【一九九《始まりは愛の街で》】:二

「来てくれてありがとう! ほんっと、めちゃくちゃビックリした! もしかして、前に私の予定聞いてたのって、私に予定を合わせて来てくれるため?」

「当たり前でしょ? 萌夏に会いに来たのに遊べないと意味ないじゃん」

「もー! こんなことだったら色々と下準備したのに」

「友達が遊びに来るだけなんだから、そんな準備とかしなくて良いって」

「そういう訳にはいかないわよ。だって、フランスなんてそんなしょっちゅう来られる場所じゃないのに。色んなところに連れて行きたいじゃん」


 高級ホテルのロビーなのに、凛恋と希さんと萌夏さんが揃えば、高校時代によく通っていたファミレスや純喫茶キリヤマでの和やかな雰囲気になる。

 俺が楽しそうな三人の姿を眺めていると、萌夏さんが俺の左右の手を見てクスッと笑った。


「凡人くんは相変わらずだね」

「え?」

「凛恋と希の荷物」

「ああ。持たせてると気になっちゃう性格だから仕方ないんだよ」


 俺は凛恋と希さんの大きな荷物を持っている。すると、凛恋と希さんから離れた萌夏さんは、時計を確認して俺達三人を見る。


「とりあえず、三人が泊まるホテルを教えて。そのホテルの近くにあるコインロッカーに大きな荷物は預けよ。それで、一緒にご飯食べようよ」

「そうね。いつまでも凡人に持ってもらうわけにもいかないし」

「うん」


 凛恋が萌夏さんにスマートフォンを見せて泊まるホテルを教えると、萌夏さんは特に考える間もなく歩き出す。


「付いてきて」


 萌夏さんの先導でホテルを出て、俺達はホテルの前にある通りを歩き出す。


「萌夏ってもう完全にパリに慣れてるね」

「せっかく留学してるんだからケーキのことばっかりしてるのももったいないし、休日は一人で色々と見て回るのよ。だから、パリ市内のことは大体分かる。パリ市内の美味しいケーキ屋さんとか」

「結局ケーキじゃん」


 楽しそうに話す凛恋と萌夏さんを後ろから見ていると、隣に並んだ希さんがクスッと笑う。


「凡人くん、サプライズ大成功だったね」

「だな。萌夏さんが喜んでくれて良かった」

「ホント、ビックリしたしめちゃくちゃ嬉しい。今日も、せっかくの夏休みなんだからこっち来てよ~って冗談で言うつもり立ったのに」

「本当に来ちゃったね」


 振り返って笑う萌夏さんに希さんがそういたずらっぽく言うと、萌夏さんは俺に視線を向けて微笑む。


「店から帰ろうとしたらビックリした。フロントに長身の日本人が訪ねて来てるって電話があってさ。うちの学校で一緒にスタージェしてる男にフランス人が長身って表現するような身長の人居ないし。いったい誰だろうって不安だったんだから」

「ごめん。でも、名前を言ったらすぐにバレるだろ?」

「そりゃそうだけどさ。誰が来たんだろって思って恐る恐るロビーに出たら、真っ先に凡人くんの姿が見えて、私、遂に頭がおかしくなって幻覚が見えるようになっちゃったのかと思ったんだから」


 まあ、俺達がフランスに来ているなんて夢にも思わなかっただろうし、すぐに俺達が来ていることが理解出来なくても仕方がない。


「そしたら、凛恋が私の名前呼んでさ。それで、あっ……現実だって分かって、気が付いたら走ってた」


 ペロっと萌夏さんが舌を出しながら笑うと、凛恋が萌夏さんの腕を抱いてしがみつく。


「私の方も来たは良いけど、萌夏に会えなかったらどうしようとかちょっと思ってたのよ。萌夏には何も言ってなかったし」

「全くよ。もうちょい遅かったら店から帰ってたんだから」


 そんな不満そうな言葉を言いながらも、萌夏さんの顔はずっと笑いっぱなしで不満は全く感じられなかった。

 俺達は萌夏さんの案内で駅にある有人のコインロッカーに荷物を預け、萌夏さんのおすすめのお店で今日の夕飯を食べることになった。


 少し薄暗くなってポツリポツリと通りに並ぶ街灯が明かりを付け、店の軒先にある照明も明かりを灯していく。そうすると、空の明るさとほどよいバランスの光で通りが彩られる。


「今日はコース料理にしよう。二〇ユーロで一通り食べられる良いお店があるのよ」

「二〇ユーロって言うと……」

「両替した時のレートが一ユーロ一三〇円だったから、日本円で二六〇〇円だね。でも、二六〇〇円でコース料理が食べられるなんて凄い」

「地元でも安くて美味しいって有名なのよ。どうせ、三人共なけなしのバイト代はたいてきてくれたんだろうし」

「そうなのよ。お土産とかも買っていかないといけないし、萌夏がそういうの知ってくれてると助かる。日本で観光ガイドを見たけど、結構高いお店ばっかりしか載ってなくてさ」

「高いお店は値段なりの料理は出すから失敗はしないけどね。こういう店は地元に住んでないと分からないかも」


 萌夏さんがそう言って視線で示したのは、赤を基調とした外観のおしゃれなレストランだった。しかし、かなり混んでいるように見える。


「萌夏さん、かなり混んでるみたいだけど大丈夫なのか?」

「安心して、みんなの荷物預けてる間に予約しといたから」

「ありがとう、助かる」

「何言ってるのよ。せっかく来てくれたんだからこれくらいはするって」


 萌夏さんがレストランのドアを開けて中に入ると、ウエイトレスの女性が萌夏さんに愛想の良い笑顔で話し掛ける。

 ウエイトレスに話し慣れたフランス語で受け答えをする萌夏さんは、俺達を振り返って手招きをする。


「こっちのテーブルだって」

「萌夏、チョー格好良い!」

「格好良くないわよ。フランスで生活してたら誰だって自然に覚えるって」


 テーブルに着くと、萌夏さんがメニューを持って微笑む。


「みんなメニュー読めないだろうし、私がおすすめで決めて良い?」

「萌夏のおすすめで!」

「うん、お願い」

「よろしくおねがいします」


 凛恋、希さん、俺はそう答える。萌夏さんの言うとおり、俺達はフランス語を見ても読み取ることは出来ないし、慣れている萌夏さんに決めてもらった方が良い。

 萌夏さんがウエイトレスの女性に注文をすると、萌夏さんは俺に首を傾げる。


「何日くらい居られるの?」

「五泊七日だよ」

「五日も居られるの!? やった!」


 萌夏さんは明るく笑ってガッツポーズをする。

 今回の旅行は五泊七日。二泊や三泊くらいでも十分らしいが、何度も来られる場所でもないし萌夏さんともゆっくり過ごしたいということで、五日泊まるという日程にした。パリには世界的に有名な観光地も沢山あるし、なにより萌夏さんとじっくり楽しめるというのを目的にしたからだ。


「一週間の休暇をもらえて何しようかって思ってたんだけど、三人が来てくれて良かった」

「俺達が来なかったらケーキ作り?」

「うん。スタージェ先のケーキ屋さんに頼んで一日か二日くらいは使ってもらおうと思ってたけど、他は寮の調理場で試作してたかもね。寮の調理場は材料も設備も揃ってるから、ケーキ作りたければ自由にいつでも作れるし」

「材料も揃ってるんだ。それなら、ケーキ作りが好きな人にとっては天国だな」

「うん。でも、パレットナイフは凡人くんに貰ったやつじゃないとダメ。あれ、かなり使いやすくて、寮に置いてるパレットナイフだと上手くクリームを塗れなくて」

「重宝してもらえているみたいで良かった」

「本当に助かった。届いたその日に前のが壊れて本当に困っててさ。あ! 凛恋、希。あんたら、とんでもないもの送ってきたわね」


 萌夏さんはハッ思い出した顔をすると、凛恋と希さんに目を細めた。

 今年の初めに萌夏さんへ俺達は荷物を送った。その中に俺はパレットナイフのセットを入れたが、凛恋達女性陣は萌夏さんへ下着をプレゼントした。もちろん、それぞれ他の物も入れていたようだが、女性陣全員分あったことを考えると数も相まってインパクトが強かったのだろう。


「良いじゃん。可愛かったでしょ?」

「確かにみんなセンス良くて可愛いのだったけどさ。ちょっとふざけすぎでしょ」


 四人で談笑をしていると、目の前に白い深皿に入れられた料理が運ばれてくる。


「最初は、牛ヒレ肉のカルパッチョ、ガーリック風味ね。コース料理だけど堅いマナーとかないから早速食べちゃお」

「「「「いただきます」」」」


 四人で声を合わせ日本式の合掌をする。そして、俺はフォークでカルパッチョを食べる。肉料理だがあっさりとして食べやすい。


「美味しい!」

「うん、凄く上品な味がするね」


 凛恋も希さんも美味しいようで、その反応を見ている萌夏さんは嬉しそうにはにかんだ。

 俺はその萌夏さんの反応を見て、萌夏さんの気持ちが分かった。自分が連れて行った店で、自分の親しい人達が美味しいと喜んでいるのを見るのは嬉しいものだからだ。俺も凛恋や希さんをご飯に連れて行って、二人が美味しいと言って食べている姿を見るのは嬉しい。


 その後、スープにイベリコ豚と緑野菜のポタージュ、魚料理として鱈(たら)のコンフィ、間にソルベというシャーベットが入り、肉料理に赤ワインソース掛け鹿肉のメダニオンとコースが進んだ。


 俺は運ばれてくる料理を食べながら、パリでは料理まで華やかだと思った。

 コース料理を食べるという経験が俺に少ないだけかもしれないが、彩りも盛り付け方も綺麗だし運ばれてきた時にどれもあっと驚くようなインパクトがあった。そして、目で見て楽しく華やかな上に、食べても楽しく華やかな味だった。


「次はデセール、ブランマンジェ。ベリーソースが掛かってるミルクとアーモンドで作られた氷菓よ」


 萌夏さんの説明を聞いてからスプーンですくうと、手応えもなくスッとブランマンジェがスプーンの上に載っかる。ゆっくりブランマンジェの載ったスプーンを口に運ぶと、舌の上に載った瞬間にサラリと溶けてミルクの甘みとアーモンドの香りが広がった。


「ここのブランマンジェはきめが細かくて舌に載せたら綺麗に溶けて舌触りが良いし、ミルクも良い物を使っているみたいで濃厚なの」

「ん~、すっごく美味しい! 萌夏の言う通り舌で簡単に溶けた!」

「でしょ~?」


 凛恋が美味しそうに声を上げて、夢中で二口目をスプーンですくって食べる。希さんもニコニコ笑ってブランマンジェを食べている。

 俺はスプーンでブランマンジェを食べながら萌夏さんの横顔を見ていると、萌夏さんはニコッと微笑んだ。


 ブランマンジェを食べ終わって満足していると、ウエイトレスの女性が四人分のエクレアとコーヒーを置いた。


「最後はコーヒーとプチフール。今回はエクレアよ」

「食後にコーヒーとお菓子も付くのか」

「そう。ちなみにプチフールはクッキーやマカロンみたいな焼いたお菓子はプチフール・セクって言って、今回のエクレアとか冷たいケーキはプチフール・グラセって言うのよ?」

「流石、製菓専門学生。よく知ってるな」

「去年の授業で習ったの」


 コーヒーを飲みながらエクレアを食べた萌夏さんは時計を見た。


「あまり夜遅くにみんなを出歩かせるわけにはいかないから、今日はご飯食べたらホテルに帰ってよ? 日本ほど安全じゃないんだから」

「それ、日本でも凡人に口酸っぱく言われたわよ。絶対に、夜は外に出るなって」

「凡人くんの言う通りよ。こっちじゃ、日本人観光客を狙ったスリが多いの。特に日本人女性は狙われやすいんだから注意してよ?」

「分かった」

「うん、気を付ける」

「よろしい」


 凛恋と希さんの返事を聞いた萌夏さんは、満足そうに頷いた。

 萌夏さんに代表して会計をしてもらい、俺達はコインロッカーから荷物を取って萌夏さんの案内で宿泊するホテルに行った。

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