなって思ってさ~」

「あんまり騒ぐなよ。目立つ」

「多野は黙ってても背が高いんだから目立つだろ? ところでさ」

「何だ?」

「あの子、可愛くね?」

「……お前、何しに来たんだよ」

「あっちの子はおっぱいでかい」

「…………」


 インターンでもブレずに女性を見ている飾磨から、俺はそれとなく椅子をずらして離れ、他人の振りをする。きっと飾磨にとっては、インターンさえも女性と仲良くなる場になっているのだろう。


「お待たせしました。本日は弊社のインターンシップにご参加ありがとうございます。早速ですが、インターンシップの説明をさせていただきます」


 会議室に入ってきた担当者の男性が、一緒に来た別の男性と手分けしてインターンの参加者に一枚の紙を配る。その紙には『模擬面接』という文字が書かれていた。


「これから、皆さんには面接官になりきっていただき、正社員採用の模擬面接を行って頂きます。採用試験の受験者は、実際に弊社の人事部で働いている社員が演じます。そちらに、実際に弊社が面接で質問している質問を数例挙げていますが、それ以外のご自身で考えた質問をして下さって結構です。何か質問はありますか?」


 担当者の男性が説明を終えてすぐ、俺は右手を挙げる。しかし、俺は手を挙げたのが自分だけなことに驚いた。


「はい。質問は何ですか?」

「あの、どの部署の社員を採用するか書いてないのですが、模擬面接ではどの部署の社員を採用する想定でしょうか?」


 単純に疑問に思ったことを尋ねる。すると、担当者の男性二人が顔を見合わせて笑みを向け合った。そして、すぐに説明者の男性が俺を見る。


「営業部の社員を採用するという想定でお願いします」

「分かりました。ありがとうございます」


 俺が質問を終えると、他の参加者からジッと視線を向けられていた。その視線は俺に対して好意的なものでも悪意的なものでもなかったが、向けられて居心地の良い視線ではなかった。


 模擬面接の会場は別室で、俺は飾磨とも別れて他の参加者とグループを組まされた。男女の割合を均等にしているのか、男三女三に加え、俺のグループにはインターンの説明をしてくれた担当者の男性が付いてくれた。

 模擬面接を行う会場の中に入ると、長テーブルの上に書類の束が置かれていた。どうやら、実際に面接で使う記入シートと、面接を受ける受験者を演じる人事部の人達が書いたであろう履歴書と職務経歴書のコピーがあった。


「塔成大の生徒さんですよね? 確か、多野凡人さん」

「はい。さっきの書類に採用する部署を書いてなかったのってわざとですよね?」


 俺がそう尋ねると、担当者の男性は微笑んでだ。


「やっぱり分かってましたか。一応、インターンの参加者が質問出来るようにって思ってわざと抜いてたんだけど、みんな緊張してるみたいですね」


 隣に座った担当者の男性は俺以外の参加者を見て明るい笑顔を浮かべる。


「皆さん、緊張せずにリラックスしましょう。どっちかと言えば、今から面接受ける社員の方が緊張してるので」


 今回の模擬面接は、人を判断する時にはどういう基準で判断すべきかを学ばせてくれるのだろう。しかし、担当者の方もインターン参加者がどういう人間か判断している。面接をする上で採用する職種を抜くなんてことをしたのも、その一環だと判断するのが正しい。


 就活の戦いはもう始まっている。今はインターンだとしても、きっとインターンのエントリーシートは人事部も保管するに決まっている。そして、インターン中の俺達の様子も記録されて残されるはずだ。だから、そのデータがいざ就活が始まった時に、使われる可能性が高い。そう思って、俺はさっきの視線に納得がいった。他の参加者は、俺が上手くアピールに成功したと思って俺へ視線を向けていたのだ。


 俺はまだこの企業に就職しようとは決めていない。でも、もしここの採用試験を受けた場合は、確実にさっきの質問は良い材料として判断される。

 それは俺が悪いわけではなく、書類の不備に気が付かなかった人が悪い。だから、俺はラッキーだったと思って居れば良いのだ。


「では、模擬面接を始めます。どうぞ」


 担当者の人がドアの外に声を張ると、ノックをして綺麗な礼と挨拶をしながら受験者になりきった人事部の人達が入ってくる。今回は時間も限られているから集団面接の形式を取っているようだ。


 人事部の人達がそれぞれ挨拶を済ませて着席すると、すぐに端の席に座っていたインターン参加者の男性が手を挙げる。


「弊社を志望した理由を教えて下さい」


 男性の質問は、面接では定番の質問だし、書類に挙げられていた質問例の一番上に載っているものだ。でも、採用面接でそれを質問しないわけにはいかない。

 まず、何も質問しないのはあり得ない。しかし、例に挙げられていた質問をするのも良くはないと思った。だとしたら、俺が自分で何か質問を考えなければならない。


 移動してくる間、俺は何か良い質問がないか考えていた。だが、椅子に座って志望動機を聞いている間もまだ思い付かない。

 俺がインターンを受けている企業は、文房具メーカーで、受験者役の人事部の社員達は、自社の企業理念について語ったり、自社製品について感銘を受けたエピソードを交えたりして自分をアピールしている。


「ご自身を文房具に例えるとどんな文房具ですか?」


 女性参加者が言った質問に、俺は横で黙っていたが心の中で感心した。自社が文房具メーカーであるということと、文房具に例えさせて自己アピールをさせるという二つの意味が込められた良い質問だ。


「私は折れないシャープペンシルの芯です。それは、なかなか心が折れずタフで、積極的に前へ前へ出て行きます」


 体格が良い朗らかな雰囲気の男性がそう答えて、面接官側に少し笑いが出る。心が折れずタフならちょっとやそっとの失敗や苦労があっても頑張れそうだし、積極性があるというのは仕事に取り組む上では必要なことだろう。

 俺はふと受験者側の女性が座っている椅子に視線がいく。そして、俺は右手を挙げて質問をした。


「今、ご自身が座っている椅子を私達に売り込んで下さい」

「なるほど」


 隣に座った女性からその呟きが聞こえた。面接では営業の社員候補を面接している。だとしたら、商品を売り込む営業力は必要不可欠に決まっている。

 インターンを主催する企業は文房具メーカーだが、俺は営業職はどんな物でも売り込める力が必要だと思う。だから、全く文房具と関係ない椅子を売り込ませたらどういう営業をするのか気になった。


「この椅子は足にはアルミパイプが使われて丈夫ですし、座面は柔らかいクッションになっていて座り心地も抜群です。そして、このように簡単に折り畳むことが出来、収納も省スペースで済みます」


 なんとかオリジナルの質問が出来て安心しながら、受験者役の女性が明るい笑顔で座っていた椅子を売り込むのを聞く。そして、俺は次の人に視線を向け、次の人の売り込みに耳を傾けた。




 インターンが終わって、俺はビルから出てすぐ後ろから肩を掴まれる。


「タノタノ、どこにいくねん」

「なんで関西弁なんだよ。今から帰るに決まってるだろ?」


 似非関西弁をなぜか使った飾磨に言うと、飾磨は自分の後ろに視線を流してニヤッと笑う。


「今からインターンお疲れ会をするから一緒にどうだ?」


 飾磨が視線を流した方向には、数人のインターン参加者が塊を作っていた。この短時間で参加者を食事に誘って取りまとめられる飾磨の能力はかなり高いと思う。でも、インターン前に可愛いとか胸が大きいと話していた女性二人も誘っているあたりがちゃっかりしていると思った。


「俺はパス」

「そっか。んじゃ、多野抜きで楽しんで来よーっと。じゃあな」

「ああ、またな」


 飾磨は何か物言いたげな様子だったが、インターン参加者の塊に戻って行く。それを見送って俺はスマートフォンを取り出す。すると、すぐにスマートフォンに電話が掛かってくる。


「もしもし」

『凡人~待ちくたびれたぁ~』

「予定通りに終わっただろ?」

『そうだけど、大好きな彼氏に早く会いたいんだもん』

「分かった。大好きな彼女のためにすぐ行く」


 一緒に住んでるのだから朝にも会ったが、そういう野暮なことは言わずに俺は電話を切って早歩きで歩き出す。

 凛恋はインターン会場の近くにある喫茶店で待っててくれている。


 デートというわけではない。単に、凛恋が外へ出て来て一緒に早めの買い物に行くだけだ。でも、それがたまらなく嬉しい。

 早歩きで約束している喫茶店に入ると、俺はすぐに視線を店内に巡らせて凛恋を探す。しかし、俺は凛恋の姿を見付けた途端、楽しい気持ちが一気に焦りに変わった。


 凛恋が座っている席の向かいに、知らない男が座っている。その男は、俯いて黙っている凛恋に熱心に話し掛けていた。そして、その男は立ち上がって凛恋の隣に座ろうとした。


「俺の彼女に何か用ですか?」


 俺は男が凛恋の隣に座る前に、凛恋の手を掴んで立たせながら俺の後ろに隠す。


「いや、何でもないです」


 男は俺を見て困った表情をし、俺と凛恋の前から立ち去って行く。どうやら、凛恋のことをナンパしようとしたようだ。


「凛恋、大丈夫か?」

「うん。凡人がすぐに来てくれたから大丈夫……」


 凛恋の背中をさすりながら隣に座ると、凛恋は俺の手をギュッと握る。


「変な男を追い払ってくれた凡人、チョー格好良かった」

「俺の凛恋にちょっかい掛けるなんて許せない。ごめんな、俺がもう少し早く来られれば声を掛けられなくて済んだのに」

「ううん、凡人は何にも悪くない! あいつチョーうざかった。早く消えてほしかったし……」


 ずっと背中をさすり続けながら、俺は頬を膨らませた凛恋の顔を横から見る。


「でも、凡人と買い物してたらすぐに忘れられるし、嫌なこと忘れるために早く行こ」

「そうだな。買い物行ってさっさと帰ろう」


 会計を済ませてから外に出て、俺は凛恋と手を繋いで歩き出す。


「今日の晩ご飯は何を作ってくれるんだ?」

「今日はコロッケにしよっかな~」

「凛恋のコロッケ、めちゃくちゃ楽しみだな~」

「凡人、私が何作るって言っても楽しみって言ってくれるよね」

「だって、凛恋の作る料理は全部美味いからな。毎日当たりの日だ」

「ありがとう。凡人はいつも美味しい美味しいって言って食べてくれるからチョー作りがいがある。それに、やっぱり大好きな凡人のためってのが一番の作りがいなの。ご飯食べてる時の凡人の顔、チョー可愛いからそれを想像すると凡人に美味しいご飯作りたいって思う」


 ニヘラと顔をにやけさせる凛恋を見て、俺の方も顔がにやけてしまう。やっぱり、凛恋が笑っている顔はめちゃくちゃ可愛い。


「凛恋」

「えっ?」

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